■ 1-3 ■



 
 最初は身体中がぞくぞくと波打って、とても寒くなる。
 でもそれはほんの数分のこと。
 それからどんどん身体の中が熱くなってきて、息が少し苦しくなる。
 何度息を吸っても奥まで入ってこない気がして怖い。
 十分。
 二十分。
 だんだんとじっとしていられなくなる。
 頭がぼんやりとして、目の前が揺れる。
 聞こえる音はどれも水の中で聞くみたいなのに、人の声はすぐ耳元で囁かれるみたいにオレの中に入ってくる。
 その頃にはもう、駄目なんだ。
 オレはただもう熱くて苦しくて、身体の中で暴れる何かをどうにかしたくて、それしか考えられない。
 夕べ滝沢にされたことが目の前を回る。
 あんなに嫌だったのに、あんなに気持ち悪かったのに、今はそれがしたくてたまらない。
 何度振り払おうと頭を振ってみても、唇をかみしめてみてもどうしようもない。
 血の味がますますオレの中の何かを駆り立てていく。
 熱いよ。
 変になる!
 身体も、頭も、何もかも狂って――
 誰でもいい。
 誰でもいいよ。
 誰でもいいから、オレの中のものを引きずり出して!
 早く気持ちよくして。
 もう、わがままなんて言わないから。
 もう、逃げ出したりしないから。
 滝沢がいいんだ。
 滝沢にしてほしいんだ。
「何でも言うこと聞くから、滝沢に気持ちいいことしてほしいよぉっ」

 絞り出した亮の声はすでに涙混じりだった。
 無意識に前へ進もうとする身体はベッドの端にくくりつけられた鎖と、その先につながる緩くしめられた首輪によりガシャリと引き戻される。
 その反動でベッドの上に力なく倒れた亮は軽く咳き込みながら、焦点の定まらない視線を上げた。
 ベッドの向こうには椅子に腰掛けながら、ニヤニヤとそれを見つめる滝沢がいる。
 その手の中のハンディカムは、亮が経口で薬を摂取させられてから三十七分。ずっと、微かな電子音を立て動き続けていた。
「本当に淫乱な子ですねぇ、あなたは。これは修司さんにも教えてあげないと」
 亮は荒く浅い息で顔を上げ、潤んだ瞳で左右に首を振る。
「……しゅ…にぃには、言っちゃヤだ」
「でも、本当のあなたを教えてあげなくては、もし私がいないとき、今みたいに発情してしまったらどうするんです? あなたが困るでしょう、亮さん」
「…っ…たきざ…お願い…、何でもするから…しゅう兄ぃには…」
 亮の様子はもう限界に近かった。
 滝沢の言葉に否を唱えられたことが不思議なくらいだ。
 両手は自分で慰めることができないよう、後ろ手に縛り上げられているため、亮はもじもじと膝をあわせ、身をよじることしかできない。
 何日か前はその拘束を解き、目の前で自慰行為をさせ楽しむ事をした。
 あの頑なな亮が嫌悪感を露わにしながらも、嫌っているはずの自分に自ら痴態を晒す様子に、滝沢は異様な興奮を覚えた。
 今日はさらに趣向を変えて、その自慰行為すら禁止してやったのだ。
 この場で心から慕っている兄の修司の話を持ち出したのは、滝沢にとって本日の座興の一つだ。
「ではもし私がいなかったとしたら、亮さんはどうするつもりなんです?」
「は…は…、――たきざ…いなかったら、……自分…で…します」
 その亮の一言だけでも、滝沢の背中にぞくぞくと淫蕩な快楽が走る。
「自分で、ですか。そうですね、亮さんはずいぶんとお上手ですものね」
「たきざわぁ、ねがい…も、るして…、あ、あ…、ォレ、ん中、ぁっぃ…死んじゃ…」
「でも今みたいに両手がつかえなかったら、それも無理ですよねぇ。修司さんも困るでしょうね。どうしていいかわかりませんから」
「しゅ…にぃ…」
「それともご承知なのかな? 亮さんは修司さんが大好きですものね。いつも修司さんに、こうやってお願いしていたんでしょう?」
「…しゅ…にぃ…、ぉねがい…?」
「いつもやっていたみたいに、お願いしてくれませんか。修司さんに突っ込んでもらえるように」
 滝沢の口元が大きく笑みを形作った。
 亮は蕩けた表情のまま、それでも何度かとぎれとぎれに首を振る。
「たきざゎ…」
 すがるような目で滝沢を見るが、滝沢は口元に笑いを刻んだまま動く様子を見せない。
「ほら、修司さんが帰ってきますよ。こんな格好でお出迎えするなんて、本当に亮さんは駄目な弟ですね」
 視線を落とすと、ぼやけたまなこに薄いシャツを一枚まとっただけの自分の身体が映る。触れてもいないのに立ち上がった亮自身が、シャツの裾を濡らしているのがわかった。
「とてもつらいのでしょう? ほら、修司さんにお願いしてごらんなさい。気持ちよくしてもらえますよ」
 亮の中にわずかに残っていた人格が、薄い氷面を割るがごとく音を立て、瞬く間に崩れ溶けていく。
 頭の中が真っ白にフラッシュし、亮の口から胸を引き裂くような叫びがほとばしる。
 滝沢の眉が一瞬寄せられ、カメラを椅子へ置くと亮へと近づいた。
「やあああああああああっ! あっ、あっ、はぁっ、あっ」
 足をばたつかせ、狂ったように首を振る。
 鎖に引かれ食い込んだ首輪で、亮の首筋にはうっすらと血が滲み始めていた。
 滝沢は舌打ちをすると首輪の鎖を外してやる。見える位置に傷をつけては、亮の商品価値が下がってしまう。
「亮さん、落ち着いて……」
 想定外の状況に、滝沢が焦りを感じた瞬間、亮の口から滝沢の求めていた言葉がこぼれていた。
「しゅう…にぃ…して、してよぉっ!」
 荒い息で身を起こし、滝沢へと身体をすり寄せる。
「はぁ…っ…しゅ…にぃ…、早く、しゅうにぃの、欲しい…ォレ、ん中…」
 滝沢はにんまりと笑うと、己のネクタイを緩め、亮の上にのしかかる。
 縛られていた両手を自由にしてやると、亮はその手を滝沢の首へと回し、しがみついてくる。
「亮、どうした?」
 耳元で囁きつつ、痛いほど張り詰めた亮のものに触れてやると、それだけで亮は耳を覆いたくなるほどの嬌声をあげ、放っていた。
「ひゃぅうっ! ふぁっ、は…は…しゅ…にぃ」
 しかし亮のそれは全く固さを失う気配もない。
「オレ…ホントは、悪い子なの、おれ、ホントは、しゅうにぃにヤらしいこと、してほしいの、ォレ、オレ…」
 虚ろな目で滝沢を見上げる亮はすでに、目の前の人間が滝沢であるということすらわからないようであった。
 ただ、この一週間教えられ続けてきた様々な言葉を、機械的に呟いている。その人形のような哀れさがたまらなかった。
 滝沢はそんな亮の足を抱え上げると、中にいきなり己自身を突き立ててやる。
 準備もできていないそこは頑なに滝沢の侵入を拒んだが、今の亮には痛みすらわからない。
「そうか、それは知らなかったな。亮が僕にこんなことをして欲しかっただなんて」
 したたり落ちる血の臭いに恍惚となりつつ、亮が嬌声を上げる。
「僕は悲しいよ、亮。おまえがこんな嫌らしいことをいつも想像してたなんてね」
 ぐいぐいと腰を進めながら、滝沢は乱暴に亮のシャツをはだけていた。
 そのわずかに焼けた健康的な肌に舌を這わせ、胸の飾りを吸い上げる。
「っんぁ…しゅ…にぃ…」
「本当の兄弟だと思ってたのに、酷い弟だ」
 舌先でちろちろと右側の飾りを嬲りつつ、左の飾りをつまみ上げる。その度に、穿った滝沢のものは亮の内部に締め付けられ、滝沢はその感触をじっくりと味わう。
「っぃあっ、はっ、ふぁ…めんなさ…、しゅうに…ごめんなさ…」
 淡く開かれた亮の瞳から、するすると幾筋も涙が流れ落ちた。
 痛みではない。わけもわからずただ悲しくて、贖罪の言葉がこぼれる。
 この言葉だけは、亮が亮として喋るただ一つのものなのかもしれない。
 滝沢は亮の涙をゆっくりと舐めとると、奥にとどめていた腰を、同じくゆっくりとしたスピードで動かし始めた。
 血と滝沢の先走りでぐちゅぐちゅと卑猥な音を立て、亮の中がいつものようにこすり上げられる。
「っ、あっ、ん、ん、っ、ぁっ、っ、…、…、」
 しかし揺すられ続ける亮は、両手を顔の前でクロスさせ、震えるように声を殺していた。
 快楽の渦は亮の身体を焼き尽くし、突き上げられるたび自ら腰を振って叫びだしたい衝動に駆られる。
 でもそうはしなかった。
 胸が痛くて、顔を見られたくなくて、声を聞かれたくなくて、もう、消えてしまいたくて――
 自分は今、大好きな兄の修司にこんな嫌らしいことをさせているのだ。
 父さんから殴られる自分をいつも守ってくれた、優しい兄。
 たった一人の家族。
 それなのに――
 それすら、自分自身の手で壊してしまった。
 もう、何もない。
 自分には、誰もいない。
 凍えるような孤独感と、燃えさかる身体の熱が亮の中でかっきりと二つに別れ、亮を引き裂いていく。
「どうした、亮。嫌ならやめてもいいんだぞ?」
 耳元で囁かれる声は大きく響き、亮は夢中でいやいやをした。
「亮からおねだりしてきたのに、そんな悲しい顔されちゃ、僕も続けられないよ」
 そういった滝沢の言葉は快感にうわずっていた。
 まさか自分を修司と見紛うまでに亮が錯乱するとは思っても見なかったのだ。
 いつも通りに望みの言葉を吐かせられればそれで満足だった。しかし、亮はそれ以上の楽しみを滝沢に与えてくれているのだ。
 社長の二世としてやり手で通っている修司の事は、滝沢もそれなりに一目置いている。
 しかし、弟の亮に対しての甘やかしぶりは見ていて滝沢のかんに障るものだった。
 なにより、いつも仏頂面の亮が、兄の前でだけは年相応の子供らしく楽しげに振る舞っているところが鼻についた。この子供には笑顔など必要ない。それよりも、今目の前で見せているような苦しげな泣き顔。
 これこそがこの少年にはよく似合っているとそう思うのだ。
「ごめ…なさい…」
 喘ぐようにやっとそれだけいった亮の両手をほどくと、その唇をふさぎ、舌先を潜り込ませる。
「んっ…ふ」
 亮がキスに弱いことはわかっている。こうすることで亮の張り詰めたものをやわらげてやる。
 あまり勢いに任せては、また暴走しかねない。
「しゅ…にぃ…」
 荒い呼吸で顔を上げた亮に、滝沢はもう一度優しく口づけた。ちゅっという音がひときわ高く室内を彩る。
「本当言うと、僕もずっと亮を抱きたいと思ってたんだ。だから、そんな悲しい顔をすることはないんだよ」
 大好きな兄の口から漏れる思わぬ言葉。
 戸惑ったように首をかしげた亮に、再び滝沢は大きく突き入る。
「ひぅっ!」
 衝撃に身体を反らせ、亮の口から悲鳴が漏れた。
「亮をずっとこうやって可愛がってあげたかった。だから、僕は父さんからおまえを守ってきたし、滝沢に頼んでおまえを躾けてもらったんだ」
「しゅ…にぃ? …うそ…だ。しゅぅにぃ、うそだよ」
「亮に嘘なんかつかない。僕は亮の優しいお兄さんじゃないか」
 恐れたように滝沢の手から逃れようと身体をいざらす亮を、滝沢はぐいっと手元に引き寄せると、今度は激しく腰を打ち付け始める。
 悲鳴を上げる亮にはお構いなしに、滝沢は欲望で亮の中を蹂躙し続ける。
「いっ、いあっ、んぐっ、やぁっ、あっ、ひぎっ、やめっ、しゅにぃっ!」
「亮、滝沢にはどんな風に躾けてもらったんだ? ちゃんといい子になったかな?」
「やっ、ぃあっ、しゅ…に、やだぁっ!」
「しゅう兄にお勉強の成果を見せてごらん」
 滝沢は絶望の表情で暴れる亮の身体を起こすと、抱きかかえる形で深く貫く。
 その衝撃で動きを止めた亮の身体を自分の身体に寄りかからせると、ぐっしょりと濡れそぼった亮自身を握り込み、何度もこすり上げてやる。
 びくりと身体を跳ね上がらせ、亮はその感触に敏感に反応していた。
 気をよくした滝沢は、胸の飾りを弄り回し、血の滲んだ首筋から耳にかけて、尖らせた舌でゆっくりとなめ回す。
 汗ばんだ亮の肌はとても美味だと滝沢は思った。
 ひとしきり楽しんだ後、滝沢は亮の軽い身体を抱え上げ、重力に任せ落とす。
 亮は己の体重で穿たれる衝撃に、身を震わせ悲鳴を上げた。しかし滝沢は悲鳴を聞くため、飽きもせずその行為を続ける。次第に抵抗を示していた亮の様子が変わり始めた。
「や…あ…っ…い…はっ…はあっ…しゅにぃ…あ、あ、ォレ、だめ、…だめなのぉっ」
「何がだめなんだ? 亮」
 上がった息で亮の耳元に囁く。
「き…ち、いいの…。いいよぉ、しゅにぃ…、ォレんなか、気持ちいい、あ、あ、や、だめ」
「修司さんのものはイイですか? 亮さん」
「あ、あ、ひぅ、イイの、しゅう兄の、イイよぉ、とおるの中、いぱい、しゅう兄の、、おれ、ぃちゃうよ、でちゃ、でちゃう、…、はぁああっ!」
 亮は羞恥すらせず声を上げ、滝沢の腹に白いほとばしりを何度も吹き上げていた。
 ひくひくと身体が震え、崩れるように滝沢の胸へ倒れ込む。
 意識を手放した亮の身体を抱え上げると、再び滝沢は狂ったように亮の中を突き上げる。
「いけない子だ、亮さん、いけない子だ」
 ぶつぶつと呟きながら突き上げ続け、うめき声とともにぶるりと身体を震わせる。
 蕩けそうな亮の中へたっぷりと放出し、再び亮をベッドへ寝かせると、今度はつながったまま全身を舐め回し始めた。
「亮、ほら、まだ眠っちゃだめだよ。しゅう兄のもの、もっともっと亮に入れてあげるから」
 壊れたおもちゃのごとくぴくりともしない亮の身体を、それから数時間、滝沢は飽くことなく楽しんだのだった。



 本日の業務も全て終了した。
 一息つきながら、地下駐車場の自分の車に乗り込む。
 滝沢はいつも通り社長の第二秘書としての仕事をこなしながらも、常に頭の隅に引っかかることが一つあった。
 それは夕べの亮の痴態だ。
 もちろん、楽しむ目的で日中反芻することはそれまでもよくあったのだが、それ以外に気にかかることが滝沢に出てきたのである。
――経口にしては効きが良すぎる。
 それは、滝沢が亮に対し使用している薬のことである。
 あれは『GMD』と呼ばれる娼妓を育成するための薬で、現在闇ルートで取引されているその手の物の中でももっとも高価な品だ。
 中毒性は少ないが、使われた者はどんな聖女も街角に立つ女以下になると言われる効力を持っている。
 人格を破壊し均していく側面もあり、それをうまく利用することで、思い通りの娼妓を育てていける優れものだ。
 滝沢が使用したのはその経口タイプの物である。
 経口で摂取した場合、静脈注射を使う場合よりも効き目は緩やかに現れ、なおかつそのピークもさほどではない。
 薬自体も快楽を求め相手の言うことに忠実にはなるが、意識障害を起こすほどではないはずなのだ。
 だが、夕べの亮は明らかに滝沢のことを修司だと思いこんでいた。
 以前、他の少年で何度か試したことがあるが、これほどの効果は見られなかったことを覚えている。
「亮さんの体質にハマる薬ということか――」
 効果が大きくて困ることはない。
 量を加減すれば済む話であり、何より夕べはいつも以上に楽しめた。
 さほど考えすぎることもないのかもしれない。
 滝沢の手がキーを回し、暗闇にライトの輪が浮かび上がる。
「今夜はほどほどにしておかねばな」
 滝沢の口元にわずかに微笑が浮かぶ。
 明日はいよいよ亮を重要な取引相手でもある議員に遊ばせる日である。
 うまくいけば十億規模の仕事がまとまるのだ。
 そしてそれ以上に、滝沢は亮が自分以外の相手に弄ばれる様を想像するだけで呼吸が上がってくる。
 明日が楽しみでならなかった。
  
 
 

 シドの一言に秋人は、飲みかけたブルーマウンテンを一気に毒霧噴射していた。
「おまえ、何言ってんの? 正気か?」
「俺は冗談は嫌いだ」
「BMWじゃないんだぜ? そんなもん、すぐに手にはいるか、ボケ!」
「カローラだってすぐに手に入らないくせに」
 壬沙子の突っ込みに、秋人は渋い顔をしながら目の前のモニターをティッシュで拭き始める。
「今日中だ。IICRに行けばいくらでもあるだろう」
 シドは相変わらずの無表情でソファに座り、長刀の手入れに余念がない。
「理由を言えよシド。いきなりGMDを用意しろって、エロ商売でも開業すんのか? おまえの店長じゃ、その店先細りもいいとこだぞ」
「――もしかして、亮くんに、何かあったんじゃない?」
 壬沙子が厳しい表情でソファに座るシドを見下ろす。
「訓練用に使っていたセラで亮に会った。様子がおかしかったんだが、――あの目。あの目には見覚えがある。……あれは、GMDを使われたゲボの目だ」
 手入れを終えた白刃を鞘にしまいながら、シドは呟いた。
「おいおい、まさか亮くんがゲボだって、本部に知られて捕まってるとか言うんじゃないだろうね。だったらそういう情報がこっちにも……」
「いや、あいつは自宅に監禁されている。本部じゃない」
「自宅? それはどういう……」
「よくはわからんが、父親の会社の人間が出入りしているようだ。兄はまだ出張から戻っていないのだろう」
「風邪引いて寝込んでて、会社の人が面倒見てるってそれだけの話じゃないのか? GMDって、そんな――」
「GMDを本来の目的も知らずに使っている場合もあるわよ。本部であれが禁止されてから、裏ルートを伝って一般の人間に娼妓育成用途で広まっているという話も聞くわ。もし亮くんが、ゲボとしてでなく、一般人としてあれを使われていた場合……」
 壬沙子の話に、ようやく飲み込めたというように秋人が息を詰める。
「効力が強すぎてパニックを起こせば、現実に何者かを召還しちゃう恐れがあるってことか」
「下手をすれば、その者に亮自体が取り込まれて、抹消されてしまう可能性もある」
「その危険性が高いせいで、あの薬は使用禁止になったっていうのに、どこのどいつがよりにもよって亮くんに」
「ゲボの場合、急激な薬抜きは命に関わるしね。薄めて使えるように、こちらでも用意する必要があるってことか」
 壬沙子の言葉にシドはうなずくと立ち上がっていた。
「GMDだなんて、今世では見ることもないと思ってたのにね」
 肩をすくめつつ壬沙子が資料室へと向かう。
「本部に知られないように調達するから、少し時間がかかると思うわ。目星がついたら連絡する」
「俺は様子を見てくる。何かあったら電話してくれ」
 S&Cソムニアサービスの二人のソムニアがそれぞれの扉をくぐっていくのを見送りながら、秋人はいそいそと今まで使っていなかった医療器具を部屋の奥から引っ張り出し始めていた。
「取ってて良かった医師免許……と」