■ 4-52 ■



 床へへたり込みソファーの間に沈み込んだ亮の身体を、這いずるように登り上がり、亮の下着の中へ鼻先を突っ込んでいく金原は、まるで芋虫のようだった。
 必死に敵わぬ力で金原の頭を押さえ込もうとする亮の動きにさえ興奮し、盛りのついた豚のような鼻息で、亮の下腹部にむしゃぶりつく。
「はぁ、っ、ひ、はぁっ、ふひっ、なりさか、なりさか、おまえ、生えてないじゃないか。ひひ、高校生にもなって、なんだこのちゅるんちゅるんは……、っ、むは、いやらしぃ……、」
 ちゅぶっ、と湿った空気音をたてながら亮のしんなりと頭を垂れた幼いものを吸い上げ、舌の上で何度も転がし味わいながら、金原は歓喜に目を爛々と光らせていた。
 亮の姿を授業中眺めながら、いつも想像していたのだ。
 亮の容姿からするとそこはおそらく微かに産毛が生えている程度だろうか。それともあの顔ですっかり大人のそれになっているのか。――亮のそこを空想しながら、授業後はいつもトイレで自慰行為にふけった。亮のどんなそれも興奮の対象にしかならず、金原はいつも脳内で丹念に舐めしゃぶったものだ。
 しかし、現実に見た亮のそこは金原が何度も想像し、妄想し、陵辱してきたそれ以上に美しく淫靡だった。
「なりさか……、っ、なりさか、じっとしていなさい、先生がもっとよく、成坂を、味わえるようにっ、なりさか、の、ちゅるんちゅるんのここを味わえる、ようにっ……」
「っ、……黙れっ! 変なこと、言うなっ、キモいんだよっ、キモいっ、へ、んたい、教師っ!」
 亮は怒りと恥辱に燃えた目で金原をにらみ据えながら、必死に足を閉じ、そのむさくるしい頭を押し返そうとしていたが、しかしその力はさらに奪われ、亮の身体はされるまま金原の眼前に力なく足を開き始める。抵抗していた腕もぱたりと腹へ落ち、空間錠の鎖がカチャリと鳴った。
 亮は悔しさに唇を噛み締め、それでも懸命に金原を睨み続けた。
 しかし金原はそんな亮の表情に緩んだ頬をかすかに痙攣させ、見開いた目でまるで脳内にその光景を焼き付けるかのように、ゆっくりと視線を下へと落としていく。
 半脱ぎにされた制服のシャツから覗く華奢な鎖骨。捲り上げられた裾から覗く、少年らしい細い腰と可愛らしい臍。そしてその下で震えているのは未成熟な禁断の果実。金原の唾液に塗り込められ、白く艶やかなそこは淫靡なぬめりを帯びほんの少し首をもたげていた。膝下まで下ろされたトランクスが片足に申し訳程度に引っかかっているのも金原の興奮に花を添えている。片足だけ脱がされた靴下の白さがまた淫靡さを際だたせているようだ。
 ゴクリ――と金原の喉が鳴る。
 折れているであろう肋骨も、痣が残るほどの全身の打撲も、今はもう痛まなかった。
 脳内に溢れるアドレナリンが金原の身体に力を与え、身体を起こすのも難しかった怪我人が亮の身体を抱え上げ、ソファーの上へと座らせる。
「ゃめろっ!」
 小さく亮が身じろぎし、抵抗の意志を示すことが嬉しかった。小生意気でふてくされた少年を、合意でなく無理矢理、しかも完全に人形にせずそのままの状態で陵辱するなど、現実においては難しいことだからだ。
 他の男子生徒をドールにしたときには、東雲もここまで細やかなアンズーツを使うこともなかった。だからこのように金原の理想のシチュエーションが実現するなど思いも寄らない幸運といえた。
 そしてその相手はあの成坂亮だ。
 授業後何度もふけった妄想の中の亮も、いつもの調子で生意気な視線を向け、必死に抵抗しながらも、金原の手で何度もいかされてしまうのである。
「死ねっ、ばかっ、変態っ、さ、わんな、見んなっ!」
 言葉もなくじっと亮の姿を眺め、じりじりと指先をシャツの内側へ這い登らせていく金原に、亮はあらん限りに罵声を浴びせる。
「ひ、ふふ……、成坂。ソファーの下ではおまえのこの姿を佐薙にも醍醐にも、そして久我にも見せてやれんからな。クラスメイトや部活の先輩に、嫌がりながらも色んなところを硬くしてしまうおまえを見せてやらんとな……」
 金原の言葉に改めてギクリと亮の身が竦む。
 我知らず亮の視線はガラス室にいる佐薙と、その横に立つ醍醐の方向へ向けられていた。その動揺を隠すように、亮は威嚇し、目の前の男へ毒づいて見せる。
「さ……ぃぁくだ、くそ、教師。てめぇっ、ぜってー、殺すっ、殺してやる!!」
「成坂ぁ、先生に対して、っ、その口の利き方はなんだ。んんん?」
 金原の手が亮の顎をつかむと強引に上げさせ、その淀んだ瞳でじっと睨め付ける。
 そしてなぜかゆっくりと舌を突き出して見せ、
「その酷い口を叩く舌を、こうして先生に出して見せなさい」
 と優しくささやきかける。
 亮は嫌悪と憎悪を滾らせるように金原をにらみ付けながらも、言われたままそろそろと、小さな赤い舌を突き出していた。
「そんな悪い舌は更正させてやらんとな……」
 怯えたように微かに震えるその舌の上を、まるで見せつけるように金原の舌がちろちろと這い回り、徐々に音を立てて絡め取り始める。
「っ、ぇ……、っ、ぁ……」
 亮の身体は逃げ出したい衝動で何度もびくついてしまう。
 生徒思いで父兄のおぼえも良く、授業や部活動では生徒たちに話の分かる兄貴分と慕われている金原という教師。授業中くだらない冗談で生徒から笑いを取りつつも、時折ちらちらとこちらを見ていた金原の姿が亮の脳裏をかすめる。
 日常の中の金原が思い出されるたび、今自分がされている行為への嫌悪がますます膨れ上がっていく。
 クラスメートの見ている前で、亮は金原と舌を絡め合わせているのだ。
 亮の顎を固定したまま、今度はゆっくり厚ぼったい唇が、亮の舌を飲み込んでいた。
 じゅるりと音を立て吸い上げ、己の舌を亮の熱い口中へねじ込み、ねっとりと内部を味わう。亮の小さな口の中は金原の太くぬめりを帯びた舌でいっぱいになり、口を閉じることもできない。
「っ、ぇ、、っ、ぅ……」
 ぬるぬると透明な唾液が亮の頬を滑り降り、手錠を掛けられた亮の手がひくんと動く。
 コーヒーとカツ丼が入り交じった味と匂いが広がり、亮はその気持ち悪さで吐きそうだった。
 ちゅぷりと音を立て金原は亮の唇を解放すると、唾液でとろとろに光った少年の唇を何度も舐め回し、吸い上げた。
「ふ……っ、は、成坂、まだ先生に生意気な口を叩くか? んん? ほら、先生に思ったことを言ってみなさい」
「、くせぇ息、吐きかけんなよ、異常者っ」
 荒い息で、それでも未だギラギラと睨み付ける亮に、金原はにんまりと笑った。
 金原は亮の心を規制していない。つまり、亮が反抗的であればあるほど、生意気であればあるほど嬉しいのだ。
 しかし今の亮にはそんなことに気づく余裕もなければ、気づいたとてこれ以外のどんな態度も取れないほどに嫌悪と怒りでいっぱいだった。どうにかしてこいつをぶち倒せないものかと、それしか考えられなくなっている。
 しかしそんな亮の身体は、金原によっていいように弄ばれてしまうのだ。
「は、はは。先生は、異常者で、臭いか。……そんな大嫌いな先生に、成坂は身体の隅々までしゃぶられて、射精してしまうんだよな?」
「んなこと、しねぇっ! 気持ち悪いだけだっ!」
「ほぅ……、そうか」
 金原は身体をソファーの下に沈み込ませると、亮の両足首をつかみ「開きなさい」と小さく呟く。
 亮は必死に嫌々と首を振るが、まるで亮自らがそう望んでいるかのように、足の方は金原を迎え入れ抵抗無く広げられてしまう。
 赤ん坊がおむつを替えるような恥ずかしい姿勢にされ、亮は初めて金原から目をそらしていた。
 金原の目は再び亮の幼根を捕らえ、ギラギラと輝く。
「嫌なら言葉だけでも抵抗してみせなさい、成坂」
 金原は亮の細い腿をつかむと、かすかに兆している亮の柔らかな幼根に舌を伸ばしていく。
 先端をくわえ込み、舌先で転がすとそのまま深く飲み込む。
 鼻息とも唸りとも聞こえぬ音を絶えず発しながら、金原は生徒の未発達なそれを貪っていた。
 じゅぶじゅぶという湿った音と獣のようなうなり声が室内を満たし、吸われるたび、ごりりと強く噛まれるたび、亮は「ひんっ」と切ない声を上げてしまう。
「や、めろ、キモ、い、死ねっ、ぁ、ぁ、ゃらっ、ひぅっ!」
 ちゅぷりと音がし、亮のものが金原の唇から解放された。
 するとそれはクンと天を向き、ピンク色の先端を微かに露出させてとろとろと透明の雫を垂らしている。
「キモい先生にしゃぶられてるのに、これはなんだ、成坂。ん? こんなに硬くして……先っぽがヒクヒクしてるじゃないか」
「して、なぃっ、黙れ変態、教師っ、てめーの目が腐ってる、だけだっ」
 亮の先端を金原の親指がくりくりとこね回す。
「ひぐっ!」
 その痛みに亮はビグンと腰をいざらせた。
「ああ、すまんすまん、お子様のおまえにはこれは痛かったか。もう少し大人になると気持ちよくなるんだがなぁ」
 いいながら、金原の唾液で濡れ光った指先が、揺れる幼根のさらに下――。亮の淡い花冠へと潜り込まされていく。
 それを拒もうと一瞬亮の腹筋が強張るが、「こら、力を入れるな」とたしなめられればその通り、亮の身体は受け入れやすいように脱力してしまう。
 ずるりと一気に金原の指が突き入れられ、ギクリと亮の身体が跳ねた。
「ぅあっ!」
「キモい先生にお尻の穴まで指を入れられちゃったなぁ、成坂。どうする?」
 内部で指先を曲げ、ぐりぐりと前立腺のあたりを擦り上げてやると、亮は「んっ、ぁぁ、ぁ、ぁ、」と声にならない声を上げ全身を振るわせる。睨み付けていた瞳もぼんやりと力をなくし、この感覚を堪えるために、どこともしれない虚空を泳がせ始めていた。
 数々の少年を手懐けてきた金原の指は凶悪なまでに卑猥で、亮の快感は意志に反して強引に引きずり出されていくしかない。
「ここが気持ちいいか? 成坂。こんなところを変態教師にいじられて、とろとろに涎を垂らして、……なんだこれは、んん?」
 金原は舌先で亮の先端をちろちろと舐めながら、花冠に押し入った指先を増やし、何度も何度も擦り上げる。
「ひ、ゃ、っ、きち、よく、なんか、なぃ……、っ、ォレ、は……、ぁ、ぁ、らめ、そこ、、だめだ、しねっ、ころす、キモいっ……、こんなの、ちがうっ、んぁっっ」
 必死に悪口を利きながらも、亮の腰は金原の指の動きに合わせてびくびくと跳ね上がり、幼い先端からは隠しようもないほど透明の雫が溢れ出してしまう。
 金原はそんな亮の様子に何度も自らの唇をなめ回すと、つぷりと指を抜き、己のジャージをおろして股間のものを取り出し始めていた。
 それはすでに赤黒く怒張し、浮き出した血管はドクドクと目に見えるほど脈打っていた。
 金原は自らのそれを手に持つと、白い腹の上でぴょこぴょこと跳ねている亮の幼いものへぐりりと押付けていた。
 その熱と刺激で亮の口から「ひぅんっ!」と小動物のような声が漏れる。
「ひひ……、はぁ、はぁ、っ、みんなにも見せてやろうな、成坂」
 興奮で過呼吸になりながら、金原は亮の身体を背後から抱え上げ、ソファーに座り直すと、まるで佐薙たちに見せつけるように腰を振り上げ始めた。
 己の黒々としたものと亮のものが絡み合い、お互いの先走りでとろとろと光っている。
「っ、ぅ、ぁ……、ゃ……め……」
「はぁっ、は、ふっ、ふはっ……、なり、さか……、みんなおまえを見てるぞ。佐薙も、醍醐も、……久我も、っ、」
 虚空をさまよっていた亮の目が瞬間眼前の像を映し出す。
 揺れる光景の中、こちらを眺めている二人の生徒――。目を見開き固まったように動きを止めた佐薙と、無表情で冷たく侮蔑する眺め下ろす醍醐。
 今亮は先輩とクラスメートの前で、体育教師・金原にいかがわしい悪戯をされているのだ。
 亮の中で唯一正常を保っていた世界。
 学校は亮にとって聖域だった。
 昔と同じ自分でいられたはずの世界は、いまやドロドロとした亮の「今」に浸食され、あらゆる逃げ場が潰されていく。
 亮はゲボであり、亮は欲望の対象であり、亮は穢れた世界の中心にいる最低の生け贄なのだ。それはどんなに亮が目を閉じようが耳を塞ごうが動かされない事実。
 そんな思いが意識の下から迫り上がってくる。
「ちが、ぅ、ォレ、は、こんなの、ちがぅ……」
 己の思いを振り払うように嫌々を繰り返す亮を抱え、金原は激しく動き始めていた。
 生臭い金原の息が耳元にふぅふぅと熱く吹き付けられ、同時に頬や耳を舐められる。
「なり、さか。……なり、さか……、挿れ、よう、な。先生の、挿れ、……」
 興奮と激しい動きに声をうわずらせながら、金原は亮の腰をひときわ抱え上げ、ついに生徒の柔らかな花冠へねらいを定める。
 ビクンと亮が身体を硬直させた。
 恐怖が亮の全身を駆けめぐった。
 熱く擦り上げ続けていた大きな何かが今度は強引に亮の中へねじ込まれようとしている。
 「っ、ぃ、ゃ、だ、ゃめ、ろ、ゃだっ、ゃだっ、っ、ぃゃあっ!」
 亮の口から零れ出たのは悲鳴だった。
 勇ましい悪口は崩れ落ち、その下から覗く亮の傷と脆い場所。
 悲痛な声は、亮の口から零れ続け、半ば泣き声に変わっていく。
「ゃらっ、ゃらっ、ゃめて、……も、ゃだぁっ……」
「はっ、はぁっ、なりさか、なりさかっ、っ、なりさかっ」
 金原は亮のその声にぶるりと身震いすると、恍惚とした顔で名を呼び続ける。
 突き入れようとしたその腰が、亮の頑なな抵抗でずるりと前へ滑っていた。
 その瞬間。
 「っっっ!!!!! ぉほあっ……」
 電気を流されたカエルのように、金原の身体が痙攣していた。
 亮の中でなく――亮のものへこすりつける形で、金原のそれは暴発していたのだ。
 何度も何度も腰を痙攣させ、そのたびに金原は奇妙な声を上げ、びゅくびゅくと大量の白濁液を噴き出させる。
 それは亮の腹を汚し、ソファーを汚し、床を汚し、所構わず冗談のように吹き出し続ける。
「ぁ、ぁ、なり……さ……」
 そして――。
 亮の身体がずるりと下へずり落ちる。
 亮を抱えていた金原の腕がだらりと床へ垂れ下がっていた。
 亮を腹へ乗せたまま、金原はずるずると崩れ落ちていく。
 金原は頬に奇妙な笑みを刻んだまま、完全に落ちてしまっていた。
 亮は何が起こったのかわからず、身体を強張らせたままうずくまるしかない。
「……あ〜、怪我人が無理するから。先生限界だったかな」
 二階のロフトからそう声が聞こえた。
 荒い呼吸のまま亮が見上げれば、そこには東雲が椅子に座り手すりに肘をかけてこちらを眺め下ろしている。
 そこで初めて東雲がそこにいたことを亮は思い出していた。
「っていうより、成坂くんが声だけでイかせちゃったのか。さすがセブンス帰りのゲボは違うねぇ」
「……、」
 金原の支配を脱した亮は、気持ちの悪い教師の腹の上から身をどけると、震える足でソファーへ身を預け、声もなく醍醐を睨み上げる。
「しかし、困ったな。男子を指導する金原先生がこんなじゃ、成坂くんの世話をする人材がいなくなってしまったよ。……さて、どうするか」
 さも思案するように口許へ手をやる東雲の目は、今後の手を既に決めている輝きを宿していた。
「醍醐は成坂くんのこと、嫌ってるからイヤだって言うだろうし、僕は肉体労働は得意じゃないし。…………そうだ」
 東雲がひときわ楽しげな声で続けた。
「佐薙。きみ、成坂くんのお世話、してあげてくれない?」
 その言葉に亮の目が見開かれた。
 硬直したままだった佐薙の身体がギクンと一瞬跳ねる。
「ほら、成坂くんの可愛いあそこ、まだ苦しそうにツンツン尖ってるよ? なんとかしてあげなくちゃ」
 佐薙は彫像にでもなったかのように動かない。
「金原先生の代わりに、キミが成坂くんを飼ってあげて」
「っ、東雲、浬生っ、約束が、違う、じゃねーかっ! 佐薙は、自由にするって……」
「自由だよ? キミの目にも見えてるでしょ? 彼にはもうアンズーツはかかってない。だから僕は自由意志の佐薙に提案してるだけなんだけど」
 東雲の言うとおり、佐薙の周りにはもう言霊のリングは巡ってはいない。
 ガラスに手をつき皿のような目でこちらを眺める佐薙は、自分の意志でこの場に立っているに過ぎない。
「さ、なぎ……、」
 だが自由なはずの佐薙は動こうとしない。
 リアルに戻るそぶりもなければ、亮を助けるべく駆け出すようすもない。
 ただ、ごくりと佐薙ののど元が一度動いたのが見て取れた。
「成坂、くん……。」
 ゆらり、と佐薙が後ずさった。
 すぐ横にある出入り口から、震えるような足取りで、一歩、一歩、佐薙が歩き出す。
 だが、その目はずっと亮へ釘付けとなったまま。
 亮の背に、ぞくりと嫌な汗が流れた。
「佐薙……?」
「…………ごめん、成坂、くん……。ごめん、ね?」
 熱に浮かされたようにぶつぶつと呟きながら、佐薙がおそるおそる亮へ手を伸ばす。
 その手を避けるように、亮は咄嗟に身を引いていた。
「成坂くん、それじゃ今から佐薙がキミの飼育係だ。しっかり彼の言うことを聞くようにね」
 東雲の明るい声が頭上から聞こえた途端、亮は逃げ出すことも出来なくなる。
 こぼれ落ちそうに目を見開き、亮は信じられないといった顔で佐薙の顔を見上げるしかない。
「ごめん……、助ける、って、言ったのに、……僕、……ごめんね、成坂、くん」
 頬を紅潮させ呼吸の荒い佐薙の手が、亮の頬へ触れた。
 その手は冷たく、じっとりと汗ばんでいる。
「ぁ……ぁ……、なりさか、くんの……、ほっぺ……、あったかい……」
 うっとりと夢見るように佐薙は呟くと、亮の頬を愛おしそうに両手で包み込んでいた。
「僕、今、成坂くんに、触ってる……」
「……嘘、だよ、な? 佐薙、やめろ、よ。こんなの、変だっ、オレら、友達、じゃねーかよっ」
「友達……。成坂くん、僕のこと、友達って思ってくれてるんだ……。嬉しい。嬉しいよ……。でもね……」
 佐薙は頬を包み込んだまま、親指で亮の唇を辿っていく。
「僕は、キミを友達と……思ってないんだ。……僕は成坂くんのもので、成坂くんは僕の全部なんだから……」
 亮の唇が恐怖で戦慄く。
 佐薙が何を言っているのか、亮には全く理解できなかった。
「だってね、僕が成坂くんの世話をしないと、きっと先輩は久我にさせるから。そんなの、絶対にダメだ。久我なんか、絶対にダメだよ、成坂くん! 吉野彩名なんてただのビッチだし、久我なんか最低のナンパ男だ! だからどっちにも成坂くんを触らせるわけにはいかないんだよ」
「ゃめろ、やめて、くれ、佐薙。……なに、言ってんだよ、いみ、わかんねぇよ……」
 亮の瞳からぽろりと一粒、涙がこぼれ落ちた。
 信じられなかった。信じたくなかった。今から起ころうとしていることを、心が拒絶していた。
 胸の奥が冷たくなっていく。
「泣かないで、成坂くん……。泣かないで……、目を閉じて……」
 言われるまま亮は目を閉じていた。
 瞼に小さな口づけ感じ、亮は唇を噛み締める。
 最悪のことが起ころうとしている。
 それだけがわかった。
「大丈夫。金原先生みたいにつらいことはしないから。三つ数えて目を開けたら成坂くんは僕のお人形になってるよ。だからつらくはないんだ。いい? いくよ? …………3、2、1……」
 閉じられていた亮の瞳が、ゆっくりと開けられた。