■ 2-35 ■



 招集を掛けられたのはその日夕刻を過ぎてのことだった。
 ディナーの最中に電話が寄越され、バイオレットは少々不機嫌にはなったが、その時点では大していつもと変わりはなかった。
 緊急の内部裁判など二月に一度は開かれるものだし、やっかいではあったが「またか」というのが本当のところだ。
 今回も同じくIICR内部で不祥事が起き、緊急の裁判が開かれることになったらしい。
 開廷時刻は今から約五時間後の午前0時である。
 裁判長である彼は当然のことながら出廷しなくてはならなず、事件の詳細を知るためにすぐにでも第二裁判局の方へもどらなくてはならない。
 面倒だとは思うが、これも仕事なのだ。致し方はあるまい。
 そう諦めのため息が漏れた。
 しかし、電話にてその事件の経緯を聞かされるにつれ、彼の形相は鬼のようなものに変わり、手に握られていたシルバーのスプーンは見るも無惨な金属の固まりにねじ曲げられていく。
 電話を渡した執事が主人のその様子に、息をのんだまま、二、三歩後ずさりしてしまったほどだ。
「何と言うことだ……」という言葉を繰り返し、バイオレットは立ち上がると、襟元に掛けられていたナプキンを外し席を立つ。
 かつて見たこともないほど荒々しい足取りで部屋から出て行く主人に、執事は何も声を掛けられなかった。
 書斎に戻ったバイオレットは乱暴に扉を閉じると手にした電話を床にたたきつけ、綺麗に整えられたダークブロンドの髪をかきむしる。
「何と言うことだ、何と言うことだ、何と言うことだ!!」
 他に言葉を忘れたかのように繰り返しながら、うろうろと室内を歩き回るその姿は、とても正気の人間とは思えない。
 しかしその目には正気の人間にしか有り得ない憎しみが、暗く深く陽炎のように揺れていた。
『セブンス所属のゲボ・トオル=ナリサカの名をイェーラ・スティールが奪い、強制的にファミリアを受胎させていた』
 その報告は、何十トンもの鉄球に、全身を殴打されたかのような衝撃をバイオレットに与えたのだ。
 身体中がバラバラに砕け散り、古いビルのように崩れてしまいそうだ。
「トール。私の、清く、美しく、愛らしい天使が――、受胎!? あの薄汚い研究局の男のファミリアなどを――、ありえない! あってはならない! あってはならないのだ!」
 書斎の壁一面に設えられた巨大な本棚をスライドさせると、その中にはバイオレット本人しか知ることのない、秘密のプライベートスペースが顔を現す。
 五メートル四方の小さな部屋には小さな机と、壁中に備えられたたくさんの棚。
 どれもにフォトスタンドが美しく飾られている。
 その数はざっと見回しただけで百を下らない。
 デスクに置かれた大きなスタンドを手に取ると、写真に写された人物を愛でるように、震える指先で輪郭をなぞる。
 愛らしい白のドレスに身を包んだその少女は、怯えたような目線でこちらをのぞき込んでいた。
 すぐ横に置かれた別のスタンドを逆の手に取り、二つの写真を見比べながらバイオレットは目を細める。
 こちらの写真では、同じ少女がベッドの上で衣服を乱され、足を大きく広げられた状態で虚ろな視線を彷徨わせている。
 胸元を破られ、晒された小さな桜色の尖り。
 片足にひっかかったままの白いレースのショーツ。
 まくり上げられたスカートの中から覗くのは、可愛らしく首をもたげた男の子の象徴であり、立てられた膝の間に滴り落ち溜まっているのは白濁した男の精だ。
「可哀想な私のトール。おじさまがすぐにおまえを汚らわしい呪縛から解き放ってあげようね」 
 バイオレットの長い舌が伸ばされ、ガラスの上から犯されつくした亮の全身をじっとりと舐め上げていた。
 この部屋にあるどの写真も同じように、美しく着飾らせた亮と、それをバイオレットの手で乱した亮――それぞれが対になって隣り合わせで飾られている。
 他にも自らのモノをしゃぶらせている写真や、亮が己で幼い自身を弄っている写真など、気に入っているものは全てアンティークのスタンドへ美しく飾ることにしていた。
 仕事に疲れて帰ってきた日は一人、この部屋で亮の写真を眺めながら何度も心の中で彼に悪戯をする。
 彼をこの屋敷に引き取り、毎日愛する夢を見る。
 パーティーの最中人前で、誰にも見つかることなく素敵な悪戯を繰り返してあげたい。
 頬を赤らめ拒絶の言葉を呟きながらも、次第に乱れていく亮の可愛らしい姿を見たい。
 日曜日はバラ園のテーブルでお茶を飲み、白いドレスの亮を膝に乗せ、恥ずかしがる亮の髪にブルーローズの花を飾り付けてあげたい。
 そして何度もキスをする。
 その度に彼はこう言うのだ。
「もう、意地悪なおじさま! ――でも……、トールはおじさまが大好きなの……」
――ああ、私もだよ、トール!!
 お気に入りの一枚に何度も何度も舌を這わせながら、バイオレットの心は次第に落ち着きを取り戻していく。
――そうだ。私が救わねば。私がトールを救うのだ。私の可愛い天使を汚そうとする奴は、全て呪われるがいい! この世から未来永劫消え去るがいい!
 震えるようなため息がバイオレットの上品な口元から零れた。
――トールの名……、ああ、トールの真実の名! 気高く愛らしいそれを知ることが出来る者は、真実トールを愛す者のみなのだ。
 タラリと流れ落ちる唾液の雫が溜まり、スタンドのフレームはじっとりと色を変え始める。

 そして五時間後――裁判は始まった。