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 羊歴一年。八月十九日。

 最近夢を見る。
 見てるんだと思う。
 オレはいつも同じ場所にいる。
 低い天井から吊り下げられた籠には黒糖の麩菓子がいっぱい突っ込まれてて、前後左右囲まれた棚には丸や四角の瓶が並んでる。
 その中にはぴかぴかした飴玉や五円玉みたいなチョコレート、動物の形のラムネ、メンタイとコンポタとサラダ味しかないうまい棒、チロルにフェリックスガム──色んなお菓子がいっぱい詰まってる。
 平台には百均のプラ籠が並べられ、キャベツ太郎やどんと焼き、偽物ヨーグルトみたいなお菓子だけじゃなく、ポケモンのカード、スーパーボール、全然欲しくない風船のオモチャ、少し欲しいピンクや緑や紫色のスライムみたいな小物も並んでいた。
 棚の奥にはテレビがあっていつもドラマの再放送が流れてた。
 一年中置いてあるストーブは冬だけ灯油の臭いをさせてやかんのお湯を沸騰させ、夏は壁から生えてる扇風機が全然効いてないクーラーの生ぬるい風を掻き回す。
 振り返るといつも開けっ放しのガラス戸の向こうに青い空が広がってて、一年中鳴ってる風鈴が黒くクルクル回ってる。
 くじ引きガムの奥に小さなレジがあって、ばあちゃんはその向こうの椅子に座っていつもテレビを見ていた。
 オレは学校から帰ったら諒子にもらった百円を握りしめて、いつも一人でこの店に来た。
 なんとなく、覚えてる。
 ここはまだ俊紀のいる七ヶ瀬に引っ越す前、済んでたアパートの裏にあった駄菓子屋さんだ。
 オレはあんまり話すのが得意じゃなかったけど、ここで会う友達とは普通に学校のこととか話せてたと思う。
 ゲットしたおかしを持って表のベンチに座って、漫画を読んだりゲームしたり、たまに奮発して買ったカードを開けて交換したり、してたと思う。
 ただ違うことは、ここには誰も居ないということ。
 オレ一人、店の中に立ってテレビを眺めてる。
 子供の頃は全然面白くなかったドラマの再放送は、今日もやっぱり面白くない。
 どこかで聞いたことのあるテーマソングが流れ、スタッフロールが流れ始めた。
 いつも怒ったような大声で話す駄菓子屋のばあちゃんは見あたらない。
 お客もいない。
 ストーブも扇風機も動いてない。
 ただテレビだけが付いて、風鈴が時々甲高く鳴っていた。
 ここから早く出たくて、オレは出入り口に向かう。
 けど──。
 いつも通りガラス戸は開いていて、夕方前の空は明るくすぐそばにあるのに──。オレはぜんぜん外へ出られない。
 そうか。と、オレはここで気がつく。
 手に握りしめている百円を使い切らないと帰れないんだった。
 何か買わなくちゃ。
 そう思って周りを見回す。
 ポケモンカードは高いから百円じゃ無理。
 風船はいらない。
 うまい棒はメンタイ味が一本しかない。
 どれもピンと来ない。
 籐で編まれた籠の中から麩菓子を一本取り出した。
 たしかこれは三十円。
 並んだ硝子瓶の中にある、でっかい茶色の薬瓶。
 その中に入ってる煎餅は一枚二十円。
 あと五十円。
 ぱっと目に留まったのはチロルチョコの横の瓶に詰め込まれた星形のチョコレート。
 金や赤や青や緑、色んな銀紙で包んであって凄く綺麗なんだ。
 これにしよう。
 そう思ってその星を手に取る。
 取ろうとした瞬間、テレビのエンディング曲が不意に途切れてオレは顔を上げた。
 テレビが消えている。
 なんで消えたんだろう。タイマーとか? ばあちゃんが間違えてリモコン押した?
 そんな風に思ってると、テレビの中央に小さな白い光がチカチカしているのに気がつく。
 その点はじわじわ大きくなって、その真ん中に何かが。
 誰かが。
 映ってるのがわかる。
 誰かが、いる。
 オレは恐くなって持ってたお菓子を放り出して、出口に向けて全速力で走った。
 三歩で出られるはずの店で百メートルは走った気がする。
 気がつくと明るくて柔らかい何かに包まれてて、それを無意識に顔の所へたぐり寄せると深く息を吸い込んだ。
 タオルケットの匂いがする。全身から力が抜け、汗が噴き出すのがわかった。
 頭の上で低い声が聞こえて、オレの髪の毛の中にひんやりした長い指が潜り込んできて、オレは夢中でそばにあった冷たくて硬い膝の上に身体を乗り上げ、ぎゅってしがみついた。
 背中の方で本を閉じる音が聞こえた。
 その瞬間にはオレの身体はふわっと抱き上げられて煙の匂いのする髪の中へ顔を突っ込んでいた。
 耳元で「Si──大丈夫だ。大丈夫……」と何度も唱えられる。
 そこでやっとここが現実で、ベッドの上で昼寝しちゃってた最中だったと思い出す。
 シドは何度もトントン、トントン、オレの背中を叩いてくれる。
 こんな風にされると、セブンスから帰ったばかりの退行していた自分を思い出しちゃうから、やめて欲しい。
 やめて欲しいと思うのに、オレの手は勝手にシドの首根っこにしがみつき、猫がするみたいにシドの頭へ自分の頭をこすりつけてしまう。
 全部全部、あの変な夢が悪いんだ。
 最近、よく見る夢。
 そう。
 あれは夢、なんだ。
 
 




 羊歴一年。八月三十一日。

 オレ、最近、寝過ぎだと思う。
 今日も昼間、ローチに英語を教えてもらってたとき、気がついたらベッドの中だった。
 横にはシドが居て、いつもみたいに難しい本を読んでオレの頭を時たま撫でてた。
 勉強が嫌で寝ちゃったのかな。
 そういえばちょっと前も気がつくと天井裏の部屋で散らかした中で寝てたこと、何度かあったな。古い籠。
 最近は一人で寝てることはなくて毎回近くにシドがいるから、オレがどっかで寝落ちする度にソファーとかベッドに連れてきてくれてるんだろう。
 やばい、かなり恥ずかしい。
 夜、シドがエロいことしてくるのがいけないんだ。
 だから昼、寝ちゃうんだ。って気づいたからシドに「昼、寝落ちしちゃうのはおまえがエロいからだ」って言ってやった。
 そしたらあいつ、けろっとした顔で「そうだな」って言いやがった!
 開き直りか!?
 とんでもない師匠もいたもんだっ。
 今日は絶対一人で風呂に入って、絶対一人で寝る。線からこっちに入るなって言ってから寝ることにする。茶色の薬瓶。
 そうすれば、昼間もっと色んな事ができてはかどるはずだ。
 あー、勉強とか訓練とかもっとちゃんとして−っ。


 光る星。






 羊歴一年。九月三日。

 今日はアブとアスと一緒に崖下りにチャレンジしたことを吹き込もうと思ったんだけど、それどこじゃない事件が勃発した。

 シドがぶっ倒れた。
 シドだけじゃなくて、ローチも。
 二人とも火傷だらけで、シドはお腹から血が出てて、ドロドロの酷い有様だ。
 晩ご飯食べ終わってお風呂入ってそろそろ寝ようかって言ってるときに、突然シドがリビングでしゃがみ込んでしまった。
 最初は何か床にあるのかと思ってオレは近づいて床を見たんだけど、何もない。
 何もねーじゃんっていいながらシドを見たら、真っ赤に爛れた顔とびっしり掻いた汗にびっくりして声が出なくなった。
 一瞬出遅れちゃったけど、焦ってローチを呼んだらキッチンの方でも何かをひっくり返す音が聞こえて、走って行ってみたらローチが片付け中だった皿をひっくり返してシンクにもたれかかっていた。
 オレはもうパニックで、どうしたらいいんだろうってオロオロしちゃってクソダサだったな。
 ローチが白い額からポタポタ汗流しながら「羊が一周しただけだよ」って言ってくれて、ようやく何が起こったのか理解できた。
 羊歴は九月三日。三日ずれちゃってたけどつまり去年の今、オレたちはこのセラへやってきたってことだった。
 羊が一周して、時が巻き戻ったんだ。
 元から怪我してなかったオレはなんともないけど、シドとローチは去年ここに来たときと同じ状態に巻き戻ってしまったと言うことなんだ。
 巻き戻るって、なんとなく聞いてたけど、ガチだったんだな。
 ローチの方はシドほど酷くなかったから、一応の説明をしてくれたのは助かった。
 シドはほとんど死んでるんじゃないかって状態で何も話せそうにない。
 今も身体の至る所の皮膚から血とか汁とか出てめちゃくちゃ痛そうだし、熱が四十度超えてる。
 シドの身体が熱いの、信じられない。
 去年のオレは何が何だかわかってなかったからとにかく必死で、半分夢見てるような状態で動いていた気がするけど――、今は何が起きてるのかすっかりわかってる。うん。大丈夫だ。
 そんなわけで、これからしばらく、オレは二人の看病をすることになった。
 二人とも同じ場所で看病した方が効率が良いと思って、オレとシドのベッドへローチも寝かせたら、死にかけてるくせに目を開けて、シドがすごく嫌な顔をした。
 ほんとわがままだ。無視してやった。
 今夜は徹夜だ。