■ 2-19 ■



「いったい、どういうつもりなんです!?」
 ガードナーは中央棟のガーネット執務室へ入って来るなり、勢い込んでそう言った。
 ガーネットは怜悧な顔を上げると、大きなデスクの向こうで静かに来訪者を見据えている。
「なんです、入って来るなり。ここはカラークラウンの執務室ですよ?」
「っ、わかっています。ですが、私は言わずにはおられない!」
 ガードナーはそれでも興奮が収まらないらしく、荒々しく息をつくと重厚な作りの木製デスクに手をついていた。
「これでもう二ヶ月近く、まともに採血がなされていない。これはどういうことかと聞いているんです」
「――私はきちんとゲボ達を指定の日時に研究棟へやっていますが?」
「わかっているのでしょう、ガーネット。トオル=ナリサカのことですよ。血中のGMD汚染は酷くなるばかり。その上極度の血圧低下、過呼吸、発熱、肺炎――彼が健全な状態で研究棟に来た日など一度もない。我々は、彼がここへ来てから一度も完全な血液サンプルを採取できないでいる」
「それはトオル=ナリサカに問題があるのでしょう。彼は不慣れな上に精神的にも肉体的にも弱い。それだけのことです」
「あなたはいつもそれだ。お電話で意見を言わせていただいたときも、そう言って逃げておられた」
 ガードナーの言葉に、ガーネットの眉がぴくりと上がる。
「逃げる? 私がですか?」
「――言葉が過ぎたのなら謝ります。ですが、今日こそは言わせていただく。あなたはトオル=ナリサカに何か私怨をお持ちだ。そうでなくては、あれほど酷い――いえ、過酷な待遇に彼を置くはずがない」
 ガードナーは言葉を選びながら続ける。
「一日ゲスト三人、四人などと――時代錯誤な強制労働を課しているあなたはどうかしている。しかも相手はカラークラウンだ。彼の身体に凄まじい負担がかかっていることはご承知のはずでしょう」
「――トオル=ナリサカのゲストの数を減らせと、あなたはそう進言しに来たのですか、ガードナー」
「そうです。ゲボは貴重な人類の財産です。たとえカラークラウンとはいえ、こんな横暴を――」
「お黙りなさい!」
 言いかけたガードナーの言葉を断ち切って、鋭い叱責が室内に飛んでいた。
 あまりの激しさに、ガードナーの呼吸が止まる。
「現在のセブンスの長は私です。一研究員に指図される覚えはありません。――そんなにトオル=ナリサカの血液を採取したければ、彼の体調など鑑みることなく、血を抜けばいい。その結果彼が死亡したとしたら、それは研究部とトオル=ナリサカの責任です」
 デスクの上で手を組んだガーネットのあまりに冷酷な発言に、ガードナーはさすがに言葉を失っていた。
 しかし青い顔で立ちつくす研究員に向かい、ガーネットは先を続ける。
「そもそも血液の採取は他の七名のもので事足りているはずです。早急にゲボの新たな血が必要な事件もない。――今は採血よりも本人のゲボとしての意識を高める方が重要だと、私は判断しているだけです。彼は己の力を隠して野に潜んでいた存在ですから、このくらい厳しく接しなくてはすぐに甘えがでてしまうでしょう。ただそれだけのことです」
 呆然と立ちつくすガードナーの顔を見上げながら、ガーネットは一呼吸置いた。
 しかし反応がないのを見て取ると、言葉をつなぐ。
「――他に、用は?」
「・・・あ、ありません」
 ガードナーの特攻は、見るも無惨に砕け散る形となっていた。
 執務室を出た白衣の男は、革靴の踵で通路の壁を蹴飛ばし、神経質そうに髪をかきむしる。
――くそっ、なんなんだ、あの女! 研究よりゲストが大事だと!? いつの時代の話だっ。
 大股でエレベーターへと向かいながら、口の中で頬の肉を噛む。
――いっそあいつの言うように、次の採血でトオルの血を、一リットルくらい抜いてやるか。
 物騒な考えが頭をよぎり、ガードナーは眉間にしわを寄せた。
――いや。初物は次の転生周期もわからないしな。無茶はできん。古神とコンタクトするゲボを研究する機会など、これを逃せばありえんからな。
「ここを出るというのも手か――」
 いっそIICRから造反し、あのゲボを盗んで研究しつくしたい衝動に駆られる。
 たが、ガードナーは我知らず首を振ると立ち止まっていた。
 所詮自分は、大きな組織の中の一研究員という立場にすぎない。
 ここを離れてしまえば何の力も持ち得ない存在である。
「時間はまだまだある。――そう焦ることもない」
 己に言い聞かせるように呟くと、白衣の男は自分のテリトリーである研究棟へ向け再び歩き出していた。


 






 二メートル近い巨漢のティヴァーツ・ヒースは、亮の腰を後ろから抱えたまま、何度も無遠慮に突き上げる。
「っ、ぃっ、ぁっ、ぁっ、ゃっ、」
 二時間近く同じ体勢で行為を続けられ、その間亮は何度も意識を手放していた。
 しかし目が覚めると、変わらず貫かれ続けている自分に気がつく。
「っ、ヒィス、さま、ぷりぃず、すとぷ、……りぃず、ぃっ…、」
 かすれた声で何度目かの懇願をするが、背後を擦り上げる熱い剣は止まることをしない。
 それどころか、亮の声すらこの男には届いていないかのようである。
 警察部のトップだというこの男は、部屋へ来るなり機械的にローションで亮の中を濡らし、いきなり亮の中に分け入ると、ひたすら突き上げ続けている。
 男の求めているものは亮自身ではなく、亮の持つゲボ能力に過ぎないのだ。
 ヒースのものは亮にとって負担になるほど大きく、それを受け入れる痛みだけで何度も気が遠くなった。
 それにもまして彼の能力が亮の中を突き上げる度、内臓が悲鳴を上げる。
 苦痛の合間に叩き付けられる強烈な快楽に何度も吐精させられ、亮は既に呼吸するのもやっとの状態である。
「ゃぁっ、ぁっ、も、ぁっ、ひぅっ、ぃたぃ、よ、ぃた、の、ぁっ、すけ…」
 逃れようと動かされる亮の身体を再び強く引きつけると、ヒースは無言で更に深く突き入れていた。
「ひぁっ! ぁっ、ひぅぅっ、」
 その衝撃で何度目かの絶頂を強要されるが、すでに亮のものから滴るミルクはない。
 ビクンと身体を弾ませただけで、再びベッドの上に崩れ落ちる。
 ヒースは亮の状態など気にとめることもなく、腰を持ち上げたまま、突き入れ続けた。
 その表情はひたすら厳しく、とても快楽を追うための行為をしているようには見えないものである。
 ぐちゅぐちゅと淫靡な音をたてながら規則正しく動くヒースの身体が、タイムリミットを前に一際激しく躍動し始める。
「ぃっ、ひぅっ、ひっ、ぃぁっ、ぃた、ょ、ぃゃぁっ、ぁっ」
 どんな泣き声も哀願も、この男には届かない。
 自分はただの道具なのだと、亮は痛感させられる。
 熱い剣が何度も最奥まで突き入れられ、ぎりぎりまで引き抜かれる。
 血の臭いが室内に立ちこめていた。
「ひぐぅっ!」
 亮の感じるところを擦り上げられ、更に裂けるほど強く突き入れられる。生暖かい深紅の滴りが、幾筋も亮の中から溢れ出る。
「ぃぎっ、」
 亮の足の指がぴんと伸ばされ、俯せた姿勢のままガクガクと震えた。
「――むぅっ」
 ヒースは低い声で呻くと、ようやく亮の中へ大量の精を放出する。
 ヒースは己のモノを亮の中から引き抜くと、力をなくした亮の身体をベッドの上にどさりと投げ落としていた。
『なるほど。ゲボの力というのは大したものだ。――また、利用させてもらうか』
 己の中を巡る大きな力の波動を感じつつ手早く身支度を調えると、ヒースは亮の顔を見ることもなく、玄関の扉をくぐる。
 それは部屋に来てきっかり二時間後。
 デジタルの正確さでヒースが部屋を出るのと、隣室からノーヴィスが飛び込んでくるのとはほとんど同時であった。 
「亮さま!」
 駆け寄るノーヴィスの声にも亮は反応を見せない。
 今日はこれで四組目。
 亮の身体は限界をとうに超えている。
 俯せに丸まったままの亮の身体を抱き上げ、何度も呼びかける。
 だらりと投げ出された手足。
 つらそうに閉じられた瞼。
 呼吸は弱く、体温も低い。
「亮さま、すぐにドクターをお呼びしましょうね」
 ノーヴィスは声を掛けながら電話を手に取る。
 レオンに連絡を取り、状況を説明し終えると再び亮の元へ駆け寄っていた。
『――なに、これ』
 唐突にその声は扉の方から聞こえてきた。
 亮のことに掛かりきりになっていたノーヴィスは、驚いたように顔を上げる。
『なに、してんの。なんで、こんな――』
 そこには天使のような少年が、こぼれ落ちそうな青い瞳を見開いて、立ちつくしていた。
 部屋に立ちこめる血と精の匂いに、弓なりの眉が険しくひそめられている。
『――シャルル、さま』
 ノーヴィスの声に応えるように、シャルルはベッドへ近寄ってくると、横たわる東洋人の少年を眺め下ろす。
 亮の白い腿にまとわりつく赤と白の流れに、シャルルは息をのんでいた。
 シーツの上にも点々と血痕が滲んでいるのがわかる。
『誰が、こんな――。すぐにガーネットに言わないと』
『シャルル様、申し訳ありませんが、今亮さまはこういう状況ですので、お部屋を出ていていただけますか?』
『ノーヴィス、キミは平気なの? こんな真似を主人にされて従者としてキミは――』
『っ、平気なはずありませんっ! ですが――亮さまの意向なのです。亮さまはシド様をお守りする為に・・・』
 ノーヴィスの声は涙混じりだった。
 膝の上に抱き上げた亮の顔を優しく指でこすりながら、ノーヴィスは唇をかみしめている。
『どういう、こと? シドを守るって、なんなんだよ・・・』
『ガーネット様にお聞き下さい。これは全てガーネット様の指示ですから』
『――ガーネットの、指示? これが? そんなの……』
 言いかけたシャルルの背後で扉の開く音がし、険しい表情のレオンが駆け込んでくる。
『この時間ってことは、まさかまた四組ゲストとったんじゃないだろうね』
『三組のはずだったのですが、緊急で七時からヒース様が――』
『とにかくまず酸素。バイタル計ってそれから処置に移ろう』
『はい!』
 ばたばたと動き始めた二人に気圧されるように、シャルルは亮の部屋を後にしていた。
 三組だとか四組だとか、あり得ない数字を口にしていたレオンの言葉が気に掛かる。
 日本に行って二ヶ月。
 仕事を終えて返ってきたシャルルは、真っ先に亮の部屋を訪れ、そして信じられない光景を目の当たりにしていた。
 自分の報告でセブンスに連行された東洋の少年に、シャルルは嫌みの一つでも言われる覚悟でやってきていたのだ。
 しかし、当の少年はシャルルに文句を言うどころか、彼の顔を見ることすら出来ない状況にあった。
 こんな風にゲボが扱われる様を、シャルルは知らない。
 自分たちは神に選ばれし者であり、カラークラウンたちすらかしづかせる存在である。
 そんな風にシャルルは考えていた。
 しかし、今見た光景はそんなゲボの有り様とは真逆のものである。
 レイプ、虐待、精処理の道具。
 そんな過去のゲボに下された忌むべき行為の名称が、浮かんでは消える。
 シャルルの見た亮の姿は、まさにそんな虐げられ続けた中世のゲボそのものだった。
『シドの為? ガーネットの指示……。あんな、あんな目にあうことが!?』
 何もかもがシャルルには想像を超えたものである。
『――シャルル様、こんな所へお出ででしたか。長旅でお疲れでしょう。早くお部屋へ……』
 迎えに来たシャルルの執事が、エレベーターを降りると心配そうに声を掛けていた。
 シャルルは手を一振りしてその言葉を遮ると、険しい顔でエレベーターへと乗り込む。
『シャルル様?』
 それに付き従う執事に向かい、シャルルは顔を上げていた。
『今からガーネットの所へ行く』
『報告でしたら明日の朝でいいとのことでしたが――』
『報告じゃない! 僕にはこの件の詳細を聞く権利がある』
『この件――とおっしゃいますと?』
『亮のことだよ』
 シャルルの脳裏に、冷たく自分を通り過ぎていったシドの顔が浮かんでいた。
 何かしなくてはいられない焦燥感が、シャルルの中を激しく焼く。
『あの子をここへ連れてきたのは僕だから』








 重い沈黙が室内を支配していた。
 秋人は電話をデスクの上に置くと、力なく身体を椅子に沈める。
「今になって――かよ」
 ぽつりと呟かれた言葉は絞り出すような痛みを孕んだものだ。
 部屋を照らし出す蛍光灯すらいつもより力なく、薄暗く感じる。
「これで、可能性のある航空機の手配は全て消えたってこと。――また、振り出しね」
 壬沙子の言葉が終わる前に、シドは地下エレベーターへの扉を開けていた。
「どこに行くつもり、クライヴ」
「――中で直接ビアンコに会う」
「無駄よ! 理事会で承認されたことは、たとえビアンコでも一人では覆せない。それにあなたのアルマは本部に拒絶認定されてるわ。入り込めるわけないことは、あなたが一番知っているでしょう!」
 しかしシドは荒々しく扉を閉めると、無言のままエレベーターへと乗り込む。
 そんなことは壬沙子に言われずとも良くわかっていた。
 しかし、他に何もないのだ。
 リアルでの動きは完全に封鎖されている。
 秋人のコネクション、壬沙子のコネクション、そして修司のコネクション。
 あらゆる方向からアプローチを行ってきたが、この二ヶ月、ことごとく潰されている。
 壬沙子のつてで、内部から再び理事会を開くように働きかけているが、セブンスとゲボに関しては伝統と強固な法が邪魔をして、それも効を成していない。
 それどころか伝わってくる情報は、亮の待遇が著しく劣悪なものであるということばかりだ。
 自分のIICRでの立場を考えれば、亮の処遇が良いものであるとは考えられなかったが、それでもこれほど酷くなるとはシドも壬沙子も慮外のことであった。
 秋人の元へレオンから定期的にカルテの写しが送信されてきているらしいが、それを秋人はシドへ見せようとしない。
――あの男に会うか。
 シールドルームの扉を開けたシドの脳裏に、ふと一人の旧知の顔が浮かんでいた。
 神に愛された芸術家作の如きその顔に、シドは苦虫を噛み潰したような表情で首を振る。
――有り得ん。あれに借りを作れば、亮の生涯に影が落ちる。
 プラチナブロンドの麗しい青年は、その外見とは裏腹に、この状況下ですらシドを躊躇させるほどの性格の持ち主であるらしかった。
 不意にシールドルーム内の電話が鳴る。
 無言でそれを取ったシドに、慌てたような秋人の声が聞こえてきた。
『シド、無茶なコトして時間を無駄にするな。一から洗い直すから――』
「わかっている。何にせよ、先立つものがいるだろう。おまえは修司とルートを確保してくれ。俺は金のいい順から仕事を終わらせる」
 意外なほど冷静な声に、秋人はほっと息をついていた。
『無理はするなよ。おまえ、どうみても今まともな顔してないからな』
 電話を切ると入獄システムの電源を入れる。
 やれることをやるしかない。
 シドは苦しげに眉をひそめると、長刀を手元に引き寄せていた。









「なぁ、どうしたんだ、シャル。何か俺気に障ること言った?」
 ウルツ・インカはおろおろとシャルルの顔をのぞき込むと、大きな体を縮こまらせる。
 落ち着いたオフホワイトを基調とした部屋の内装はどれも一流の物で統一されており、そのソファーに身を委ねたシャルルも、まるで芸術家の手になる装飾品の一つのようである。
「そ、そっか。まだ、疲れてるよな。一昨日、日本から帰ってきたばかりなのに、リザーブ入れたりして――俺がデリカシーなかったよな」
 三十代前半のがっちりとした体格の男が、しょぼくれて絨毯の上に座り込んでいる様は、どうにも情けない。
 顔立ちも悪い方ではないだけに、その情けなさが返って強調されてしまうようである。
「ちょっと黙っててくれる? 皓竜。うるさいよ」
 皓竜と呼ばれた青年は、シャルルの一言にますますしゅんとしてしまう。
 ウルツ種のカラークラウンである彼は、人外の怪力の持ち主であり、IICRの中でも次期武力局局長候補として一目置かれる存在だ。
 しかしシャルルの前でだけは、このていたらくである。
 とてもウルツ種の他のメンバーには見せられない姿だ。
「――こんなの、許せないよ。僕のお願い、ガーネットが聞いてくれないなんて」
 ひたすら不機嫌な調子で口を尖らせたシャルルの表情に、皓竜はうっとりドキドキするばかりだ。
 シャルルが日本に行っていた二ヶ月。
 皓竜は一人もんもんと眠れぬ夜を過ごしていた。
 シャルルの目的がシド=クライヴにあることはわかっていたし、それ以上にシャルルの顔が二ヶ月も見られないということが、彼にとって何よりも苦痛だったのだ。
 しばらくぶりに見たシャルルの姿は、前にも増して美しく、気高く、愛らしく、神々しく、とにかく輝いて見える。
「お、お願いって?」
「亮のことだよ。トオル=ナリサカ。なんであいつにばっかりゲストを強要するのかってこと! 何も話してくれないし、こういうことやめろって言ったら門前払いだよ」
「ああ、あの新しい子か。噂は聞いてるよ。従順でけっこう可愛いんだろ? おまけにそんな子を初回から自由にしていいなんて、ガーネットも変わったってカラークラウンの間じゃすごく評判良くて――」
 言いかけた皓竜の口が音を失いパクパクと動く。
 シャルルの全身から不機嫌オーラが噴出しているのを、青年は草食動物の如く敏感に感じ取っていたのだ。
「で、でも俺はシャル一筋だし、シャルが留守の間も一度だってあの子にリザーブ入れたりしてないし、やっぱりシャルに勝てる子なんて一人もいやしないから、その――」
「そんなこと当然だろ! もし一度でも亮にリザーブ入れたりしてたら、僕は二度とおまえに会わないからね」
 腕を組み見下ろしたシャルルの視線の鋭さに、皓竜は口を開けたままこくこくと何度も頷く。
「あの子、ヴェルミリオと関係あったって聞いたから、てっきりシャルは気に入らないんじゃないかと思ってたんだが……」
「気に入らないよ。あんなやつ顔も見たくない。でもこれ以上、僕はシドに嫌われたくないのっ」
 シャルルの言葉に、哀しそうにうなだれてしまった皓竜に、シャルルは大きくため息をついていた。
「自分で振っといて落ち込まないでくれる? で? ソサイエティは何て言ってるの? 連絡は回ってきてるんでしょ?」
「あ、うん。理事会では全権をガーネットに委任するってことで、もう決議は出てるんだよ。一度決定した事項を覆すには、それ相応の事件や問題が起こらないと無理だ」
「もう起こってるじゃないか! こんな虐待みたいなことして、これが問題じゃないなんて――」
「セブンスの初期にはこれと似たようなことが度々起こってたんだ。それで全権をゲボのカラークラウンに与えることになった。その時にセブンスへの他クラウンの不可侵が取り決められて、それが今や絶対になってる。ガーネットにはこれまでの功績もあるし、この程度のことで口出しできる者はいないんだよ」
「――この程度!?」
「や、あの、もちろん俺は酷いなぁと思ってるし、やめるべきだと思うよ。でもコレに関してはどうしようもなくて――」
「・・・皓竜は僕が亮みたいに強制的にゲストとらされても、この程度。なんだね。なるほど」
 シャルルのこの一言に、皓竜の顔から血の気が消え失せ、イカヅチに打たれたようにガクガクと震え始める。
「しゃ、シャルが、強制ゲスト――」
「だってそうでしょ? 何も亮だけとは限らない。ガーネットが方向転換したっていうなら、そういう可能性だってあるもん。僕がムリヤリ一日に三人も四人も変態クラウン相手にして、GMD浸けにされて、ボロボロにされて死んじゃっても、皓竜はこの程度なんだよね」
 何か途方もない想像が、皓竜の脳裏を走馬燈のように駆け巡ったようだ。
 虚空を睨んだまま青い顔で打ち震えていた巨体が、次の瞬間バネ仕掛けのように飛び上がる。
「そ、そ、そんなこと、ヒトとして許されることじゃないっ!」
 凄まじい力の波動が彼を中心に巻き起こり、毛足の長い絨毯を波紋の如く瞬間撫で上げていった。
 ビリビリと振動が室内を揺らす。
「ちょ、ちょっと、部屋壊さないでよ!?」
 少し薬が効きすぎたかと、シャルルが渋い顔で皓竜を見上げる。
「今日にでも他のカラークラウンに話をしてみる」
 鼻息も荒く言い切った皓竜の腕を、不意にシャルルが引いていた。かがみ込もうとした皓竜の唇に、座ったままのシャルルが触れるだけのキスをする。
「――!!!!!!!!!!!!!!」
「はい。ご褒美前払い」
 皓竜の頭のてっぺんからブシューっと煙が吹き上げていた。
「しゃ、しゃ、シャルゥッ!! いいのか? 今日は、ありなのか?」
 蒸気機関で動く巨神兵の如く猛然とのし掛かってくる皓竜に、しかしシャルルは豪快な鼻パンチをお見舞いする。
 容赦ない一撃に、皓竜の巨体が鼻血の糸を引きながら後ろへ吹き飛んでいた。
「あ〜、鬱陶しい! 今日はそういう気分じゃないの」
「はああぁぁあ、こういうのも、すっごいイイよ、シャルゥ」
 どくどくと鼻血を垂れ流しながらも、皓竜は幸せそうに微笑んでいた。