■ 5-28 ■



「……というのが現在僕たち研究局が出した見解になる。理解してもらってその上で亮くんが今からの施術を受けるかどうか決めて欲しい」
 有伶さんが珍しく研究局トップらしい真面目な顔でそう説明したけど、向かいの小さな回転いすに腰掛けた亮くんは眉根を寄せたまま「うん……と、えぇ……と」と困ったように言葉をよどませている。
 傍らに立っている僕はそんな亮くんの肩を叩いて顔を上げさせると、
「要は亮くんの羽根、異神によって植えられた可能性はあるけど、どちらかというと深層セラの構成要素に近い謎物質だから、直接手術で取っちゃうのは危険なんだって。だから羽根の成分と逆の成分に近い炎で焼いて、小さくしてから手術してみようかって有伶さんは言ってるんだよ」
 と、噛み砕いた内容で解説してみた。
 横で聞いていた僕も有伶さんの話は専門用語が多すぎて理解するのに苦労したんだけど、ソムニア用語や煉獄構成要素などに馴染みがない亮くんにはきっとちんぷんかんぷんだったに違いない。
 亮くんはそこで初めて「なるほど」と言ったように目を見開くと、今度こそ有伶さんに元気よくうなずいていた。
「うん! やる! そうしたらこれ、取れて東京に戻れるんだよな?」
「そうだね……、そうなるように僕らも頑張るけど……、まだ探り探りなのが実情で。……本当ならシドさんにしっかりと許可をもらってから取りかかりたいところなんだけど、今シドさんの言ってる深層セラには連絡取りようがないからさ」
 歯切れが悪くそう言う有伶さんの後ろに立つレオン医師も、心配げにデスク横に貼られたARI解析画像を眺め、顎を撫でる。
「昨日撮影した画像を見ると、この方法でうまくいく可能性は五割ってとこじゃないかと思う。しかも羽根を焼く施術をするのは私には無理なんだ。ここはウィスタリアたち研究局の人間に任せざるを得ない。異界や異神は医療局の私たちとはジャンルが違いすぎる。もちろん、手術で羽根を切除する段階になれば私がメスを持つことになるけど、それまでは私は亮くんの体調管理だけにしか関われない。それでも亮くんは大丈夫かな」
 亮くんが研究局という言葉に対し悪感情を持っているに違いないことは、付き合いの短い僕にもわかる。レオン医師はそれも懸念しているに違いない。
 昨年亮くんがセブンスで、研究局トップだったイェーラ・スティールにされた行為を思えば不安を感じないわけがないのだ。
 観測基地中心部にある研究施設へ入り込む出入り口に当たるこの前室は、その仰々しい役割とは無縁のようなクリーム色の柔らかな光に満たされていた。
 僕が亮くんだったらこんな普通の診察室みたいな光景が逆に白々しく思え、警戒して返事を保留してしまっていることだと思う。
 だけど亮くんは間髪入れずにうなずいていた。
 迷いなどそこにないかのように。
「やる! 大丈夫、やる! 修にぃにも伝えてあるんだよね? 昨日の検査結果と治療方法とか」
「それは昨日の段階でヴァーテクス経由で伝わっているはずだよ。でも、お兄さんの許可についてはこちらには伝わってきてなくて――」
「修にぃがなんて言ってもオレ、やるからっ。だって待ってるだけじゃ、これ、取れないし、取れないと修にぃのとこにも帰れないもん。なんかやばくなったらやめたらいいしっ」
 あまりに単純明快な答えに思わず僕は笑ってしまいそうになった。
 向かいにいる大人達は二人とも困った顔で目をしょぼつかせているのに、当の本人だけはやる気満々だ。
 過ぎた過去もまだ来ぬ未来も気にしない。きっと亮くんにとって大事なことはヴェルミリオや修司さんの元に戻る――という意思だけなのだ。
 そのために危険な目に遭うとしても――いや、危険な目に遭うことすら考えの外なんだろうと思う。
 若い邁進力は止まることなど知らないんだ。
「シドが戻ってくる前にこの羽根小さくなって手術できるかな」
 きらきらした大きな瞳で有伶さんを見つめる亮くんに、有伶さんは「そう急がないで」と困り顔のまま笑うしかない。
「それじゃ、今から最初の治療を行おうと思う。付き添いには介助の補助員三名のみが施術室の入室を許可されるんだけど、いい?」
 亮くんはちらりと僕を見てそのまま後ろの三人の補助員さんたちを見た。
 僕らをここに案内してくれた担当三名が全員揃っている。
 一人はヴァーテクス付きのリーダーであり、真面目を絵に描いたようなエレフソンさん。
 もう一人は研究局付きの若いソウザさん。
 そしてもう一人はヴァーテクスより派遣の陽気なラージさん。
 三名ともソムニアではなく、特殊な訓練を受けたコモンズの人たちだ。
 コモンズとは言ってもそれぞれ専門の学業を修めた選ばれたエリートの皆さんで、何の学もない僕とは違って、樹根核のこともセラでの研究のことも一流の人たちだといえる。
「レオン先生とルキくんは表の付き添い部屋で待っててくれる? 一応ガラス張りで中の様子は見られるようになっているけど、亮くんの炎翼にも耐えられる耐熱構造にはなってるから安心のはずだし、もし何かあったときも空間障壁で切り離すことができる仕様になってる。君たちはよその部署から借りてる人間だからね。処置室以降のA級リスクエリアより上位の危険施設には入れない規定になってるんだ。心配だろうけど我慢して」
「わかってはいたことだけど……規定だから仕方ないか……。私もできれば亮くんのそばで治療を見守りたいところなんだけど――、亮くん、ごめんね?」
 レオン医師の言葉に亮くんはぶんぶんと首を振ると「大丈夫だって。レオン先生は待合室でジャンプでも読んでてよ」と笑ってみせる。
 レオン医師は「ジャンプ……ジャンプかぁ……かれこれ一ヶ月読んでないなぁ」と言ったきり情けない顔で天井を仰いだ。
 亮くんはどうやら施術付き添い部屋を病院の待合室と間違えている節がある。
「ルキくん、例のもの用意してくれたかな」
 不意に振られた僕への問いかけに、僕は焦ったみたいにうなずいて、手にした袋から一枚の大きなブランケットを取り出していた。
 ブランケットとは言ってもその素材は僕の『水』を繊維にして織り込んだものであり、折りたたんであると布というよりタップリとした水塊のように見えるかもしれない。
「うん、良くできてる。ありがとう。これなら処置中亮くんの炎翼の熱を遮断してくれそうだ」
 受け取った有伶さんは亮くんの背に僕の青いブランケットを広げ、そっと掛けていた。
 大きめに作ったつもりだったけど、亮くんの背に息づく羽根を覆えばちょうど良い感じのサイズであり、今は床についているそれも立ち上がれば裾を引きずらなくてすむんじゃないかと思う。
 水でできてはいるけど屈折率が一般的な水とは異なるため、僕のブランケットは不透明だ。
 深い海の青により翼を完全に覆われた亮くんは普通の少年にしか見えなくて、僕はちょっと切なくなった。
 真っ白でひらひらした手術着に身を包んだ亮くんは、改めて見れば病気で入院中の普通の子にしか思えない。
 肉親も恋人もいない知らない場所で、未知の病気と向き合わなくてはいけないなんて――きっと不安で押しつぶされそうに違いないんだ。
 僕は思わず亮くんをぎゅっと抱きしめていた。
 とっても小さくて細い身体。
 こんな身体で一人、病気と闘うのかと思うと胸が痛くなる。
「ルキ? オレなら大丈夫だから、レオン先生と待ってて?」
 僕のことを逆に心配そうに見つめた亮くんはそう言って笑ってくれた。

 それが一時間前のこと。

 亮くんは補助員の人たちにより車いすに乗せられて、処置の前室から更に奥――研究局員とヴァーテクスの人間しか入ることを許されていないエリアへと進んでいき、僕とレオン医師は一旦部屋を出て廊下を進むと、処置室の見える付き添い部屋へと入っていた。
 狭い室内はクリーム色で統一されていて、一部の壁がガラス張りになっている。のぞき込めば一階分下の位置に広い部屋が広がっていて、何をするのかわからない大きな機械やベッドがいくつか置かれている。たくさんの白衣を着た人間が忙しそうに立ち動いていた。
 僕とレオン医師はそばに置かれているソファーに座ったり立ったり落ち着きなくしながら、その部屋をのぞき込み、やがて左手のドアが開いて亮くんが姿を見せてくれたときは少しだけ息をついた。
 車いすに乗せられた亮くんは背中に僕のブランケットをかぶったままなので、背もたれから身体を離し、病人とは思えないシャッキリした様子で現れた。
 僕らが覗いているのを見つけると、嬉しそうにこちらへ手を振ってくれる。
 椅子を押しているのは補助員の三人ではなく、ウィスタリア本人だ。
 どうやら彼ら補助員も処置室内部には入れないということらしい。
 向こうとこちら、音は全く聞こえないので、僕は手を振り返しながら大きく口パクで「がんばれ!」と言ってみた。
 僕の言葉はうまく届いたみたいで、亮くんは笑顔で拳を作り、「がんばる!」と口パクで返してくれる。
 ウィスタリアは一度もこちらを見ることなく、真剣そのものの表情のままそんな亮くんを見下ろして、奥へと進んでいった。
 大きな機械の影に入り込むと二人の姿は全く見えない。
 白衣の研究員達の動きがさらに激しくなり、処置室はバタバタと機能し始めたようだった。
「ここからだとよく中が見えないなぁ……。こんなに広い部屋なのに、ガラス張りがここ一部だけじゃどうしても奥まで確認できないや……」
「急作りらしいからね、この付き添い部屋も。元々なかった部屋を後からくっつけてくれたんだ。どうしても行き渡らないのは仕方ないかもね」
 そう言われてみれば、部屋の壁も床も殺風景でありガラスをはめ込まれた箇所もやっつけ感がいなめない雑な感じだ。
 それでも二重に施されたガラスとガラスの間に空間障壁の可動装置がつけられている辺り、大変な工事だったんではないかと思う。
 確かに空間障壁を付けるとなると、このサイズが限界なのかもしれない。
 しかも亮くんがここで治療すると決まってからの作業なら、本当に一週間程度で作られた突貫工事だったんだろう。
「音も聞こえないし、中でどんな処置してるんだろう。亮くん、大丈夫なのかな」
 奥をのぞき込むように伸び上がる僕の横で、同じようにレオン医師も角度を変えながらどうにか向こうを見ようとしている。
「あの羽根を『焼く』って言ってたけど――、亮くんの白炎の対局に位置するはずの黒炎はゲヘナにでも行かないと手に入らないからね。今PROCが潜ってる超深層セラからシドが戻らないとサンプル程度にしかここにも存在しないんじゃないのかな」
「そのサンプルで焼くってことですか?」
「まぁそれしかないと思うよ。まずはお試しでぶつけてみるってとこじゃない? サンプルしかない貴重な黒炎を研究局が治療に使ってくれればだけど」
 レオン医師はそう言ったけど、ウィスタリアのあの真剣な様子を考えれば、研究局はきっと全力で亮くんの治療に当たってくれているに違いないと思う。
 ここの責任者であるスルト統括はとっても恐くて厳しい人だと噂は聞いているけど、治療を担当するウィスタリアは階級的には統括より上に当たる。
 ウィスタリアはヴェルミリオとも旧知の仲らしいし、きっと良い方向に話をまとめてくれているんだろう。
「青炎ならシュラが、赤炎ならカイくんが超強力なの使えるんだけどね。白と黒は人間が持ってない種類の炎塊だから採取してくるしか手がないんだよなぁ」
「ジオットのカウナーツが有効だったならもっときっといい感じに治療が進むんでしょうね……」
 今頃通常業務を行いながらまんじりともしていないであろう上司のことを考えると、やるせない気持ちになってしまう。
 AXIS酔いが激烈を極めることから、研究局の長であるウィスタリア以外カラークラウンが樹根核へ来ることはほぼ許可が出ない。
 本来ならプラムも亮くんの治療に参加したかったんだろうけど、代わりにレオン医師のみ派遣されたのはそういうことだからだ。
 けどあのジオットのことだから、自分のカウナーツが有効だとなればビアンコに直談判してでもここに乗り込んできたんじゃないかと思う。
「処置はどのくらい時間がかかるものなんでしょうか」
「ウィスタリアの話だと亮くんの体調にもよるけど、二時間程度を見てるってことだよ。どうする? ここに居ても中の様子はわからないし、ルキくんは部屋に戻っていても大丈夫だけど」
 僕は即座に首を横に振った。
 ドクターは僕の体調を気に掛けてくれているみたいだけど、部屋にいたって落ち着かないことには変わりがない。
「ドクターこそ少し身体を休めたらどうですか? AXIS酔いから回復したばかりでしょう?」
「いや、私は何かあったら即座に対応できるようにここにいないといけないから。……それに自室に戻っても落ち着かないしね」
 僕と同じことを考えていたらしいレオン医師と同時にため息を付き合うと、二人は同じようにソファーへ座り込んでいた。
 右側の壁につけられた丸い壁掛け時計は14時38分を指している。
 夕方には第一回目の処置が終わり、夜は一緒に夕飯を食べられるはずだ。
 今日のメニューが亮くんの好きなものだといいのにな、と思った。



 処置準備室で待機していた数時間。
 エレフソンたち補助員三名は各々持ち込んだ昇級用の教科書を読んだり、娯楽小説を読んだりと思い思いの時間を過ごしていた。
 処置準備室は文字通り亮の処置を行う為の準備を施す場所であり、補助員である彼らはここより先に入室することを許されていない。
 彼ら三名はあくまでも亮の身の回りをケアするのが仕事であり、治療自体に関わることはないのだ。
 それでも完全な外様である医療局のレオンや獄卒対策部のルキよりも高レベルの入室権限を持っていることになる。
「そろそろ戻ってくる頃じゃない? 亮くん」
 ベストセラーを謳われた軽薄な恋愛小説を読んでいたラージは、ペーパーバックを閉じると組んでいた足を戻して壁に掛けられた時計を眺めた。
 壁側に寄せられた唯一のソファーに身を沈めていた彼は、部屋の中央付近でパイプ椅子に腰掛けたエレフソンに声を掛ける。
「リーダー、ボク、お風呂係やりたい」
 ニコニコと挙手をして立候補してみせるラージに、分厚い教科書から顔を上げたエレフソンは渋い顔で首を横に振る。
「駄目だ。私たちはあくまでヴァーテクスからの派遣であり、医療行為は認められていない。亮さんの身体に直接触れる入浴担当は、研究局付きのソウザに任せるつもりだ」
 そう名を呼ばれた黒髪の長身は、出入り口のすぐ横の壁に背を預け腕を組んでたたずんだまま閉じていた目を開いた。
「なんで、いいじゃん。お風呂入れるのなんて医療行為じゃないでしょ。それにソウザくんは不器用で乱暴そうだし、ボクの方が優しく介助してあげられる自信があるんだけど」
「俺もその方がいいと思う。俺はあの子供が好きではない」
 暗い瞳でそう言い切るソウザの言葉に、だがエレフソンは耳を貸すつもりはないらしい。
 真面目で職務に絶対的な忠誠心を持つ彼は、自分の方針を曲げるつもりはないのだろう。
「好き嫌いで仕事をしていい給料を我々はもらってはいない。コモンズの我々が樹根核へ派遣されるなどという名誉を頂けたのだ。上の指示通り間違いのない仕事をするのが当然のことだ」
「そうは言ってもソウザくんはあの時研究局53号施設にいたわけだし、いろいろ思うところがあるんだと思うよ?」
「亮さんが暴走したというあの状況を見ているからこその抜擢だったはずだ。それを理由に職務を放棄することは許されない」
「……だって?」
 肩をすくめて向かいの壁に立つソウザを見たラージは、ため息混じりに手にした本をソファーへ放り投げた。
「ちぇー、いいなぁ。ボクもゲボの亮くんを優しくなでなでしてあげたいなぁ」
「……おまえは有能かもしれないが、軽薄に過ぎる。レドグレイがおまえを選抜した理由が私にはわからない」
「レドグレイの忠犬であるエレフソンさんとボク。足して二で割ればちょうどいいと思ったんじゃない? うちのボスも」
 不愉快そうに眉根を寄せたエレフソンは立ち上がると、手にした分厚い教科書をバスタブ脇に置かれた高めのテーブルへ置いていた。
 ちらりと時計を確認すると、部屋の傍らに無造作に置かれた大きめのバスタブへ湯を張り始める。
 準備室にはこのバスタブのほかに、キッチンセットや冷蔵庫、簡易ベッド、医療キットなど様々なものが雑然と並べられている。
 視線を遮るカーテンや衝立すら見当たらない。
 この部屋は亮のために本当にやっつけで作られたのだろうということがわかる、実用性しか考えられていない場所なのだろう。
「湯加減くらいは見させてやる。それで我慢しろ」
「けちー。コモンズがゲボちゃんに触れられる機会なんて今後一生ないんだよ? 人生の思い出に少しくらい手伝わせてくれてもバチはあたらないって、アラーもおっしゃるよ?」
 それでも立ち上がるとバスタブに近寄り湯加減を探りながら、ラージは彫りの深い整った顔を不満そうに曇らせて見せた。
 そのとき、奥の扉が不意に開いていた。
 同時にガラガラとけたたましい音を立てて安物のストレッチャーが運び込まれる。
 上に寝かされているのは亮だ。意識はないようで、目を閉じたままぴくりとも動かない。
 その全身はゲル状の透明な何かでまみれ、柔らかな髪もお風呂に入れられた子犬のようにぺったりと張り付いている。
 それ故に額にはめられた黄金色のリングが痛々しいほどに目立ってしまっている。
 ストレッチャーを押していた有伶は、部屋で控えていた三名の顔を眺めると、ようやく一つ大きく息をついていた。
「とりあえず一回目の処置は終わったよ。いろいろ試しながらだったから亮くんの負担も大きかったはずだ。身体に付着してるのは熱からの保護用ジェルなんだけど、落ちにくい素材だからしっかり洗ってあげて」
 説明する有伶の背後から空の車いすを押した別の局員が現れ、何かを耳打ちして戻っていく。
 残された車いすにはルキの作った青いブランケットがきちんとたたまれ置かれていた。
「悪いけど僕はまだ今の治療の後始末と書類作成があるから戻る。亮くんは疲労で眠っているだけだから、少ししたら目覚めるはずだとレオン医師に伝えておいて」
 その指示にいちいちうなずきながらエレフソンは意識のない亮を眺め下ろした。
 亮の背に息づく小さな羽根は、入っていったときとさして違いはないように思える。
 まだまだ治療は始まったばかりということなのだろうと彼はそう思った。
「あ、それから、額のリングのことだけど、外すときは慎重に。アルマに直接連結させる外部記憶装置だから、きちんと機能停止させてからゆっくり抜くこと。使用方法は教えられてるよね? できれば全部終わってからの方がいいかな。その方が亮くんの負担が軽いはずだ」
「わかりました。そのように」
 うなずくエレフソンは視線でソウザに指示を出す。
 ソウザは一つため息をつき近づいてくると、ストレッチャーの上から亮の身体を抱き上げていた。
 全身濡れそぼった小さな身体を湯の溜まりきっていないバスタブへゆっくりと沈めていく。
「あああ〜、ちょっと待って、湯加減はボク担当だからね? これは譲れないよ」
 これじゃちょっと熱すぎるかなぁ……などと独り言を言いコックの調整をしながらも、ラージは眠る亮を間近でしげしげと眺めている。
「それじゃ僕は戻るね。また寝る前辺りに様子を見に行くとルキくんに伝えておいて。それじゃあよろしく」
 有伶はそう言うと片手をあげて挨拶をし、再び奥の扉へと消えていった。
「ボディーソープはこれを使うんだよね? 大丈夫、ソウザくん。泡立てる役はボクに任せておいて、キミは亮くんが沈まないようにしっかり支えてあげて」
 ご機嫌に指示を飛ばし始めたラージにため息を漏らしつつ、エレフソンはちらりとテーブルに置いた教科書を眺めた。
 コモンズがIICRで上を目指すのは一筋縄ではいかないなと、彼は改めて思った。