■ 4-42 ■




「きゃああああああああっ!!!! こ、こ、こ、告白よおおおおおおおおおっ!!!!」
 モジャモジャ頭の左右をヘッドフォンで挟み込んだ秋人は、せんべい布団の上をごろごろと転げ回る。
「青春よ、青春よっ、青春だわっっっ!!! いやぁぁあああん、亮くん、どう応えるの? どうすんの? 久我くん大マジよっ!?」
 何故か乙女言葉になりながら、頬を上気させキラキラとした瞳で虚空を扇ぐ。手は胸の前でお祈りポーズだ。秋人の周囲にスイトピーの花が咲き乱れているように見えるのは気のせいだろうか。
「好き……、だ。成坂。………………なんつって、久我くん、柄にもなくあんなマジ声出しちゃって、初々し過ぎるわよぉぉおおっ」
 亮の部屋の盗聴行為という重要な使命を果たしている最中出くわしたたこのシーンに、秋人は胸の奥に噎せ返る、甘酸っぱいエキスで完全に酔っぱらい状態だ。
「OKよ。OK出しちゃいなさい、亮くんっ。ママ、今日は許しちゃうわよっ。プラトニックに限ってならだけどっ! ああぁぁぁ、ホント、シドに聞かせてやりたいっ。この爽やかさの欠片でも煎じて飲んでみろってのよ、あのムッツリ腐れエロ親父め。これがあるべき正しい高校生の恋愛ってやつなのよっ。…………まぁ、多少性別に問題はあるかもだけど」
 ぶつぶつと呟く秋人の耳に、しばしの沈黙の後、亮の明るい笑い声が飛び込んでくる。
『あははは、おまえ、ポテチが惜しいからってそんなネタ使ってまで阻止しようとするかぁ? たく、おまえのギャグにしては久々のヒットだぞ』
『っ、ぃゃ、俺は……』
『はぁ〜あ。笑ったら汗かいちゃった。オレ、コンビニでアイス買ってくるわ。久我、先に寝てていいから。次の作戦は朝飯ん時でいいよな?』
 言い募ろうとする久我の言葉を遮って捲し立てると、亮は足早に部屋を出て行ったらしい。
 室内に再び沈黙が戻った。
 三十秒後――ボスッとベッドへ倒れ込む音が聞こえる。
「…………あぁ〜……、久我くん撃沈」
 ほろりと秋人の目に涙が光る。
「でもさすがのニブチン亮くんでも、これは久我くんの気持ち気づいたよねぇ。あの露骨な誤魔化しと逃走は、青春の戸惑いに他ならないもの。……うふ。同じ部屋で過ごしてく仲間だってのに、これから二人してどうすんだろ。ギクシャクしちゃう? それとも敢えて明るく振る舞っちゃう? 亮くんもこれはシドには言えないし、一人で悶々としちゃうんだろうなぁ………………。あんやだ。……ママ、楽しみv」
 秋人はほっこりと頬を綻ばせると、
「僕もシドには内緒にしちゃお〜♪ 知らないところで亮くん青春恋愛真っ盛り〜♪ エロ父ざまざまざまざまざまぁみろ〜♪」
 と、卓越した作詞作曲能力を遺憾なく発揮し、鼻歌をウキウキと歌いながら、今夜の仕事の準備へ取りかかり始めたのだった。












 目が覚めると、すでに隣のベッドに久我の姿はなかった。
 亮は手早く身支度を調えると、一階の食堂へと下りていく。
 朝七時半の食堂はいつものように寮生達でごった返していた。
「……おはよ」
 トレーに載った朝食を手に自分の席に着くと、すでに目の前の久我は半分ほど食事を終えているようだった。
「ぉ、おう……」
 ちらりと亮の方を見ると、久我はぶっきらぼうにそう応え、お新香に箸を付ける。
「…………、今日、天気、悪いな」
 生卵を割りながら、トレーから視線を外さず、亮は声を掛けてみた。
「……ぉぅ。午後から雨、降るらしいぞ」
 ぶっきらぼうながら、久我もお天気情報を亮に返す。
 夕べ二時間ほど外を散歩して亮が部屋に戻ると、既に久我はベッドに潜り込んで眠っていた。
 だからあの出来事があってから、亮は今初めて久我と顔を合わせたことになる。
 散歩しながらあれが本気の言葉だったのか、またいつもの冗談なのか、何度も考えてみたのだが、考えれば考えるほど冗談には思えず、亮はどうしていいかわからなくなっていた。
『昨日のあれは本気なのか?』そう聞き直すことすらタブーのような気がしてくる。冗談だった場合は本気にとった自分が恥ずかしいし、本気だった場合は無神経すぎる質問だ。
 なんだか妙に意識してしまってまともに顔が見られない。
 そのくせ沈黙が気まずい。
 その結果導き出した答えが、お天気の話……だったわけだが……。
「そっか。雨、降るんだ。じゃあ傘、持ってった方がいいかな……」
「学校と寮じゃ目と鼻の先だけどな」
「そりゃそうだな」
「…………。」
「…………。」
 話はまったく広がりを見せず、すぐに終わってしまった。
 二人して何がそんなに気になるのか、いつもとさして変わらぬメニューの朝食ばかり真剣に見つめ、口に運ぶでもなく箸がその上を順番に巡っていく。
 沈黙に耐えきれず、亮は醤油に手を伸ばしていた。
 と――、同じく手を伸ばしていた久我の手へ指先が触れる。
「っ!」
「っ!!!」
 熱い物にでも触れたように、二人の手がビクッと引かれた。その拍子に派手な音を立てて醤油刺しが転がる。
「うわっ、……とと、雑巾!」
「わりぃ、引っかけたっ」
 慌てて久我が醤油刺しを立てると、亮も立ち上がり、こぼれ出した醤油を拭きに掛かる。
「サンキュー、久我」
「いや、俺の方こそ……」
 顔を上げればすぐそこにお互いの顔があり、見る間に二人の顔が赤く染まっていく。
 すぐ横で朝食を片付けにかかっていた隣の部屋の寮長が、不審そうな顔でそれを眺め、
「なんだ、おまえら、ガン飛ばし合って。ケンカなら部屋でやれよ? メシ時に迷惑だからな」
 一言残して去っていく。
 それを機に久我はパッと視線を逸らしていた。
「っ、なんだよ、高橋先輩。け……ケンカなんか、すっかよ。俺ら仲間だし。なぁ?」
「……ぉ……ぉぅ」
 亮も視線を泳がせトスンと席に座る。
「つ……、次の作戦、だけどよ……」
 久我は、少しばかり裏返った声でそう切り出すと咳払いをし、取り繕うようにたくあんを囓った。
「俺、今日の現国の時間、セラへ潜って証拠つかんでこようと思うんだ。それがうまくいけば、リアルとセラ、両方の物証が揃うわけだしあとは通報して賞金申請すればいいだけだ」
「授業中で大丈夫なのか?」
「ああ、その方が俺らには有利なはずだ。授業中なら東雲先輩も授業受けてるわけで、セラに潜ってくることはない。アンズーツ能力をセラ内で喰らえば、ソムニアとはいえ俺だってひとたまりもないだろうからな」
「なるほど……あの人授業中絶対寝てなさそうだもんな」
 考えてないように見えて考えてるんだなと、亮は久我の顔を眺めてやけに感心していた。
「そんじゃ、オレも潜るよ。二人で行った方が何かあったとき対応できるだろうし……」
「いや――、おまえは残ってくれ」
「でも」
「別におまえにばっかいいカッコさせたくねぇとか、そんなんじゃねーぞ? おまえは残って、先生に俺が指名されたとき起こしてくれ。……重要な役だぞ? たとえ眠れる授業の代表格・現国とは言え、指されたのに爆睡してたらコトだからな」
「…………そ、そうだな」
 二人して寝倒す中、現国の松岡が差し棒ふりふり近づいてくるシーンを想像し、亮はぶるっと身震いしていた。
 確かにあまり考えたくない状況だ。
「それから俺の様子を見て、何か妙な感じだったらすぐにたたき起こせよ。スクールセラだからどこからでも出獄出来るはずだし、最悪閉じこめられ掛けてても近くに出入り口があれば強引に引っ張り出してもらえる可能性も出てくる」
「お、おう。そうだな。わかった。任せとけ」
「頼む」
「…………。」
「…………。」
「……ほか、になにか確認することあったっけか?」
「……いや、まぁ、終わりだが……」
「そっか」
「そうだ」
「…………。」
「…………。」
 作戦会議は思いのほかあっさり終了してしまい、再び二人の間に沈黙が舞い落ちる。
 亮はその場を取り繕うように、取り敢えずお豆腐の味噌汁をすすってみた。
 ちらりと上目遣いに久我の様子を伺うと、久我も同じく思い詰めたような顔をして味噌汁の具を物色している最中だ。
 ドキ、ドキ、ドキ――と。なぜか亮の鼓動はうるさかった。
 自分でもよく分からないが、胸の奥が酸っぱいような痛いような、逃げ出したいような、でも炭酸ソーダみたいにパチパチと甘いような不思議な気持ちがする。
 この感じはなんだろう――。何度考えてもわからない。
 昨日、久我に言われた一言から、亮はずっとこんな感じが続いている。
 
『俺と付き合わねぇ?』

 久我は言った。

『好き……、だ。成坂』

 あまりにびっくりして部屋を飛び出してきてしまったが、あれは良くなかったんじゃないかと今にして思う。
 亮が取り繕うように冗談めかして部屋を出る瞬間の、久我の困ったような笑顔が頭から離れない。
 この胸の痛みはもしかしたら、罪悪感なのかも知れない。
 あんな顔を友達にさせてはだめだ。
 そして久我があんな顔をしたのは、あれが本気の言葉だったから――。
 昨夜から何度考えても、その結論に行き着く。
 つまり亮は、久我に告白された――のだろう。
 亮の十六年の人生において、こんなにはっきり「好きだ」と告白を受けたことなど初めてで、どんな風に対応すればいいのか正解がまったく見えない。
 それどころか、自分が久我に対してどんな感情を持っているのかすらよくわからなくなっていた。
(……久我、夕べのこと、なんも言わねぇな)
 卵かけご飯の上に梅干しを乗っけながらまたチラリと久我を見る。
 と、久我もこちらをちらりと伺ったようで、目と目がふいに合い、反射的に二人は皿に乗ったアジの干物へ視線を逸らす。
(……って、オレが切り出さなくてどーすんだっ。マジな気持ち伝えてきたヤツへ、おちゃらけて誤魔化して、サイテーな真似したのはオレなんだぞ。男ならバシッと返事、すべきだろーがっ)
 何をどう返事するのか――? そんな基本中の基本の方向性すら定まらないまま、亮は意気込みだけの見切り発車で顔を上げる。
 そして意を決したようにマグカップに注いだ冷たい麦茶を一気飲みすると、ガン、と割れんばかりにテーブルに叩き置いた。
「久我っ」
「っ!! ぉ、おうっ」
 びくんと久我の肩が揺れ、亮の顔を正面からその瞳が捕らえる。
「きのーはわりかった。その、なんつーか、すげぇびっくりしちゃって……。でもマジに言ってくれたヤツにあの態度はなかった。ほんと、だせぇ真似してごめん」
「いや、俺は別に……」
 そこまで言って久我の喉元がコクリと動き、エアコンの効いた食堂内だというのに一滴の汗が、するするとその造りのいい横顔を滑り落ちていく。
 結論が、出るのだ。
「おまえがあんな風に言ってくれたこと、すげぇありがたいと思う。久我って結構頭いいし、ソムニアとしてもすげぇし、目標とかちゃんと持ってて、す、……少しは尊敬してるし……、オレ、昨日一晩考えて、やっぱおまえのこと嫌いじゃないっていうか……」
「ぉ、ぉぅ……」
 心なしか久我が前傾姿勢になって亮の顔をじっと見つめる。
 ぎゅっと握りしめられた二つの拳が己のTシャツの裾をつかみ、微かに震えていることに、亮もそして久我自身も気がついていない。
「嫌いじゃないっていうか、むしろ、す……好き、かもだし……」
「っ!!」
 久我の頬が一瞬にして真っ赤に染まり上がる。
 見開かれた茶色い瞳は熱に浮かされたかのように、少し視線をずらして喋る亮の姿を映していた。
「…………。」
「…………。」
 しかしその後が続かない。
 亮は必死に自分の中の言葉を探しているのだが、この先自分が久我に何を伝えればいいのかさっぱり方向性を見失っていた。
 勢いだけの見切り発車は完全に亮を迷子にしてしまっていたのだ。
 久我が呼吸すら止めて亮の言葉の次を待っていることに、亮はまったく気づかない。
「す……、好き、って、俺んこと、だよな……」
 掠れた声で久我は先を要求してみた。
「うん、オレ、久我が、好き、だ」
「!!!!!!」
 聞かれたことに対して本音を返してみた迷子の亮に、久我は頭から水蒸気でも吐き出しそうな勢いで鼻息を吐く。
「そ、それじゃ……、俺とつきあ」
「好きだ。友達として、おまえのこと、本当に好きだ」
 そこでようやく自分が言おうとしていたことを見付けた亮は、おそるおそる吐かれた久我の言葉の上から、意気揚々と言葉を返していた。
「オレ、幼なじみのマブダチが一人いるんだけどさ、久我はそいつと同じくらい信用できる。ソムニアでこんな風に思える相手ができるなんて、オレ考えてみたこともなかったから……、すげぇ嬉しいんだ。……ほんと、オレ、おまえと会えて良かった!」
 亮は少し首を傾げ久我の顔を眺めると、目を細めて笑った。
 あまりに綺麗な笑顔で残酷なことを言い始めた想い人。
「でもさ……。その……、っ……、付き合うとかそういう感じはわか」
「だーっ! あー、もーっ! やめやめ! ストップストーーーーップ! 何マジになってんだよ、成坂っ!」
 久我は立上がると百二十パーセントの笑顔で亮の口を塞いでいた。
 驚いたような顔でもごもごと先を続けようとする亮に、久我はいつもの調子で左手の指を立て、ちっちと振ってみせる。
「俺にマジになると火傷すんぜ? とーるちゃん」
「っ…………、ぷはっ、……おま、なにそれ……」
「冗談に決まってんだろー? 俺がどんだけ女子好きか知ってるでしょうが。それをなんで男のおまえに告らなきゃなんないわけ? この身体は女の子だけで手一杯なの」
「…………。なんだよ、それ。じゃキノーのあれ、全部嘘なのかよっ。オレ、まじで真剣に考えて、そんで寝れなくて……」
 亮の眉根が不機嫌そうに寄せられた。
 その表情に、久我が一瞬怯む。
「ぅ……、嘘じゃーないぜ? 俺は成坂も大好きだ。可愛いから」
「ぃみわかんねっ! オレ、かわいくねーしっ!」
「だから付き合ってやってもいいってこと。おまえがどーしてもっていうなら、な?」
 久我が笑顔でワシャワシャと亮の頭を撫でくり回す。
「なんでオレがどーしてもって言わなきゃなんねーんだよっ、バカじゃねーのっ!? ってこら、髪ぐしゃぐしゃにすんな! アホ久我!」
「ふひひ……、変な頭ー」
「朝起きたら爆発してるおまえに言われたくねーよっ」
「ほら、さっさとメシ食ってガッコ行くぞ。今日はバッチリ決めないといけない一日になるんだからな」
「っ、わ、わかってるよ……。くそっ、なんだよもう……、すげー悩んで損したっ」
 桜桃色の唇をつんと尖らせむくれる亮の頬に光るご飯粒。それをすっと取った久我は、泣きたいようなホッとしたような複雑な気持ちで、ぱくりと口に入れていた。
 誤魔化したのは自分も同じだ――。真剣に言葉を返そうとしていた亮に対し、久我も決して男らしくはない態度を取ってしまった。
 だが、この幸せな時間をもう少しだけ続けたかった。
「こら、人から取ったご飯粒食うなよっ、きしょい!」
「いーじゃん別に。直接口で取ったわけじゃねーんだし」
「ぁ、あったりまえだろ!?」
 真っ赤になって怒る亮が可愛くて抱きしめたくなる。
 ノリでこの関係を壊すだなんて、無理だ。
 もっと、ずっとそばにいたい。笑って、怒って、じゃれあって……。
 発作的に告白してしまった昨日の自分に言ってやりたい。
「もっと大切にしろって」
 どんなに格好悪くあがいても、卑怯な態度を取っても、亮にあのセリフの先を言わせるなんて久我には絶対にできなかった。
「? 何がだ?」
 きょとんとした顔で少々天然気味のルームメイトが見上げてくる。
「お米は日本の宝です。大事にしましょう、ってことだよ、ばーか」
 鼻をむぎゅっとつまんでやると、じたばたとあがく久我の可愛い想い人。
 その手が久我のほっぺをむにっとひっぱり、いつものようなケンカが始まる。
 寮生達のヤンヤの喝采が飛び、その一分後――食堂のおばちゃんの怒りの鉄拳が二人の頭上に降ってきて、今日も二人の一日が始まるのだ――。










「つまんないね」
 東雲は朝食のコーヒーを一口飲み下すと、長いテーブルの少し離れた位置で同じくコーヒーに口を付けていた醍醐に声を掛けた。
 醍醐は顔を上げると彼の主人が何を言っているのか、その表情をすぐに読み取る。
「昨日の録画ミスのことですか」
「噂のゲボくんが、どんな手並みであのエロ親父どもを骨抜きにしたのか――、ものすごく興味があったんだけどな」
「音楽室周辺のものだけ電波障害が起こっていたとなると、偶然というには少しできすぎています」
「……だよね。僕もそう思う。けどどうやってそんな真似ができたのか。成坂くんにはちょーっと荷が重い気がするんだよ、あの手のことは。かといって、シド・クライヴたちが出張ってきているとは思えない。もしそうなら映像のジャミング程度でお茶を濁すわけないしね」
 ローチの話しぶりからすると、シド・クライヴは成坂亮に対し並々ならない庇護欲を剥き出しにしているらしい。かつてカラークラウンすら務め、朱の氷神と恐れられた男が、映像操作だけであの場を放置するとはとても思えない。
「成坂に誰か他の協力者がいる可能性はないでしょうか」
 醍醐は色の薄い瞳を東雲に向け、少し考え込む仕草でそう言った。
「協力者――か。成坂くんは、シド・クライヴへいい顔したいために僕らに近づいて探ってるとばかり思ってたけど、協力者がいるとなると何か他に目的があるのかな。……ふむ。その協力者ってソムニアだと思う? 覚」
「あの成坂が一般人を巻き込んでこんな状況に首を突っ込んでくるとは考えにくいです」
「……ふふ。だよねぇ。どちらかというと、成坂くんって誰かに巻き込まれるパターンが多い気がするものね。佐薙のときみたいにさ」
 東雲はニュンフェンブルクのアンティークカップをカタリと置くと立ち上がる。
 ブラックパープルのそれは東雲の怜悧なたたずまいによく似合っていた。
「とりあえず色々目を光らせておいてよ。リアルで動きがあったとなると、次はセラで何かやらかすかもしれない」
「わかりました。浬生さん」
「僕はさ、……もう少しだけ、遊びたいんだ」
 醍醐の言葉に東雲は笑みを強め、窓から見える学校を冷たい表情で眺めていた。