■ 4-6 ■



 LL準備室を飛び出した亮は教室に戻り、カバンをひっつかむとその足で学校を飛び出していた。
 何がこんなに胸の中で暴れているのかはわからないが、亮は今すぐシドの近くである学校から離れ、どこか遠くへ行こうという意地のような想いだけに全身を支配されていた。
 ホームルームの始まる三十分も前に飛び出した亮の時計は、朝の八時少し前を指している。
 亮は登校してくる生徒達とは逆送する形で闇雲に走り、最寄りの駅へ駆け込むと到着したばかりの電車に乗り込んでいた。
 行き先なんかどうでもよかった。
 とにかく遠くへ行ってやる。
 意味のないそんな想いばかりが先走って、亮は通勤客でひしめき合う電車へ飛び乗る。
 生徒達を吐き出した後の電車にはどうにか亮を飲み込むスペースはあったものの、その後同じ駅から乗り込んできたサラリーマンやOLに押され、亮は窓際の三角スペースに押し込まれて身動き一つ取れなくなっていた。
 以前は自転車通学が主で、今は寮暮らしと混雑する電車とは無縁だった亮はそのあまりの密集度に立ちくらみを覚える。
 遠くに行くためなら、電車でなくバスにすればよかったと考えても仕方のないことが頭に浮かんだ。
 しかし亮の後悔などお構いなしで、車掌の吹く笛の音と共にゆっくりと電車は動きだす。
 走り出して五分。
 亮の後悔は更に強いものとなっていた。
 周囲に漂う整髪料の匂いや人の体臭が混じり合い、立ちくらみを起こしかけていた亮はますます気分が悪くなってきてしまったのだ。
 しかし当然席は満員。これだけ込んでいてはその場にしゃがみ込むことさえ出来ない。
 そもそもカバンをつかんだ右手は奥側に引っ張られ、自分でどこにあるのかも確認できないほどである。
 残った左手でどうにか壁につけられた手すり棒にしがみつき、亮は目を閉じてこの状況を呪うしかなかった。
 ――次の駅についたら、降りよう。
 全身から冷えた汗を滲ませつつ、亮はそのことだけを考えていた。
 どうしてこんなことになるのか、切なくて情けなくて、亮はじんわりと涙がにじんでくるのを抑えられない。
 浅い息を吐きつつこぼれ落ちようとする涙をぐっとこらえていた亮に、別の悪魔が忍び寄ってきたのは次の瞬間だった。
 最初は込んでいるが故の偶然だと思った。
 しかしそれは偶然というには明らかすぎる意志を持って、ゆっくりと亮の腿から尻にかけ、何度も撫で上げている。
 ――うそ、だろ……。
 今亮は制服である学ラン着用であり、女の子と間違って触られているという可能性はない。
 よくテレビのニュースで聞いてはいたが、痴漢というものが本当に実在し、まさか自分がターゲットにされるとは思いもしなかった。
『てめー、何すんだ、変態が!』
 そう言って相手のあごにでも一撃拳をたたき込んでやりたいと思ったが、酷い貧血のせいで口を開いてもまともな声にならない。
「っ、……めろ、さゎ……な――」
 弱々しい声をどうにか振り絞ってみるが、力が抜けきり立っているのもやっとの亮の言葉は、車内の騒音にかき消されほとんど誰の耳にも届かないレベルだ。
 それをどう捕らえたのか、亮の尻を撫で上げていた手は次第に調子づき、前面に回り込むとそろそろとジッパーを下ろし始めていた。
 もう片方の手が学生服の第二ボタンをはずし、隙間から胸元へと忍び込む。
「ぃゃだ――」
 何とか身を捩ってみるが、今の亮の精一杯の抵抗は相手の興奮を煽る糧にしかならない。
 背中抱きに見知らぬ男に密着され、亮はそれでも必死で力の萎えた身体を捩り、抵抗の意志を示す。
 胸元に潜り込んだ男の手のひらが、亮の肌の感触を追い求めるようにシャツの上から円を描くように撫でていく。
 もう片方の手は下ろしきったジッパーの間に二本の指を潜り込ませ、亮の形を追うように下着の上から上下にさする。
 胸を這い回っていた手のひらが不意に止まり、今度は指先がまるでそこに亮の感じる部分があるのだと見せつけるように、かりかりと胸の飾りの辺りをひっかき始めた。
「っ、ゃ――」
 全身から冷たい汗を滲ませながらも、亮の身体は敏感にそれに反応してしまう。
 次第につんと尖りを見せ始めた亮の乳首を二本の指先がつまみ上げ、シャツの上から乱暴に引っ張り上げる。
「ひぅっ――っ、」
 引き攣った呼吸を吸い上げた亮の後ろに見知らぬ男がぴったりと張り付き、固く熱を持ったものを亮の尻に密着させていた。
「はぁ……はっ、ふっ……」
 荒い呼吸が耳元で聞こえ、亮は恐怖のあまりガクガクと震え始めていた。
 気分が悪くて声も出せない、力も出ない、顔も見えない行きずりの男に悪戯されている状況に、セブンス時代の恐怖が蘇る。
 目の前に何度も自分を犯している男達の顔がフラッシュし、亮の呼吸は浅く早く、過呼吸に陥っていく。
 目に見えてぶるぶると震える亮の身体を背後から抱きつつ、男の右手が下着の中から萎えきった亮の幼いモノを手慣れた様子で取り出していた。
「ゃだ――、めろ、っ、……」
 亮の怯えたような声に男は更に興奮を募らせ、亮のものをしごきつつ、亮の尻に密着させた自身のものを、まるで亮を犯してでもいるかのように突き上げ、動かし始める。
 その露骨な行動も、うまく電車の揺れに合わせるように行われているため、周囲に気づく気配はない。
「うぇっ、ぇっ、ゃぁっ――」
 こらえていた涙がついに頬を伝わり滑り落ちていた。
 列車はカーブに差し掛かり、大きく右に傾ぐ。その揺れに合わせて偶然のように男は亮へぐっと顔を寄せ、耳の中に舌を差し込む。
「ひっ――」
 亮のからだがぞくりとすくんだ。
「はっ、ふっ、……、大きな声出すと、ボクの可愛い部分が周りの人に丸見えになっちゃうよ? はぁ、っ、は、ボクが男の人に嫌らしい悪戯をされて、どんな風になっちゃったか、みんなに知られちゃうんだ――」
 中年男の粘つく声は亮にしか届かない密やかさでそう語り、それ自体がプレーであるかのように男自身を興奮させているらしかった。
「ぃぁっ、も、ゃ、ぇぅっ――」
 こんな大勢の人がいる電車でばれたらどうしよう。
 そんなの嫌だ。
 恥ずかしくて死んでしまう。
 自分がたくさんの男の人に身体の奥までのぞき見られ、何度も犯されながら嫌らしいミルクを垂れ流していたことを、みんなに知られてしまうんだ。
「ゃだ、ぇぇっ、ぃゃぁっ――」
 男の手はまるで少女を相手にしているように、亮の胸を強く揉みしだく。
「ぁっ、ふぁっ――」
 ひくりと身体を痙攣させた亮に、男は遂に自身のものを露出させると亮の足の間に強引にねじ込んでいた。
 腰を激しく突き動かし、露出させた亮の幼いモノに触れさせるようにそれを上下させる。
「ふっ、ふっ、気分が、悪そうだね。っ、そうだ。次の、駅で降りようか。ね? はぁっ、はっ、……、おじさんが気分がよくなるおまじないをして、あ、げるから――、ぉぉっ、ああ、ボクの中にねじ込みたい。ボクの可愛い乳首を虐めながら、いっぱいボクの中におじさんの濃いミルクを注いであげたい。っ、ぉっ、ぉぉっ、ふぉぅっ」
 男の動きが一層速くなる。
 もはや電車の動きと合わせるという頭もなくなっているらしい。
 亮はガクガクと膝が震え、過呼吸で次第に意識がもうろうとしてくる。
「ふっ、はぁっ、はっ、ボクのにかけるよ――、おじさんの、いっぱいかけようね――」
「この人、痴漢でぇすっ! 僕のおしり触りましたーっ!」
 電車の走行音とひそひそした話し声しか存在しなかった車内に、突如高らかにそんな宣言が為されていた。
 妙に明るい男のその声に、車中の者達の視線が一斉に集中する。
 和服姿のその男は、自分の前に立っていたサラリーマン風出で立ちの五十男の肩をつかむと、強い力でくるりと回転させていた。
「おまけにそんなモノまで僕に握らせようとして――、僕みたいな冴えないオジサンにそんなことさせるって、どれだけ飢えてるんですか」
 車中が一気にざわつき始める。
 あれだけひしめき合っていたのに、突如男の周囲に僅かな空間が作られ、一同の視線は五十男の股間に集中していた。
 ギンギンに立ち上がった赤黒いモノは血管を浮かび上がらせ、先端には目を覆いたくなるような雫が滴っている。まさに今にも暴発する勢いだ。
 女性客の間から悲鳴が上がった。
「っ、違う、これは――っ、ぅぉっ」
 言った男は電車のブレーキによる揺れで、意に反して達してしまう。
 衆人観衆の面前で、会社では偉い役職にでも就いていそうな男は、見事に砲撃を果たしてしまっていたのだ。
 悲鳴が次々に上がり、周囲にいた若い男が五十男を取り押さえる。
「何が違うんだ、朝っぱらからこのド変態がっ」
「駅員呼べ! 駅員」
 次の駅に到着し停車を果たした電車の扉が開き、すぐに騒ぎを聞きつけた駅員が駆け込んでくる。
 その様子を尻目に、和服の男は「後はおまかせします。僕は知り合いの具合が悪いみたいなので、これで失礼」と、言い残し、入り口付近でぐったりと座り込んでいる少年に肩を貸すとその場を後にしていた。
「大丈夫? 歩ける?」
 亮にとって聞き覚えのあるその声の主は、目を閉じたまま浅い呼吸を繰り返す亮の身支度を人に気づかれないよう手早く調えてくれると、ゆっくりと電車を降り、近くのベンチに亮を座らせる。
「横になるといいよ。少しはましになる」
 意識のもうろうとした亮の頭を自分の膝に乗せると、男は袂から取り出した和織物のハンカチで亮の額を拭ってくれた。
「……、ふるほん、やさん?」
「喋らなくていい。貧血はつらいからね」
 亮はその優しい声音に包まれて、安心したように目を閉じていた。