■ 3-2ex (きのーみたくの秘密) ■



 深夜。
 亮はぱっちりと目を開けると、横で眠るシドの顔をのぞき見た。
 彫刻の如き白い顔は目を開けず、呼吸していることを感じさせない緩やかな息づかいは、シドが眠りのうちにあることを亮に感じさせる。
 亮はしばらくじっとシドの顔を眺め様子をうかがうと、次にもぞもぞとベッドを這いだし、フローリングの床にそろりと降り立った。
 明かりをつけない真っ暗な室内。
 窓から差し込む月明かりのみが、亮の視界に寝室を青く浮き上がらせる。
 音を立てないように寝室のドアをこっそりと開け、亮はキッチンへと進んでいく。
「――! ♪」
 真っ暗なキッチンの片隅に佇む白くて大きなドアを見つけ、亮の顔にぱっと笑顔が零れた。
 目標の場所に到着である。
 亮は足の痛みも忘れ駆け寄ると、旧式冷蔵庫の小さな上の扉を開けていた。
 黄色い明かりが庫内から漏れ、それに彩られた白い煙がゆっくりと渦を巻いて亮の頭上に降りかかる。
 今時の冷蔵庫とは違い旧式であるため、上のドアが冷凍室になっているようだ。
 亮は少し背伸びするとその冷凍庫の上の段に手を伸ばし、中から大きなミントチョコアイスのホームパックを取り出す。
 うきうきとした様子でその場に座り込むと、小さな手がアイスの蓋を開け、無造作に指を突っ込んでいた。
 だがしかし取り出したばかりのアイスクリームは固く、それを受け付けない。
 亮は少し考えると、アイスクリームのボックスを直接口へ持っていき、ぺろりと舐めてみる。
「♪♪♪」
 甘くて冷たくて、亮は嬉しくなって、少し溶けた部分に指を突っ込んだり、直接舐めたりと深夜のチョコミントを堪能し始めた。
 その時である。
 パタン――という音と共に、頭上の冷凍庫のドアが閉じられていた。
 そこではっと気づいた亮が顔を上げる。
「こら。何をしている」
 そこにはドアを閉じたシドが、そのまま覆い被さるように、座り込んだ亮を見下ろしていた。
 亮は一瞬視線を泳がせたが、手にしたアイスクリームボックスを背中に隠し、ふるふると首を振ってみせる。
「なんにもしてないよ?」
 口の周りをアイスクリームでべたべたにした亮は完全にしらばっくれる体勢だ。
 シドは片眉だけ上げて息を吐くとしゃがみ込み、亮の背中に隠されたミント色のプラスチックケースを取り上げていた。
「ああ〜っ、だめぇ!」
 手を伸ばしてそれを取り返そうとする亮を片手でいなすと、シドはボックスの蓋を閉め、冷凍庫へとそれを戻す。
「シィ、とおるのあいす、しまっちゃだめぇ!」
 アイスにつられるように立ち上がり、冷蔵庫を背にそれをガードしようとする亮だが、あっけなく亮のチョコミントは、冷凍庫の定位置へ返却されることとなっていた。
「まったく――、アイスはもうダメだと言っただろう。おまえは少し食べ過ぎだ」
 事務所に亮が帰ってきて二日。
 秋人はとにかく亮に甘く、亮を懐かせるためのエサに、なんでも欲しがるだけ与えるのだ。あれが医者のやることかと呆れるほどである。
 今日もどうやら日中事務所で、アイスクリームのパーティーパックを二箱も開けさせてしまったらしい。
「いやぁ! あとちょっとぉ。とおる、つめたいあいす、あとちょっとたべたいのぉ!」
 亮は涙混じりに、シドに意見陳述だ。
 しかし秋人と違い、シドには亮のワガママ攻撃はきかないらしい。
 亮の期待とは裏腹に、シドの手は冷凍庫のドアを再び開けることはせず、代わりに少し腰を落とし亮の頬をそっと撫でていた。
 頬に光るチョコミントを右手の指先で拭き取り、左手は亮の髪に優しく潜り込ませる。
 不思議そうに見上げる亮の頬へ唇を寄せると、次にゆっくりと柔らかな唇へそれを重ねていく。
「・・・?」
 ぱちくりと大きな目を瞬かせる亮の唇を割り、冷ややかな何かが潜り込んでくる。
 冷たくて柔らかなそれは、驚いて逃げる亮の小さな舌を絡め取り、抱きしめるように吸い上げる。
「――っ……、ん……」
 その感触に、亮の肢体がぞくりと身震いした。
 次第にうっとりと瞼が下がり、自分の中で蠢く冷たい侵入者のされるまま、亮は何度もちゅっ、ちゅっと濡れた音を響かせた。
「っ、…、ん……ぅ」
 チョコミントでべたべたになった手で、ぎゅっとシドのシャツをつかみ、崩れそうになる膝に力を入れる。
 シドはそんな亮の腰を左腕で支えると、さらに深く優しく唇を重ね、氷の口づけを思うさま亮に与えてやる。
 震える睫毛を閉じ、亮はその未知の感覚に酔いしれ続けた。
 どのくらいそうしていただろう。
 シドの冷ややかな薄い唇が亮のふんわりとした膨らみをついばみ、ようやく二人の間に僅かな距離が置かれる。
「は…っ、――、ぁ…」
 頬に朱を上らせた亮は荒い呼吸で目を開けると、青い月明かりの中浮かぶシドの白い面を見上げた。
「つめた…の。ちゅ、ちゅ、って、シィのおくち、つめたくて、あまぃの」
 シドは亮のそのストレートな感想に目を細めると、抱き寄せ頬を合わせる。
「甘いのはおまえの唇のチョコミントのせいだ」
「シィのちゅ、アイスクリームみたい」
 シドの首筋に抱きついた亮は、うっとりと目を閉じた。
「とおる、シィのあいす、ちょこみんとよりすきぃ」
「アイスを食べた子は、もう一度歯磨きしなくてはな」
 ご機嫌な雰囲気の中下されるそんな非情な勧告に、亮は身体を離すと不服そうに唇を尖らせる。
「とおる、ちょっとしかたべてないから、へーきだよ!」
「ちょっとでもだ。虫歯になったらもうアイスを食べられなくなるぞ?」
「――う〜……」
 そう言われて黙り込んでしまった亮の身体を抱え上げると、シドはバスルームへと向かい歩き出していた。
「シィ〜、はみがきするまえに、とおる、もうちょっとだけ、シィのあいすたべたぃなぁ」
 首根っこにしがみつき甘えた調子でおねだりする亮に、シドは微笑を浮かべる。
「全部終わって、ベッドへ戻ってからな」
「はみがきしたあとなのに、たべたらまた、はみがきだよ?」
「俺のアイスだけは特別だ」
 不思議そうに首を傾げる亮の頬に、小さくキス。
「いい子にしてたら、亮の好きな時、亮の好きなだけ、俺のは食べていい」
「――!! ほんと!?」
 亮はぴょこんと顔を上げると、シドの顔を眺め見る。
「じゃ、いまも、もぉちょっと、くださいな、あいすやさん」
 バスルームの手前。
 シドは立ち止まり、ゆっくりと亮の唇に唇を重ねていった。