■ 4-31 ■




(どうするべきだろう……)
 亮は一人、寮のベッドに転がり天井を仰ぐ。
 昨日、勢いと熱い想いだけで、久我の手伝いをすると宣言してしまったが、それでシドの仕事を邪魔するわけにはいかない。
 かといって久我にシドたちのことを話すわけにもいかない。
(それにそもそも、オレ達がシドを出し抜いてこの事件を解決する――なんてこと、多分、……ってか絶対ムリ……だよなぁ)
 あまり良くない亮の頭でも、その程度のことはわかってしまう。
(シドたちがあんなに苦労してしてる仕事なんだ。オレ達じゃ、大本を叩くことはできないかもしれない。でもさ。……こんな大きな事件なら、シドがまだ手を着けていない角度ってのも、あるんじゃないのかな……)
 シドがわざわざ教員として潜入する事件なんて、亮の知る限り今までなかった。
 だからきっと、ものすごく大きな陰謀がこの学校には隠されているのだ。
(シドは先生になって学校を探ってる。でも、生徒の側から探ることはいくらシドでもできないはずだ……。だから、その辺を生かせばいいんじゃないかな。オレたちは生徒の側から、シド達が見付けられないような情報をつかむ。うまくいけば、大本に手は届かなくても、久我はIICRに名前を売ることができるかもしれないし、……オレはシドの役に立つことが出来るはずだ……)
 自分がつかんだ情報で、シドの仕事に貢献できる――。そう考えただけで、亮の胸はドキドキと躍る。
『亮、いつの間にこんな情報を――。まったく……もうおまえも一人前だな』
 脳裏のシドが一本取られた表情で、そんなセリフを投げかけてくる。
 亮は笑顔になりそうになる顔を押さえ込んで、タオルケットを抱えてゴロゴロと転がった。
(その為にはまず――、今シド達が学校のどこを探ってるか知る必要があるよな。同じトコ調べても意味ないし、それに――バッティングしてオレたちのしてることバレたら絶対止められちゃうし)
 むぅっと唇を突き出し、少々不満顔になる亮。
(でも聞いたところで秋人さんも壬沙子さんも教えてくれないだろうなぁ……。第一、シドになんかぜってーに聞けない)
 困り眉になりつつタオルケットに顔を埋めてしばし思案。
(そうだ!)
 ぷはっと顔を上げ、ベッドの上でぴょんと起き上がる。
 その大きな黒い瞳はピカピカと輝いている。
(秋人さんのパソコン見たら、報告書とか、まとめてあるんじゃないのか!? オレ、頭イイ!)
 学校の授業でパソコンは習っているし、これなら余裕だ。
 亮は思いついた名案に勝利を確信し、ちょっぴり悪い顔で颯爽と一階管理人室を目指すのだった。


「あーきひーとさん。……いる?」
 細く扉を開け、管理人室の中を覗き込む。
 六畳八畳の二つの部屋が縦に並び、手前はキッチンセットの整った事務用の部屋、奥は寝室の為の和室となっている。
 どうやら秋人は奥の和室で未だうとうとと惰眠を貪っているらしい。
「・・・・・・。まだ寝てる。仕事、いいのかよ」
 亮は事務所社長のあまりの怠惰ぶりに一抹の不安を覚えながらも、この好機を逃すべきでないと気を引き締めた。
 秋人のマイパソコンは奥の和室に置いてあることを、亮は知っている。
 そろそろと足音を立てないように奥に進むと、スリッパを脱いで畳敷きへと上がり込む。
「・・・・・・。」
 せんべい布団の上ですやすやと眠る秋人の顔を、膝立ちのまま覗き込み、寝息を確認。
 続いて息が掛かりそうなほど近くでじっと観察してみるが、秋人は起きる気配を見せない。
「♪」
 大丈夫と判断した亮は、窓際に置かれた文机の上のノートパソコンを目指す。
 音を立てないようにと持参したイヤホンをパソコンのジャックに差し込み、電源オン。
 我ながら完璧なまでの隠密作戦だ。
 立上がる画面。
「ょし……」
 だが――
「…………? ?? ???」
 見慣れたWindowsのロゴが現れない。
 それどころか、デスクトップにはアイコンなど一つもなく、いや、それ以前にこれが「デスクトップ」と言えるのかどうか――
「なんだよ、この変な輪っかと英語と数字……」
 いくつものリングが画面上で規則的に回転し、英語のような文字と数字がそのリングの上を滑っていく。
 取り敢えず、マウスでその輪っかや文字をクリックしてみると、新たな窓やリングが生まれ、そこに入力用カーソルが表示された。
「…………お……オレにも、英語書けってのか???」
 それだけで亮は怯みまくりだ。
 ――これはなんだろう。どうすればいいんだろう。パスワードとかそーゆーアレだろうか??
 適当にキーを叩いてみるが反応はナシ。
 さらにクリックしまくり、出てきた窓に片っ端から出鱈目な文字を打ち込んでみる。と――

 ビィーッ、ビィィーッ、ビィーッ、ビィィーッ――

 イヤホンから流れるいかにもヤバそうなビープ音。
「っ!!!!!! ……う……うぅ……」
 唸ってみても状況は好転せず。
 これはいったん退却だと考えてみても、Windows以外のパソコンの消し方なんて習ってない。
「・・・・・・。」
 窮まった亮はついに――

 ――ブツッ

 パソコンのコンセントを抜いていた。
 しかし、ノートパソコンには電池が入っているもので――
「っ、きっ……、消えないしっ……」
 焦りまくって今度はパソコンの電源を連打する。
 何度目かの猛プッシュに、ついに秋人の愛機は「フゥ〜ン」と間抜けな音を立て沈黙していた。
「…………ぁ……、ぁっぶねぇ……」
 亮は急いでパソコンを閉じ、イヤホンを抜き、コンセントを刺し直し、完全に証拠を消して、そろそろと退却行動に移る。
 帰り際ちらりと覗いた秋人は、未だグゥグゥと呑気に眠っていた。
「秋人さん、給料少ないのかなぁ。もっとちゃんとしたパソコン、買った方がいいよなぁ……」
 あんな意味不明のパソコンしか持っていない社長を不憫に思いつつ、亮は管理人室を出て行った。


 ぱちり――と目を開けると、秋人はドキドキ高鳴る胸を押さえつつ大きく息をする。
「ぷは〜っ! あ、あんな間近に亮くんから近づいて来るなんて、あの時以来だよぉぉおおっ」
 半年ほど前、退行した亮に事務所で「ちゅ」され(かけ)た事件を思い出し、せんべい布団の上でゴロゴロ転がる。
「まったく、あんな可愛い顔して悪い悪戯してくれちゃうなぁ、もう……」
 にやける顔を己でたたき直し、秋人は文机のノートパソコンを立ち上げてみる。
「ありゃ〜、数値がズレちゃってるし……。まったく困った子ちゃんねぇ」
 秋人のパソコンは自分で組んだ独自のOSを搭載していて、常に入獄システムとリンク可能な状態になっているのだ。
 今現在システムは休止中だが、それでもセラ内部の状況を逐一予測しつつそれを記録するプログラムが走らせてある。
 手早くキーを弾き現状復帰させながら、秋人は携帯に手を伸ばしていた。
 数コールで相手が出る。
「あ、シド? 悪魔ちゃんが今僕の所に来て、僕のパソコンに悪さしてったよ。やっぱり本格的に何か悪巧みを始める気みたいだ」
『昨日言っていた久我って奴と、ってことだな』
「……ん。まぁそうだろうね。僕もさぁ、まさか久我くんがソムニアだったなんて思わなくてさ。この寮で一番女慣れしてて、亮くんのゲボ力に強いと踏んで彼をルームメイトに選んだのに、思わぬ落とし穴だよ……」
『ちょっと調べれば分かることだろうが』
「けどC−の二世代目だよ? 要注意リストからはずれてたらなかなか目がいかないって!」
『言い訳はこの仕事が片付いたらゆっくり聞いてやる』
「…………ひぃ」
 秋人の顔色が青を通り越して白くなる。
「どっ、どうも、昨日リネン室で聞いちゃった話によると、彼らはボランティア部に探りを入れる気らしいんだけど――」
 ――と、慌てて話題を変える秋人。
「さすがにまずいよね? あそこの連中売春斡旋行為みたいなことしてるし、亮くんを近づけるわけにはいかないでしょ。すぐにでも退学手続きさせて、修司さんのところへ亮くんの身を預けた方が――」
『放っておけ』
「・・・・・・。……へ?????」
 自分の耳がおかしくなったのかと、秋人が聞き返す。
 しかし電話の向こうの過保護パパは変わらぬテンションで同じ言葉を返してきた。
『放っておけと言っている』
「え? え? なんで? だってどう考えても亮くんの身が危険だし、僕らの仕事の支障になる可能性だって……」
『こっちの仕事などどうでもいい。ただ……もうあいつを檻に閉じこめるべき時間は過ぎたと思うだけだ』
「どっ、どういうことだよ? おまえあんなに過保護にしてて、街中で通りすがりの男が亮くんを眺めるのすらピリピリしてたくせに……」
『こっちが止めれば止めるほどあいつは暴走する。そうなって手の届かん所へすっ飛んでいかれる方が危険だ』
「でもボランティア部となると、アンズーツの東雲がいるよ? 大丈夫かな」
『あの辺の連中は全て洗礼薬による疑似ソムニアだ。亮の能力なら掛かることはない』
「まぁ……そうだけど……。それでもあんなエロ集団が相手じゃ、亮くん絶対に酷い目に遭うよ……」
『本人もわかっていて行動しているんだろう? あいつはゲボだ。ある程度の状況を処理できるようになっておかなければ、今後まともに生きてはいけない。それとも久我とかいう奴に無理矢理やらされてるのか』
「……いや、そうは……見えなかったけど……」
『亮がおまえの所へスパイに来たとき、どんな様子だった』
「……へ? ……そうだね、なんかテンション高いっていうか、お目目キラキラっていうか……』
『だったらいい。放っておけ。……その代わり、秋人。おまえは亮から目を離すなよ。逐一俺に様子を報告しろ』
「いや……逐一って……いくらなんでも……」
『逐一俺に様子を報告しろ』
「…………………………。形態が変わっただけだけで、やっぱ……超過保護じゃないDEATHか、お父さん……」
 秋人の感想が全て終わる前に、電話は無愛想に切断されていた。
「そんな物わかりのいいパパの振りして、これで本当に誰かが亮くんに手を出しでもしたら……」
 そこまで考えてブルリと秋人が身体を揺する。
「ま、僕は亮くんの観察がシド公認になるんでやぶさかでないんだけど、相手の悪人が気の毒だよね……」
 まだ見ぬ未来の犯罪者にほんの少し同情の気持ちを湧かせつつ、秋人はイソイソと新たな盗聴器の準備に取りかかったのだった。