■ 4-53 ■




 開かれた亮の瞳はガラスで出来た作り物のように無機質に、佐薙の顔を映し出す。
 そこには先ほどまでありありと浮かんでいた絶望も、哀しみもない。
 まっすぐに有りの侭、ただ艶やかで美しかった。
 佐薙はうっとりと瞳の奥を覗き込む。
 こんなにまじまじと亮の目を見ることができたのは、初めてだった。
 ――見たい。覗きたい。
 ――でもそんなことをしたらきっと嫌われてしまう。
 ――だって、僕は成坂くんを見つめていい人間ではないから。
 ――きっとそんなことをしたら眩しくて、僕は溶けてしまうから。
 いつもそう思っていた。
 だが、今は違う。
 どんなに見つめても、どんなに覗き込んでも、亮は佐薙を嫌いになったりしない。
 いや、瞳を覗き込むだけではない。
 亮の何を見ても、何をしても、何をさせても、亮は佐薙を嫌ったりしないのだ。
 はぁ……と、震えるため息が佐薙の口から漏れた。
 吐き出された呼気は熱い。
「成坂くん……。……好き、です……」
 言いたかったこと。
 ずっとずっと亮へ言いたかった言葉を、ついに亮の前で口にした。
 だが、亮はゆっくりと瞬きをしただけで、何も言葉を返さない。
 嫌悪の表情も浮かべないし、ふざけるなと怒ったりもしない。
 佐薙は安心したようにほほえみを浮かべた。
 大丈夫。亮はもうお人形なのだ。
 だから亮も佐薙も傷つかない。
 丸い頬を両手で包み込んだまま、そっとその柔らかな髪に鼻先を近づけると、胸一杯に息を吸い込んでみる。
「……成坂くんの、髪の匂い……も、好き……」
 ふんわりと甘いその香りはシャンプーのものなのか、それとも成坂亮本人の香りなのか。
 一緒に校内清掃をしていたとき、ふと風に乗って香ることのあった柔らかな香り。それを感じるたび、佐薙はドキドキと胸が高鳴るのを抑えられなかった。
「あっち、行こう。金原先生のそばなんて、嫌だもんね?」
 そう促し佐薙が立ち上がると、ふらりと亮も立ち上がる。
 学校指定のシャツ一枚のしどけない姿で、亮は真っ直ぐに佐薙を見上げていた。
 先ほどまで狂おしく佐薙を苛んでいた「感じてはいけない感情」が、再びズクンと身体の奥底から吹き上がり始める。
 金原に悪戯される成坂亮。
 見たくなかったはずの光景。
 しかもそれは佐薙を助けるため起きてしまった出来事。
 だからなお見てはいけない。
 望んではいけない。
 それなのに――佐薙はその景色から目を逸らせなかった。
 ドクドクと全身が脈打って、喉がカラカラになって。
 瞬きもできなかった。
 そして今、成坂亮は佐薙を見上げて立っている。
 佐薙だけの亮になって、立っている。
 佐薙は落ち尽きなく自分の唇を舐めたり噛んだりすると、亮の手を取り歩き始めた。
 亮は何の迷いも疑いもなく、佐薙の後についてくる。
 佐薙の胸は今まで生きてきた中で一番の幸せにはち切れそうだった。



 ガラスルームの中、大きめのベッドの上に座らせた亮と向かい合うように、佐薙も座っていた。
 亮のズボンに入っていた鍵を使い、すでに亮の手からは空間錠が外されていた。
 アンズーツは一度かかってしまえば東雲の意志以外ではずれることがない――それ故の東雲の指示あってのことだったが、それでも醍醐は最初、強固に反対した。
 成坂亮というソムニアの基本能力を彼は実践で知らしめられている。しかもゲボという特殊な能力は用心して掛かるべきものだというのが彼の意見であった。
 だが東雲は珍しく彼の意見にうなずかなかった。
 そして彼の言葉は絶対である。
 結局その場で、醍醐自ら亮の無粋な鉄輪をはずすこととなったのだ。
 佐薙はあんな重そうで亮の肌を傷つけてしまいそうなものは早く取り去ってしまいたかったので、これはとても素晴らしい案だと思った。
 そして今、膝を折りぺたんと座り込んだ亮はおとなしく、佐薙を真っ直ぐに見つめている。
 先ほどまで、金原のみならずあの醍醐までをもねじ伏せ、恐るべき戦闘力を思うさま誇示していた少年が、今はあどけない顔で佐薙の前に座っているのだ。
 シャツ一枚羽織った下は、何も付けてはいない。
 シャツの裾から伸びる白くしなやかな足には醜い毛など一本たりとも生えていない。すべすべとした肌はきめ細かくなめらかで、きっと絹のような手触りなのだろう。
 震える指先で佐薙はそこへ手を伸ばしかけ――、だがすぐに引っ込めてしまう。
 触れた瞬間、亮が汚れてしまうかのように、佐薙の動きは躊躇に満ちていた。
 しばらく戸惑ったように視線を泳がせた後、佐薙は少しかすれた声で、こう告げた。
「成坂、くん……。そこで、ひざ立ちに、なってみて……」
 亮は二度、瞬きをすると、言われるまま真っ白なシーツの上にひざ立ちになる。
「……シャツ、脱いで」
 亮の細い指先が一つ一つボタンをはずしていき、なんのためらいもなく、唯一身につけていた衣服を脱ぎ捨てていた。
 ふぁさりとベッドへシャツがわだかまると、しなやかで未成熟な亮の白い裸体が現れる。
 佐薙はまるで眩しいものでも見るように一度目を細めると、うっとりと煙った瞳でそれを眺め続けた。
 薄い胸、薄い腹、細い腰――。うっすらとついた筋肉はまだまだ幼い少年のそれで、少し首をもたげたままの亮の幼根は淡いピンク色をして震えていた。
「……きれい…………」
 佐薙の口からため息のような囁きが漏れた。
 吸い寄せられるように四つん這いのまま亮へ一歩ずつ近づいていく。
 亮の足の下ギリギリまで来ると、佐薙は亮の白い身体を見上げる。
 亮は佐薙の言葉を待つように、ただじっと見下ろしいていた。
 佐薙の脳が痺れていく。
 目の前にいるのは――。
 強くて、かっこよくて、可愛くて、愛想がないのに本当はとても優しくて……。価値のない自分をいつも助けてくれた佐薙のヒーロー。
「成坂くん、もっと、僕に見せて……」
 言葉の意味をはかりかねたのか、亮は小さく首をかしげていた。
 その仕草すら佐薙の痺れた脳に媚薬を注入していく。
「足、もう少し広げて? ……おちんちん持ち上げて、裏側も、僕に見せて……」
 かすれた声のまま出された佐薙の言葉の通り、亮は自ら幼いそれを指先でつまむと、そっと持ち上げていく。
 まるで佐薙に見せつけるように身体の恥ずかしい部分を晒す亮の表情は、人形のように無表情だ。
 佐薙は下側から覗き込むように亮の秘密の部分を見つめた。
 こんなところを、あの成坂亮が僕に見せている。
 嫌がることもなく、あの成坂くんがこんな誰にも見せない、嫌らしくて恥ずかしいところを自分から――。
「成坂くんの、可愛いおちんちん、裏も、表も、全部、見えちゃってる……よ……?」
 佐薙の呼吸は次第に荒くなり、体温が感じられるくらいの位置まで鼻先を近づけると、思わず舌を伸ばしてしまう。
 淡くピンク掛かったそこは、ふんわりとしたマシュマロのようだと佐薙は思った。
 柔らかで暖かそうなそこを味わいたいと思った。
 きっとそこはしょっぱい生物の味がしながらも、甘い成坂亮の味が多分に混ざっているに違いない。
 伸ばされた舌先はたどり着く先を求める蛭のように蠢いた。
 だが――。
 佐薙の動きは緩慢に止まり、そして徐々に後ずさると、その場へしゃがみ込んでしまう。
 全身がじっとりと汗ばんでいた。
 無表情のままこちらを見つめる亮の姿はあまりに眩しくて、佐薙は触れることすらできなくなっていた。
 しかし膨れ上がる欲情は暴走しっぱなしで、佐薙は内側から弾けてしまいそうなのだ。
 ――成坂くん、成坂くん、成坂くん、成坂くん……
 佐薙の頭の中でリフレインされるのはその名前だけ。
「じぶんで、して、みせて!? 成坂くん、自分でいつもしてる、みたいに、オナニーしてみせて。……ぼ、僕の、こと、考えながら、……僕にエッチなことされるの考えながら、してみせて、よ!」
 思わずそう叫んでいた。
 亮は言われるままその場に座り込むとわずかに足を広げ、ゆっくりと自身を擦り上げ始める。
「……さ、なぎ……」
 亮の口から佐薙の名が漏れた。
 ヒクンと佐薙の顔が持ち上がり、亮の顔を怯えたように眺めた。
「……、さなぎ、に、される、こと……」
「そ、そうだよ。僕に、エッチなこと、されるんだよ? 女の子がされちゃうみたいに、成坂くんが、僕に気持ちいいこと、いっぱいされちゃうんだ……」
「きもち、ぃ、こと……」
「そう。気持ちいいから、嫌じゃないんだ。いやらしいとこいっぱい舐められるのも、お尻を僕に犯されちゃうのも、成坂くん、自分からもっともっとされたくなっちゃうみたいに気持ちいいんだ。でも、それはキミの想像なんだ。僕に見られながら……そんな想像してオナニーしちゃうの、恥ずかしいよね? でも、気持ちよくてやめられないんだ……」
「……、さなぎ、見てる……」
「うん、見てる、よ……。成坂くんを、僕はずっと見てる……」
「見ちゃ……いや、だ……」
 無表情だった亮の頬に、羞恥の赤が差す。
 困ったように眉根が寄せられ、細められた瞳はかすかに潤み始めていた。
 しかし上下に動かされる亮の左手は止まらない。
 それどころか次第にくちゅくちゅと濡れた音を出し始め、もじもじと腰が動く。
「ぁ……、ぁ……、さ、なぎ……、そこ、だめ……、もと、ゆっくり、……」
 亮の口から何度も佐薙の名が漏れ始める。
 今、成坂亮は佐薙のことを想いながら、手陰にふけっているのである。
 ――成坂くんが、僕のこと考えて、オナニーしてる……。
 佐薙は四つん這いで前のめりになると、じりじりと亮に近づき、食い入るようにその様子を眺め始めていた。
 くちゅくちゅという音を鳴らしながら、亮の手が自らの陰部を擦り続ける。
 どうやら亮のそこは随分と上を向き始めているようだった。
 空いた右手が胸元に伸ばされた。
 ――成坂くんの、胸……、触ってないのに、あんなにツンツン尖って……るの、……すごい、エロい……。
 桜色の乳首を亮の細い指がつまみ上げ、自らくりくりと刺激する。
「んっ、……、さなぎ、むね、だめ……、ぁ、っ、ぁっ、……、くりくり、気持ちぃ、……」
 成坂亮は、想像の中で佐薙に胸を責められているのだ。
「なりさか、くん、ぼくに、おっぱい、いじられてる想像、してるの……?」
「オレ、佐薙に、おっぱい、いじられてる、想像、して、気持ちよく、なっちゃってる……、の、……佐薙、見な、いで……」
 羞恥に潤んだ瞳で佐薙を見た亮は、いやいやをして視線を逸らしてしまう。
 それでも亮の手は止まらない。
 気持ちよくて止めようがないのだ。
 佐薙はついに己のベルトをはずし、ズボンを下ろしていた。焦ったように片手でボタンをはずすと、まとわりつくズボンをベッドの下へけり出す。
 あまりの圧迫感でズボンをはいているのもつらかった。
 パンパンにはりつめた佐薙のそこは、ひょろりとした体つきには不似合いなほど立派で、赤黒く血管が走るほどに怒張し膨れ上がっている。
 先端からは透明な粘液がぽたぽたとしたたり落ちていた。
「どこで、僕とエッチなこと、してるの?」
「……、一緒に、掃除した、グランドのトイレの……奥の……個室、で……、佐薙が、オレに、キス、して、……そんで、オレの服、ぬが、して……、」
 あの掃除の日が佐薙の脳裏にも蘇る。
 亮はあの日の佐薙に犯されているのだ。
 そんな想像を、亮がしているのだ。
 あの成坂亮が、佐薙をおかずに、あの日の佐薙をおかずに、こんな風に身体を弄って――。
 佐薙の手が自身のものに伸び、おずおずと擦り始める。
 亮と向かい合う形で座り込むと、亮の手の動きに合わせて、自らを擦り上げていく。
「なり、さか……くん、もっと、早く、擦って……」
 佐薙の言葉に言われるまま、亮の手のスピードは上がり、亮の唇からは止めようのない切ない喘ぎが漏れ出していた。
 同じリズムで二つの淫猥な水音が室内で絡み合い、それが佐薙の耳から微かに残る理性も思考力も奪い去っていく。まるで、亮の手でされているような錯覚に陥る。
「ぁ、ぁ、ぁ、やら、……佐薙、ォレ、……、ぁ、ぁ、……っ、……、はやぃ、よぉ……」
「なりさか、くん……、なりさかくん……、きもち、ぃぃ? 僕に、されて、気持ち、ぃぃの?」
「は……っ、ん……、き、ち、……ぃぃ、……、佐薙、の、……手、すごぃ、気持ちいい、……っ」
「どんな風になっちゃったか、見せて? ……、手、どけて……、僕に、成坂くんの恥ずかしいところ、見せてみて……」
 ピタリと手の動きが止まり、亮の瞳が羞恥と不安で揺れる。きっと嫌なのだ。そんな部分を目の前のクラスメートに見せるのを、亮の残された理性が拒絶している。
 しかし佐薙の命令は絶対だ。
 亮の手はおずおずとそこからどけられ、その下からいっぱいに首をもたげ、ふるりと震える亮の幼いものが現れていた。
 白かったそこは淫靡な薄紅色に色づき、てらてらと粘液で濡れ光っている。
 佐薙の喉がごくりと鳴った。
「あんま、見んなよ……」
 伏し目がちに視線を流す亮の言葉は、いつも教室で交わされている会話のようだった。
 まるで本当に成坂亮が望んで佐薙とこんないかがわしいことをしているかのようだ。
「嫌だよ。もっと、見たい。成坂くんの、エロいとこ……」
「誰か、来たら、どうすんだよ……」
 弱々しく亮が言った。
 どうやら亮の中で、想像と現実が入り交じってしまっているらしい。
 今亮はあのグランドのトイレの中で佐薙といかがわしい遊びを始めてしまっているのだ。
「いいじゃない。僕たちが気持ちよくなっちゃってるとこ、みんなにも見せてあげようよ。成坂くんが、僕のこと考えてオナニーしてるとこ、運動部のみんなにも見せてあげればいいよ……」
「そんなの、いやだ、オレは……」
「いっしょに行こ? 運動部のみんなに見せてあげながら、僕のこと考えてイけばいいよ。僕はそんな成坂くんを見ながらイくから……。二人なら恥ずかしくないでしょ?」
「……二人なら、恥ずかしく、ない……?」
「うん。じゃ、いくよ?」
 戸惑う瞳で見つめてくる亮の目を真っ直ぐに捕らえつつ、佐薙は己をゆっくり再び擦り上げ始めた。
 それとシンクロするように亮の手も動き始める。
「ぁ、ぁ、さなぎぃ……」
 自身を擦るだけでなく、亮の右手は尖った胸の先もくりくりと悪戯を始める。
「なりさか、くん……、なりさか、くん……っ、」
 佐薙の口からも亮の名が連呼されていた。
 お互い見つめ合ったまま、手陰に耽る。
 次第に亮の呼吸は上がり、腰がひくひくと揺れる。
 佐薙の位置からは亮の全てが丸見えだった。
 起ち上がり張り詰めた幼根も、興奮で色づくマシュマロも、その下で息づく秘密の花冠も――。
「ぁ、ぁ、ぁ、らめ、ぃちゃう……、れ、ちゃう……」
「ぃいよ、……出して……、成坂くんの、えっちなミルク、いっぱい、出して見せてっ!」
「っ、ぁ――――っっ!」
 ビクンと腰が揺れ、亮の指の隙間から、白い迸りが吹き上がる。
 佐薙の目の前で、成坂亮は射精していた。
 佐薙のことを考えながらイったのだ。
 食いしばった佐薙の歯の隙間から「ぅぅぅ」と獣じみた音が漏れた。
 ガクンと腰を突き出すと、佐薙の張り詰めた怒張から、大量の白濁液が放出されていた。
 ぶるぶると震えながら腰を突き出し続ける。
 熱く粘りのある大量の白濁液が、亮の白い肌へぺしゃぺしゃと音を立て、降りかかっていく。
 自身を握った亮の手に、その腰に、その腿に、その下腹部に、佐薙から放たれた体液がべったりとからみついていた。
 射精し終わった亮は力尽きたように脱力し、己の身体にかかったその熱い液体をボンヤリと眺めている。
「っ、ごめ……、ごめんね! 成坂くん、汚しちゃった……、ごめん……」
 慌てて佐薙は亮ににじり寄ると、その手を取り、とろりと付着した液体を舐めとっていた。
 その味は不思議なほど、甘い。
 顔を上げればボンヤリとした人形の表情でこちらを見返す亮の顔。
 佐薙の中で何かがキれていた。
「綺麗に、するから……、ね? 僕の汚いの、綺麗にするから……」
 かがみ込み、亮の臍を舐める。
 そして飛沫の跳んだ下腹部へ――。
 舌の腹をべったりと押付けるように舐め進み、時折唇を付けてちゅるりと液体を吸い上げる。
 きっと今自分は自分で出した汚いものと一緒に、成坂亮の出したミルクも舐めているのだ。
 混じり合った二人の体液を飲み干していると思うと、佐薙の脳は痺れるほどの幸福感に満たされていく。
 舌に感じるなめらかな亮の肌は熱い。
「ここも……、綺麗に……しよう……ね」
 遂に佐薙の舌はくったりと頭を垂れた亮のものに這わされていた。
 そのまま唇で吸い込むと、舌を絡め、口の中全体で味わう。
 柔らかくなめらかな亮のそこは、歯を軽くあてればこりりとした弾力があり、その食感に佐薙は思わず咀嚼してしまいたい衝動すら覚える。
 だがそうはしない。
 なぜならこれは、佐薙の大事な成坂亮だから。
「なりさか……くん……の、ここ、かわぃぃ…………」
 無心にしゃぶる佐薙の舌の動きに合わせて、時折亮の身体がヒクンと反応を返す。
「っ、ぁ……、ぁ……、」
「気持ち、ぃぃの?」
 視線だけで亮の顔を眺めれば、亮は佐薙を見返し小さくうなずく。
 自分の行為を嫌がっていない。
 佐薙にされることを、亮は拒絶していない。
 佐薙の心の奥で軋んでいた恐怖が、少しずつ溶け始めていた。
 自分でそうし向けていることすら、佐薙の頭からは無かったことになっていく。
 初めから亮は佐薙を受け入れてくれている――。願望だったはずの想いが確信へと変化しつつあった。
「成坂くん、僕のこと、……好き?」
 亮は小首を傾げる。
 飼育係の質問にどう答えていいのかわからないのだ。
 亮は彼の言うことには従わねばならず、彼の望むとおりに動かなくてはならない。
 今聞かれた質問に答えるには、今の亮のプログラムは不完全すぎる。
 しかし佐薙はそれすら気づかず、すがるように続けた。
「好きだよね?」
 新しい情報が亮へ入力される。
 亮は佐薙が好きなのだ。
 亮はまた、小さく肯いてみせる。
 佐薙の頬が嬉しそうに綻んだ。
「僕も……、成坂くんが、好き……」
 佐薙は亮のそこから唇を離すと、亮と同じようにひざ立ちになり、亮の肩へ手を掛ける。
 この姿勢だと亮の顔の位置は佐薙より随分と下で、佐薙はかがみ込むようにそろそろと亮へ顔を近づけていく。
「声に出して、言ってみて?」
「……ォレ……、佐薙が、好きだ……」
 ぞくりと佐薙の背がうずいた。
「キス……して……、いいかな……?」
 おずおずと佐薙が問いかけると、上目遣いで佐薙を見上げる亮は、しばしの逡巡の後、コクリと肯く。
 亮は佐薙が好きなのだから、キスするのも嬉しいことなのだと、緩慢な思考で亮はそう思い至ったのだ。
 佐薙は亮の唇へゆっくりゆっくり顔を近づけ、そしてそっと触れるキスをする。
 本当に触れるだけの優しいキス。
 それだけで佐薙の全身は電気が走ったように硬直し、そして胸の奥に膨らむ幸福の輝きで溶けてしまいそうになる。

 ――僕、今、成坂くんと……、キス、してる……

 今、この瞬間、世界が止まってしまえばいいと、佐薙は思った。
 佐薙にとって完璧な時間だった。
 完璧すぎて、幸せで、不安で、抱きしめることも出来ない。
 今まで二十人近い女生徒と関係を持ってきた。
 佐薙はその疑似ソムニア能力を買われ、この数ヶ月で何人もの女子を調教してきたのだ。
 だからセックスに対してもう怯むことなど何もない。
 だが、今は違う。
 全てが佐薙にとって神聖な行為で、亮の為にならなくてはいけない。頭も心もその想いでいっぱいに痺れてしまっているのに、身体はかつて佐薙が知らないほどに熱く狂おしく脈打っている。亮の全てを自分のものにしたいと叫んでいる。
「成坂くん……、僕だけの、成坂くんに、なって?」
 想いが口を突いて迸る。
 だが亮は再び小さく小首を傾げた。
 佐薙の中で苛立ちが膨れ上がる。
 そしてその苛立ちが聞いてはいけないことを佐薙に口にさせてしまう。
「成坂くんは、僕と、久我と、吉野と、誰が一番好きなの!?」
 亮が不思議そうに何度か瞬きをした。
 飼育係の言った三人の中で、亮は選ばなくてはならない。
「…………ォレが好き、なのは」
 だが亮が名を口にしようとした上から、佐薙はかぶせるようにこう続けた。
「久我なんか、嫌いだよね? あんなヤツ、成坂くんを裏切ったんだから、好きなはずないもん。それに吉野はキミの足をひっぱるだけの最低女だ。だからやっぱり成坂くんは吉野も嫌いだよっ。そうだよね!?」
「…………、久我も、吉野も、嫌い。…………、オレが好きなのは、佐薙だ……」
 やっと答えを見つけたようにぽつりぽつりと語ると、亮はふんわりと微笑んだ。
 佐薙の表情が夢見るように解けていく。
 佐薙が思ったとおり、亮は佐薙を好きでいてくれた。佐薙だけを好きでいてくれたのだ。
「すき……、成坂くん、すき、……」
 佐薙は亮の額や頬、そして首筋に唇を落としながら、亮の身体をゆっくりとベッドへ押し倒していく。
 亮はされるままシーツの海に身を沈め、自分の名を呼びながらすがりつく佐薙の頭に腕を回していた。