■ 2-37 ■





 目が覚めると、横でノーヴィスが泣いていた。
 オレはどうしてだかわからなくて、でも、ノーヴィスの涙を止めたくて、手を伸ばす。
 濡れたほっぺを触って声を出してみる。
「……ノーヴィス、どした? ガーネット様に怒られた?」
 ノーヴィスはオレの手を取ると、もっともっと泣き出してしまった。



          ◆



「ホントに? ホントにリザーブ許可、オレが出していいの?」
 セブンスの私室に戻った亮は、まん丸の目をさらに大きく見張ってノーヴィスの顔を見る。
 ベッドへ横たわる萎えた身体を起こすほど、とにかく亮は興奮しているようだ。
「はい。前回のソサイエティでそう決められたのです。ですから以前のようにつらい思いはしなくて済むんですよ、亮さま」
 ノーヴィスは亮の背にクッションを置き、肩にネルのストールを掛けてやりながら微笑んでみせる。
 亮が目覚めてから四時間が経過していた。
 三日間に及ぶファミリアの寄生とリュナスの扱いにより亮の体力は限界まで落ちていたが、目立った外傷もないため、本人の希望により亮の身柄はセブンスの私室へと戻されることとなった。
 名の略奪やGMDの過剰摂取による後遺症、また著しい意識操作などにより、ここ数週間の亮の記憶は断片的にしか残されていない。 
 だがかえってそれでよかったと、ノーヴィスは思っている。
 リュナスに名を奪われてからの出来事など、亮には必要のないものだとわかっているからだ。
「そっかぁ。オレ、ちょっとはガーネット様にゲボとして認めてもらえたってことなのかな」
 嬉しそうに頬をほころばせる亮を、ノーヴィスは眩しく見つめた。
「シド=クライヴ様のキルリスト入りも見送られました。これからは亮さまも、他のゲボの方々と同じように、自分の判断でお仕事できますね」
「――シド…クライヴ。うん…、そうだ、ね…」
 その名を聞いても、亮は視線を何度か泳がせたまま、黙り込んでしまう。
 リュナスの残した爪痕は、亮の心を深くえぐり取ったままなのだ。
「っ、亮さまは今、とてもお疲れなのです。ゆっくり、ゆっくり、でいいんですよ? 大切なものは、ちゃんと亮さまの中に残っていますから――」
 必死に何かをたぐり寄せようとしている様子が痛々しくて、ノーヴィスは敢えて明るい声で笑いかけた。

 シュラがリュナスを捕らえ、その数時間後には緊急の裁判が開かれた。
 その席で裁判長であるバイオレットは、証拠物件であるスレイヴクロスの写真や分析結果を見るやいなや、鬼のような形相でたちまち刑を下してしまったのである。
 獄卒用の捕縛錠に捕らえられたままのリュナスは全身を焼かれながらも身動き一つ取ることをゆるされず、その判決を聞いていた。
 そしてそのまま房に戻されることもなく、獄卒処理用の蒸散施設へ放り込まれたのだ。
 裁判開廷後、刑執行まで二時間とかからなかった。
 この異例のスピード裁判は、さらに異例の判決を下している。
 リュナスと共にセブンスへ数度にわたり押し入ったという廉で、同じくイェーラ種であるアイネと柳毅もまとめて刑を言い渡されたのだ。
 「見学のみ」という許可申請だったのにもかかわらず、ゲボへの接触、性交、陵辱を行った件を問われ、彼らは転生刑に処されることとなった。
 バイオレットの言葉に寄れば「被害者の立場に立った判決」だということだが、まだ逮捕、起訴もされていない者へこういった決が為されたことは未だかつてなかった。
 もちろん、セブンスへのガーネットの判断が絶対なのと同じように、IICRの内部犯罪を裁く第二裁判所において、バイオレットの言葉はとても強固なものである。
 その上、ノーヴィスやレオンの証言、カルテの提示などもあり、他の裁判官も結局その判決に応を下すこととなったのだが、それにしても特例中の特例であることは否めなかった。
 司法局内では物議を醸す一件だったが、ノーヴィスにとっては胸がすく思いがしたのも事実である。
 亮を思うに任せいたぶっていた連中がまとめてこの世から消え去ったのだ。
 更にリザーブアクセプトを亮自身が出せるようになった今、ようやくセブンス内で亮の平穏な生活が始められることになる。
 もちろん、少なくとも月に一人はゲストリザーブを取らなくてはならない。だがそれに関してノーヴィスは心配をしていない。
 カウナーツ・ジオットが週に一度か二度、必ず定期的にリザーブを掛けてくれているからである。それに許可を出しさえすればこの問題はクリアされる。
 ジオット様と亮さまが専属契約を結んでくれればと、そんなことを夢見がちにぼんやりと考えたりしたこともあったほどだ。
 そうなれば、ジオットはセブンスへの宿泊も可能になり、事実上半同棲が認められることになる。亮へ良からぬちょっかいを掛けてくる嫌なカラークラウンもいなくなるだろう。
 優しく頼りがいのある旦那様とお幸せそうな亮さま。そんな二人の下でお世話をする自分。――亮の意見も聞かず、勝手にこんな妄想をすることはいけないことだと思いつつ、ノーヴィスは夢の生活に一歩近づいたことを素直に喜んでいた。

「しばらくはゲストリザーブもないですし、採血もお休みです。ゆっくりのんびり、身体を良くすることだけ考えてください」
 亮の膝上に掛かった毛布を直してやりながら、ノーヴィスは亮に微笑みかける。
「採血ないの? ゲストも? オレ、大事なもの、なくしちゃう?」
 その「大事なもの」がなんなのか、亮にはわからないのだ。わからない「大事なもの」を守ろうと、それでも亮は心を砕いている。それを感じ取り、ノーヴィスは胸がつぶれそうな思いがした。
「大丈夫ですよ。亮さまはもう、何もなくしたりしません。今度の休養はガーネット様も、いえ、ビアンコ様も承諾しているものです。安心なさってください」
「――うん……」
「もしご気分がよろしければ、明日、久しぶりに森へお散歩に行きましょうか」
 それでも不安の抜けきれない様子の亮を笑顔に戻そうと、ノーヴィスは小さな提案をしていた。
 そのノーヴィスの作戦は効果覿面で、亮の表情がぱっと明るくなる。
「散歩? 森に行っていいの?」
「休暇中は自由にセブンス敷地内を移動して良いことになっています。歩くのはまだ無理でしょうから、ノーヴィスが車いすを押しましょうね」
「やった! また、リスみれるかなぁ」
「今は暖かいですから、きっと会えますよ? 明日は朝からお弁当を作らなくちゃだめですね。――クラテッロの生ハム、真っ赤な完熟トマト、塩味の聞いたフェタチーズ……亮さまのお好きなものをいっぱい挟んだサンドイッチがよろしいですか? それとも、ふっくらしたコシヒカリに紀州の梅、滋賀の昆布、博多の明太子、亮さまのお好きなツナマヨネーズを入れた、おむすびたくさんがよろしいでしょうか?」
「うーん――……、どっちも!」
「どっちも、ですか」
 さして悩んだ風もなくあっという間に下された亮の意見に、
ノーヴィスは思わず笑ってしまう。
「食べきれますか、亮さま。ノーヴィスはいっぱいいっぱい作りますよ?」
「平気だよ。ノーヴィスのごはん、おいしいし。それに余ったらシュラやレオン先生にあげればいいもん。――そうだ。明日、オレもお弁当作るの手伝う! いっぱい作るなら、二人で作った方がいいもんな。オレがノーヴィスに卵焼き作ってあげる。二人でお弁当いっぱい持って、ピクニックしよう」
「亮さまがノーヴィスに……」
 幸せで胸が温かくなる。
「それじゃ、お礼にノーヴィスのとっておきの場所にご案内しましょうね。大きなドングリの木があって、リスもウサギも野ねずみもよく現われるんですよ。近くには泉が湧いていて、とても綺麗な場所なんです」
「そんな所、あるの? いいなぁ。早く行ってみたいなぁ。明日晴れるかな? 早く明日になればいいのに――」
 きらきらと目を輝かせた亮に微笑みかけると、ノーヴィスは亮の身体をベッドへ横たえさせる。
「眠ってしまえばあっという間に明日ですよ。さ、もう今日は遅いですしお休み下さい。明日は早く起きてお弁当を作らなくてはいけませんからね?」
 いつものように丸めたタオルケットを抱きよせた亮に、毛布と羽毛の上掛けを掛けると、寒気が入り込まないように襟元を丁寧に寄せ上げる。
「ノーヴィス――」
 毛布の中から見上げる亮が不意に声を掛けた。
「――大好きだよ、ノーヴィス」
 照れることもなくまっすぐ言われた言葉に、ノーヴィスの頬が紅く染まる。
 それはノーヴィス自身が亮に言いたい言葉だ。
 亮が大切だから。亮が好きで好きでたまらないから、ノーヴィスはどんなに辛い状況も乗り越えてこられた。
 亮を守ること。
 亮の笑顔を守ること。
 その為だけに自分は存在している。
「亮さま――」
 言葉が詰まって出てこない。
 あまりの至福でどうにかなってしまいそうだ。
「ノーヴィスはずっとずっと、亮さまのお側に――」

――コンコン

 言いかけたノーヴィスの言葉は、不意に打ち鳴らされたドアのノックで中断されていた。
 壁に掛けられた時計を見れば、時刻は深夜零時を回ろうとしているところだ。
 こんな遅くに一体誰だろうと首を傾げる。
 レオンが睡眠前に様子を見に来たのだろうか。
「はい。どなたですか?」
 玄関近くまで歩んでいくと、ドアを開けずそう声を掛けた。
「私だ。今日の裁判のことで少し聴取漏れがあってね」
 声はバイオレットのものであった。
「ですが今日はもう遅いですし、亮さまももうお休みになられました。聴取でしたら明日にでも出直していただけますか?」
「明日では遅いのだ。アイネ、柳毅の二人のイェーラに関して、すぐにでも刑を執行したいと考えているのでね。ノーヴィス。君の話も聞きたい。トールが休んでいるというなら、君の話だけでも聞かせてもらえないかな」
 そう言われればノーヴィスが断ることも出来ない。
 しばしの沈黙の後、ノーヴィスは扉を開け、司法局トップであるバイオレットを部屋へ招き入れていた。
 現われたバイオレットは裁判中に着る白の長衣を羽織ったままである。急ぎの話だというのは本当のことのようだった。
「バイオレット様、亮さまはもうお休みですので、お話は私の部屋で――」
 言いかけたノーヴィスの胸を、どんと乱暴にバイオレットが突き飛ばす。
 ノーヴィスは二、三歩よろけると、自分の前を抜け、亮のもとへ歩いていくバイオレットを止めようと追い縋った。
 しかし焼け付くような腹部の熱に、足の力が入らず、がっくりとひざまずいてしまう。
 見下ろせば、鳩尾に見慣れない金属の棒が突き出しているのが目に入った。
 黒のベストにじんわりと生暖かい何かがしみ出してくるのがわかる。
「っ、と、亮さまっ!」
 振り仰げば、バイオレットが今まさに亮のベッドへ乗り上がったところであった。
 突然のことに驚いて抵抗する亮と、それを押さえ込み深く唇を重ねるバイオレットの姿が目に映る。
「お、おやめ下さい! 亮さまから、離れてくださいっ!」
 手にした携帯電話に付属した緊急コール用のボタンを押す。
 主治医であるレオンのもとへ直通になっているこのコールをすることにより、外部へ異常を知らせることはできたはずだ。
 ノーヴィスは力の抜けきった足を奮い立たせ、よろよろとベッドへと駆け寄った。
 そのノーヴィスの耳に信じられない言葉が飛び込んでくる。
「トール、言えるね? おじさまに、トールの本当のお名前を教えてくれるね?」
 唇を離したバイオレットは、腕の中でぐったりとしている亮の耳元でそう囁いていたのだ。
 最初こそその腕から逃れようと抵抗を見せていた亮だが、口づけから解放された直後から、ぐったりとして動かなくなる。
 小さな口元から漏れる呼吸は異様に速く、瞳は朦朧と何も映していない。
 時折もがくように腕や足が動かされる。
「スティールなどというあんな下衆な輩に教えるべき名ではない。トールの気高い名は、おじさまにだけ教えて然るべきなのだよ」
「っ、――かはっ、ぁ…ぁっ、ぁぐ…」
 亮は苦しげに咳き込むと、ふるふると震え始める。
「亮さまっ! 何を、亮さまに、何を――、」
 明らかに様子がおかしい。
 ノーヴィスは亮からバイオレットを引きはがそうと飛びかかっていた。
 しかし腹に短剣を突き立てたままの彼の身体は、容易くバイオレットに振り払われてしまう。
 どさりと背中から床にたたきつけられ、ノーヴィスは呻きを上げた。
 バイオレットはノーヴィスの方になど顔を向けることもせず、腕の中の亮へ向かい、愛しむように語りかける。
「苦しいかね、トール。おじさまのとっておきのプレゼントだ。今飲ませてあげたのは、シャルル=ルフェーブルのブラッドリキッドだよ。今月の私の配給をおまえの為に取っておいたんだ。美しいおまえには、美しいシャルルのリキッドこそふさわしいと思ってね」
 ノーヴィスは愕然とした。
 ブラッドリキッドは各カラークラウンに月に一度配られる、ゲボの血液から作られた能力増強剤である。
 GMDがゲボの血を薄めて作られているのに対し、ブラッドリキッドは極限まで濃縮されたゲボの血の結晶のようなものだ。
 カプセルに入れられて配給されるこの薬剤はその名の通り液体で、吸収率も非常に高い。
 GMDですらゲボの身体には凄まじい負担をかけるというのに、ましてやブラッドリキッドを摂取するなど、亮にとって劇薬を飲まされたのと同じ事だ。
 亮の顔色がみるみる白く変わり、何度も苦しげに咳き込んでいるのが見える。
 全身の血が沸騰する疼きと苦痛が亮を苛んでいるのが、見ている者にも伝わってくる。
 震える手が苦し紛れに浴衣の胸元を掻きむしっていた。
「ぁ…、っ、ごほっ、――っ、ぁ、ノ、ヴィ…、るしぃ、ょぉっ、」
「お名前を教えてくれれば、すぐに楽にしてあげるよ。トールは何も心配することなどないんだ」
「ぉなま、ぇ――、とぉ、る、なま、ぇ――」
 ノーヴィスは腹部の痛みも忘れ、再び立ち上がっていた。
 亮は既に正気を失いつつある。こんな状態で苦しみに苛まれ続け誘導されれば、再びあの悪夢を繰り返すことになってしまう!
「いけま、せんっ、亮さまっ、言っては、いけません!」
 亮と、抱き寄せるバイオレットの間に飛び込むと、バイオレットの身体を突き飛ばし亮をその手に奪い返す。
 その力は凄まじく、常人では考えられない強さであった。
 弾き飛ばされたバイオレットはもんどり打ってベッドの下に転がり落ちる。
 しかし、ノーヴィスはそれには注視せず、苦痛と酩酊で真実の名を口にしようとする亮の身体を抱きしめ、何度も亮の名を呼ぶ。とにかく亮の意識を引き戻さなくてはならない。
 名を口にさせることだけはさせてはならない。
「亮さま、亮さまっ、大丈夫、すぐ、せんせいが、みえられます。大丈夫、ですよ? ノーヴィスが、そばに、いますから――」
「――、の、ヴィス、かはっ…、こほっ、ノ、ヴィスぅ…、とぉる、くるし、から、ぉなまぇ、ゅうょぉ――」
「言わない、で、下さい、亮さま。ノーヴィスと、お約束、してください。がまん、できたら、明日は、きっとお天気、ですよ?」
「――ほんと? っ、…かほっ、はぁ、はぁっ、…、は…、じゃ、――が、まん、する。っ、とぉぅ、ノ、ヴィスと、ピクニク、ぃくんだ――」
 青ざめた頬のまま、亮が微かに微笑んだ。
 ノーヴィスは肩口に亮の頭を抱きしめる。
 今度こそ、絶対に守ると決めたのだ。
 もしこのまま自分が死んだとしても、死んだ身体を動かして、亮を守るのだ。
「ええいっ、邪魔だ、どけ! 執事ふぜいが出過ぎた真似をするな!」
 亮を抱くノーヴィスを引き離そうと、バイオレットが腰から引き抜いた鞭で何度もノーヴィスの背を打つ。
 鋭い音が何度も空を切り裂いた。
 しかしノーヴィスは動かない。
 亮の眼がこれ以上酷いものを映さないように、肩口に抱え込んだままただその嵐に耐える。
「トール! 言いなさい、おじさまに、おまえの名を――」
 無駄だとわかり鞭を投げ捨てると、今度はノーヴィスの背後からバイオレットはつかみかかっていた。
 ノーヴィスを引きはがそうと試みるがそれすら無理だと悟るとついに腕を前に回し、ノーヴィスの腹に突き立っていたナイフを引き抜く。
 瞬間、ぱっと真っ赤な鮮血が亮の視界に飛び散った。
 びくんと亮の身体が強ばる。
「ノ、ヴィス?」
 更にぎゅっと亮の身体を抱きしめる。
「だい、じょうぶ、ですよ、亮さま。明日は、どの道から、森へ入りましょうか? 東の小道は、まだ、行ったこと、ないですよね?」
 引き抜かれたナイフが今度は背中から深く突き立てられる。
 しかしノーヴィスはうめき声一つたてない。
 ただ亮の身体へナイフが当たることがないように気を遣いながら、肩口に埋めた亮の頭をそっと撫でた。
「明日はきっと、良いお天気です――」
「邪魔だっ、邪魔だっ、私とトールの間にあるものは、全て呪われろっ! いなくなれ! 消えて失せろっ!」
 再びナイフが抜かれ、狂ったように突き立てられる。
 その度に亮の身体は不自然に揺すられ、暖かな液体が亮の身体を濡らしていく。
「ゃめ、て――」
 荒い呼吸のまま亮は顔を上げていた。
 ノーヴィスの顔がいつもと同じように、優しく亮を見下ろしている。
「ゃめて、ょ。――も、ノ、ヴィス、いじめるの、やめ、てょぉ――」
「トオオオオオオル! こんな下賎の者の名など呼ぶんじゃないっっっ!!!!」
 バイオレットの手がぐっとノーヴィスの両肩をつかむと、ぐしゃりと嫌な音をたてた。
 だらりと力を失った腕から亮の身体を引きはがすと、凄まじい膂力でノーヴィスの身体を放り捨てる。
 亮の目の前で、真っ赤な糸を引きながら弧を描いてノーヴィスの身体が宙を舞っていた。
 暖かな雫が頬にかかり、酩酊状態の亮もようやくそれが何だったのかを知る。
 どさりと重たい音を立て、人形のようにノーヴィスの身体が床にたたきつけられた瞬間――。

「――、っ、ぁ、ぁ、ぁっ、……うわああああああああああああああああっ!!!!!!」

 目を見開き、亮は壊れたスピーカーのように意味のない叫びを上げていた。
 あまりの様子にバイオレットが一瞬息を詰め、動きを止める。
 その時だ。

――ドンッ!

 鈍い、空気を奮わす振動が、頭上から重力のように押し寄せ、バイオレットの身体をベッドの上に押しつける。
 立っていることすら出来ず、バイオレットは背を丸めてシーツの中へ首を突っ込んでいた。
 次の瞬間、全てが暗黒に飲み込まれる。
 あらゆる音が消え、今、セブンスの六階で何かが口を開けていた。