■ 4-54 ■



「はぁ……、成坂くん……、成坂くん……」
 好き。
 成坂くん。
 大好き。
 繰り返されるため息みたいな言葉。
 その言葉を自分が吐き出し続けていることにも、佐薙は気づかない。
 ただ夢中で亮の白い肌へ舌を這わせ、貪り続ける。
 いつの間にか佐薙も衣服を全て脱ぎ捨てていた。自分の持てる触覚全てで亮を感じ、亮の全てを捕らえたかった。
 抱きしめれば華奢で柔らかな感触。熱い肌が佐薙の肌に汗でしっとりと張り付き、その熱が佐薙を追い込んでいく。
 熱病のように息が上がり、己の脈拍で視界が揺れていた。
 表情の乏しい人形のような亮はそれでもまっすぐに佐薙を見つめ、佐薙の頬に手を伸ばす。
 亮は佐薙を拒絶していない。
 成坂亮と佐薙洋輔は両思いなのだ。
「ぼくの、成坂くん……」
 嘘みたいに可愛い顔。強気で意地悪でくるんとした漆黒の瞳。艶めいた桜色の唇。
「ぼくの、だ……」
 少年らしいしなやかな肢体。透き通るみたいな白い肌。つんと頭をもたげたベビーピンクの性器。そして――
 佐薙は亮の胸の飾りに唇を寄せると、強く吸い上げた。
「っ、ぁ……」
 痛みに亮が一瞬眉を顰めた。
「ここも、僕のだ。だって、……僕に、エッチなことされたいところだもんね?」
 佐薙に犯される妄想をしながら自慰行為に耽った亮は、自らここを何度も弄っていた。
 つまりそれは、ここも佐薙のものだと成坂亮が認めているということなのだ。
 佐薙の舌の上で、亮のそこはコリコリと小さな茱萸の実のように尖りを見せ、佐薙の舌を刺激する。
 佐薙は夢中でそこを吸い上げ、もう片方の飾りも強くつまみ上げていた。
「ぃぅっ……、ぁ、いたぃよ、佐薙……」
 性急なその責めに、亮は小さく悲鳴をあげ佐薙の名を呼ぶ。
 すると佐薙は途端に夢から覚めたように目を見開き、「ごめんね! ごめんね!」と何度も謝りながらキスをするのだ。
 初めはチュッチュと音を立てるだけの軽いキス。だが、次第に一回が長くなり、そして深く唇を合わせていく。
 亮の唇へ舌を差し込み、口の中全てを味わう。
 いつも会話の最中にちらちらと見ていた、亮の白くて小さな綺麗な歯。どんな味がするんだろうと思っていた。だから佐薙はそれを一本一本丁寧に丁寧に舐めていく。
 つるつるで滑らかなその感触は、佐薙の想像を遙かに超え、佐薙の性的衝動を刺激する。
 上顎も下顎も、喉の奥さえも、舌の届く範囲は全て舐めていく。
「ぅ……、ん、さ……、っ、……」
 苦しげに押しだそうとする亮の舌を捕らえ、すするように吸い上げた。
 唾液がてらてらと輝きながら、亮の頬を伝い落ちていく。
「おいしぃ……、成坂くんの、歯も、舌も、ほっぺの内側も、唾も、全部、美味しい……」
 うっとりと亮の顔を眺め、光る唾液をそっと指先で拭う。
 亮はそれに対する答えを知らないように、ただぼんやりと佐薙を見上げていた。
 成坂亮は佐薙のもの。
 久我のじゃない。彩名のじゃない。佐薙の成坂亮なのだ。
「もう、全部、とけちゃいたい、ょ……、成坂くんとつながって……」
 ベッドに投げ出されたジェルを手に取ると、佐薙は大量に絞り出し、亮の淡い窄まりに指を差し入れていく。
 その冷たさに亮の身体がヒクリと強張った。
「大丈夫、恐く、ないよ? 僕の疑似能力、イェーラっていうの。ホントは使い魔を生ませることができるらしいんだけど、僕はニセモノだからそれは無理。でもね、相手をとっても気持ちよくさせることはできるんだ。だから、平気だよ。僕とひとつになったら、気持ちいいだけ。成坂くんも、気持ちいいことしか考えられなくなっちゃうから」
 ぐちゅりと中の指が捻られる。
「っぁ……」
「成坂くんの中、僕の指にからみついて……、すごくエッチだ」
 佐薙は亮の腰を抱え上げると、ゆっくりと指を引き抜き、ヒクヒクと蠢くそこへ尖らせた舌を這わせた。
「ひくひく、してる、ね。……可愛い、成坂くん……、かわいぃ……」
 恍惚とした表情のまま、佐薙は亮の身体をベッドの上へ折り曲げ、己のそそり立つ陰茎を亮のそこへこすりつける。
 佐薙のそれは既に野太い血管を脈打たせながら糸を引くほどに雫をこぼしており、亮の白い尻の間へこすりつければ、ぐちゅぐちゅと聞くに堪えない音がする。
 そして――
「僕と、成坂くんと、ひとつに、なっちゃおう? ……僕が、成坂くんで、成坂くんが、僕で……」
 亮が小さく首を傾げた瞬間、ミチリと音をたて、佐薙の黒いそれが亮の中へ突き立てられ始める。
「っ! ぁ……、」
 衝撃と恐怖で、瞬間亮は身体を捻って逃れようとする。
 だが佐薙はそれを押さえ込み、陶然とした瞳を揺らしながらぐいっと腰を突き入れる。
 食いしばった歯の間から愉悦と興奮の呻きを漏らしながら、亮のそこを己のもので貫いていた。
「ひぁっ!」
 その痛みに亮の身体が反り返る。
 十分に慣らす前に突き入れられたその性急な攻めは、亮の小さな体格にはきついものである。
 だが佐薙は止まらなかった。止めようがなかった。
「ぅううぅぅぅっ、あああああああっ」
 その瞬間、ドクンと佐薙のソレは脈打ち、大量の精を亮の内側へ放出する。
「ぁっ、ぁっ、出てる、……成坂くんの中で、出ちゃってる……」
 言いながら腰を動かし続ける。
「挿れてる、ぼく、成坂くんに、挿入して……、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、すごい、すごい、きもち、ぃ、すごい、なりさかく、きもちぃ、とまんない、ぁ、ぁ、なりさか、く、なりさか、く、……なりさか、く……、」
 亮の腰を強く引き寄せ、佐薙は猿のように腰を打ちつけ始めていた。
 激しく、めちゃくちゃに貫き、突き立て、剔り込む。
「ひ、ひ、ゃ、ぁ、さな、ぎ、……、ぁ、ぁ、も、や……」
 痛みと快楽で混乱する亮は佐薙の下から逃れようと懸命に抵抗するが、アンズーツの影響下にある今の状況では、少女の抵抗にもあたわない。
 佐薙はそんな亮を押さえ込み、亮を抱きしめ頬に舌を這わせながら、何度目かの射精をする。
 佐薙の腰がビクンビクンと揺れ、溢れんばかりの白濁液が亮の中に注ぎ込まれていた。
「ゃあっ……!」
 その熱とイェーラの力に亮の内側も収縮し、淡いミルクをその幼い性器から迸らせる。
「なりさか、くん、なりさか、くん、好き、好き、大好き、…………、僕、いま、成坂くんに、挿れてる……、成坂くんの、中、きもちいぃよぉ……」
 佐薙は亮を抱きしめたまま腰を動かし続ける。
「ごめんね? ごめんね? 助けてくれたのに、ごめんね、成坂くん……、でも……、またなりさか、く、の中に、僕のせーえき、いぱい、でる……、成坂くに、僕の精子いぱい……注いで……、成坂く、受精して、僕の、せーしで、ぼくの、あかちゃん、生んで……」
 恍惚と表情を蕩けさせ、ぱちゅぱちゅと規則正しい水音をあげながらその合間に亮の名をため息混じりに唱え続けていた。


「ああ……、もうこれ、調教とは呼べないな。ただの一方的な愛の営みじゃない。見るに堪えないよ。……ね、そう思わない?」
 ロフトの上のソファーにゆったりと腰を沈めその様子を眺めていた東雲は、横に座るもう一人の人影にそう声を掛けた。
 しかしその人影はただじっとその様子を眺めるだけで、声を出そうともしない。
「成坂くんももう少し抵抗できると思ったんだけど……、これじゃ本当にお人形だ」
「浬生さんのアンズーツが硬くかかっているせいかと」
「僕のせいだっての、覚。そんな風に言われたら僕がまるで悪いヤツみたいじゃないか。身体の方は完全呪縛で縛ったけど、心の方は少し遊びを持たせてあげたつもりなんだけどね」
「成坂はこの状況、頭の中では理解しているということですか。……それは、悪いヤツ以外の何者でもないですね、浬生さん」
 階下の醍醐が東雲を見上げてかすかに眉を寄せる。
 東雲はそんな醍醐に楽しげに肩をすくめて見せた。その表情に醍醐の顔はますます険しくなる。こういう時の東雲は危ういということを、彼はよく知っている。
「それにこんな状況をその方に見せて、どうされるおつもりなんです?」
「……この人には刺激が必要なんだよ。治療の一環さ」
「…………」
 醍醐は何も答えずじっと東雲の顔を見上げる。
 主が何を為そうとしているのか、その表情から必死に読み解こうとしているようであった。だが東雲はいつもの飄々とした態度を崩さない。
「そうだ。これ、彼なら喜んでくれるんじゃないか?」
 ふと、まるで名案でも思いついたように東雲が言った。
 だがきっと、東雲は最初からこうするつもりだったのだと醍醐にはわかる。
 しかしその目的はわからない。
 東雲の想いも心も全て理解しているつもりだったが、彼の主人の頭の中は、いつだって醍醐にとって理解を超えたことばかりだ。
「……あの男は自分で成坂をやると言ってましたが」
「今からでも遅くはないだろう。空気人形みたいになった成坂くんを見たら、きっと彼の恨みもコンプレックスも、全部解消できるんじゃないかな」
 呼んでこい――ということなのだろう。そう、醍醐は理解する。
 呼びに行く相手には、新たな業務開拓のルートを確保する仕事を言いつけてある。
 今は他のセラで獲物になりそうな近隣の金持ちどもを物色中のはずだ。生徒会室に置かれているセラ間電話を利用して呼び寄せる必要がある。
 醍醐はすぐに一礼すると部屋を後にした。
「寒くない? 冷房、効き過ぎてない?」
 東雲は、隣に座る人物に優しげに声を掛ける。
 しかしその人影はぼんやりと前を見据えたまま何も語らない。
 そんな相手の肩にそっとカーディガンを掛けてやると、東雲は眼下の惨状をうっとりと眺める。
「……さて、今から楽しくなるよ。殻を硬く硬くしておいたおかげで、きっと爆発は大きなものになってくれるだろうから。ノックは派手にいかなきゃ」









 息を潜め、神経を研ぎ澄まし、久我はリアルの生徒会室の片隅で、必死にファイルを物色していた。
 東雲も醍醐も、今日は新しい女子生徒の入荷でセラへこもっているはずだ。この部屋を調べられる機会は今しかない。
 仲間になって数日――セラにある生徒会室やボランティア部部室では、証拠となるような情報を見つけることはできなかった。となると、もう残るのは東雲の自宅かこのリアルでの生徒会室だけだということになる。
 しかし東雲の性格から考えれば、学校での仕事の書類を家に持ち帰るイメージが湧かず、まずは一番難攻不落と思えた生徒会室を狙うことにしたのだ。
「うわぁ……ものすんげぇ儲けてるじゃん、こいつら。元手タダだし減らねーし、そりゃ美味しいビジネスだよなぁ……」
 久我の読みは恐いくらいに的中し、捲り始めたファイルの中身には見たこともない数字がアリの行列のように並んでいる。
「こっちの帳簿は俺に内緒だったところを見ると、まだまだ信用されてねーな。やーね、俺ってばこんなに真っ直ぐで誠実なのに」
 そのファイルを一枚ずつ撮影しながら、ふと辺りを見回す。
 今日は何かおかしい。
 いや。深夜の学校は相も変わらず真っ暗で、耳鳴りがするほどに静かだ。
 だが音ではない、光ではない、何かがざわついている。
 空気の粒子がぴりぴりとささくれ、久我の肌を刺激するような何かが張り詰めているのだ。
「……ったく、なんなんだよ。俺びびりすぎだろ……」
 妙な緊張感を拭うため、自分で自分を笑って見せると、ファイルを戻すべく立ち上がる。と、その瞬間。
「っ!!! うぉっ」
 ポケットに入れておいた携帯のバイブがブルブルと震えていた。慌てて取り落としそうになりながらもどうにか電話へと出る。

『どこにいる。今日はセラで仕事のはずだが』
「……わりぃ、寝てた。今から潜るわ」

 電話の相手は東雲の忠犬だ。
 おそらくセラ間電話を使って連絡を取るつもりだったのだろうが、今久我のアルマはリアルにいる。その電話では当然出ることは無理である。
 だから今、醍醐はリアルに戻ってわざわざ久我へ電話を入れてきたと言うことになる。
 もし彼の肉体が学校内にある場合、可及的速やかにここを抜け出る必要が出てくる。

『そちらの仕事はまた明日だ。今日はおまえに別の用がある。すぐにスクールセラの生徒会室へ来い』
「なんだ? またご主人様がよくねーことでも思いついたか」
『いいから来い。セラ時間で5分だ』

 それだけ言って電話は一方的に切れていた。
「は!? 鬼か!」
 セラ時間で5分ということは、現実時間では10秒だ。
 久我は窓を開け、ひらりとその身を躍らせていた。
 生徒会室は三階である。
 煌々と照る月明かりに、久我の影が浮かぶ。
 2秒後――。バキバキという枝の折れる音と共に「ぐあっ、いでででっ、死ぬっ」という世にも情けない悲鳴が上がり、ポプラの木の根元へ転がるボロボロの生徒が一人。
「くそっ、なんであいつはこう無茶させるんだよ! ドSの犬っころが!」
 ブーブー文句を垂れながらも立ち上がり、よろりと駆け出す。
 5分のタイムリミットを考えれば、新寮の自分の部屋まで戻っている余裕はない。
「旧寮の裏でいいか――」
 蚊に食われんだろうなぁ……――などと自分の肉体に憐憫の情を燃やしつつ、久我はソムニアらしい人外のスピードで駆けだしていた。









 亮は変わらず揺すられ続けている。
 今はひざ立ちの状態で背後から突き上げられ続けていた。

 ――も、無理……。

 揺れる視界の向こうは、まるで一本道のストーリーで綴られる映画のように、亮の意志を反映しない。
 本当は最初からずっと、止めろと叫んで、めちゃくちゃに暴れて、なんでなんだと佐薙をなじってやりたい。
 だが、亮の口はさっきからずっと喘ぐだけ。語る言葉といえば、「佐薙、好き、すき……」と甘く切ない囁きだけ。
 そして亮がそう囁くたび、亮の中の佐薙は大きくなり、さらに亮を責め立てる。

 ――やだ、も、やだ……。

 既に力も入らず不安定な体勢だが、二の腕と胸を痛いほどにつかまれ、奥まで貫かれながら熱い精液を注ぎ込まれる。
「ひぁああぁっ!」
 その大量の熱に、亮は何度目かの絶頂を迎え、身体を弾ませて幼根からびゅくんと淡いミルクを吹き上げていた。
「成坂くん、気持ちよかったんだね……、またこんなにいっぱい、えっちなミルク、ぴゅっぴゅってして……、男の子おっぱいこんなにぷっくりさせて……」
 貫かれたまま背後から抱きかかえられ、両方の乳首をくりくりとつままれる。

 ――むね、だめ……、いゃら……。

 少し意地悪にぎゅっと引っ張られると、亮は「ひん」と鳴き声を上げて小さな舌を突き出していた。
 その舌に誘われるように、佐薙は亮の顔をひねり、亮の舌を飲み込んでいく。
 佐薙の鼻息に混じりじゅるじゅると唾液の音が上がり、亮の顎を透明の雫がてらてらと這い落ちていく。
 それだけの行為で、佐薙のものは再び亮の中でビクビクと脈打ち、イェーラの粘液を迸らせていた。

 ――また、出てる……、佐薙のイェーラが、オレん中に、いぱい……。

 ぞくりと背筋が竦み上がる。
 ある男の顔が脳裏に蘇っていた。
 亮の中に汚らわしい使い魔を宿らせようとしていた男。
 男の子なのに妊娠すると囁かれながら何度も精液を注ぎ込まれ、その恐怖で亮はパニックに陥った。
 その後の記憶は曖昧だが、あの時の絶望感は深く亮の心をえぐったままだ。

 ――嫌だ……、こわぃ、恐い、シド……っ。

 逃れようと身体に力を入れようとするが、亮の身体は亮のものではないかのように細胞の一つも自由にならない。
 それどころか、佐薙の精液の催淫性に、力を失くしたはずの亮の幼いものは強制的に起ち上げられてしまう。
「んぅっ……ぁ、ひぁ……、ぁ、」
「ずっとずっと気持ちいいのを続けてあげるね……」
 佐薙はうっとりと亮の幼根を眺めると、くちゅくちゅと音を立てて擦り上げ始める。

 ――も、気持ちいいの、ぃやだ……、無理、……むり……っ。

「僕の名前、呼んで、成坂くん……」
「……さ、なぎぃ……」
 言われたまま亮の身体は佐薙の名を呼ぶ。

 ――いやら、ぃや、こわぃ、シド、ごめん、なさいっ、ォレ、勝手なことして、首突っ込むなって言われたのに、探偵、みたいなこと、して、ごめんなさぃっ、

 涙が溢れる。
 シドの力がなくてもやれると思っていた。
 ずっとシドに頼りっきりじゃダメだと思っていた。
 だから、自分でできることをやってみようと思った。
 でもそれは、亮の間違いだったのだ。
 亮はシドが居ないと何も出来ない。
 亮はシドが守ってくれないと、生きていけない。
 亮はシドの力になんかなれない。

 ――ぇっ、えっ……、ぅえぇっ、し、どぉ、……すけて、……、ごめ、なさい、……ごめ、なさぃっ……

「さなぎ、好き……」
 しかし亮の身体は微笑んで、涙一つこぼさない。
 佐薙が泣かないでと言ったから。
 だからまるで恋人を眺めるように佐薙の顔を覗き込み、同じセリフを何度も言う。
 助けたはずの友達。
 友達は「ありがとう」と言って、リアルに戻っていくはずだった。
 だが――、何もかもが亮の当たり前とはまるで違う方向へ進んでいく。
 助けたはずの友達は、自分の意志で亮を犯し続けていた。
 そして友達に犯され続ける絶望は、亮の内側で黒く暗く渦を巻き、息も出来ないほどだ。
 後悔と絶望と恐怖がはち切れそうで、閉じこめられた心の中で、壊れたように亮はシドの名を呼び続けた。

 ――シド、し、シドぉっ! こわぃ、よ、ぉ、……、シドぉっ! 来て、ここ、ごめ、なさいぃっ……

「……っ、なり、さか……?」
 声がした。
 その声に、ぴくりと亮が顔を上げる。
 そこに居たのは――。
「久我くん、お待ちかねだっただろう? キミにプレゼントだ。成坂くんの調教にキミもぜひ参加してくれよ」
 東雲の楽しげな声が頭上から降ってくる。
 部屋に入ってきたその人物は、その言葉も聞こえないかのように立ちつくし、呆然と亮の方を眺めていた。

 ――……、く、が……、なん、で?

 なぜ、久我がここにいるのか。
 いや、確かに久我がこの状況をカメラで見ていると東雲は言っていた。
 だが亮は心のどこかで、それが嘘なのではないのか、久我はここにはこないのではないか――そんな希望にも似た想いを持っていたのだ。
 そして、そうでなくては亮の心はこの状況に耐えられそうになかった。
 しかし久我はここにいる。
 亮の目の前にいて、佐薙に貫かれて喜ぶ亮を見ている。

 ――い、やだ……、

 ずっと、見られていたのだろうか。
 こんな自分を。
 久我はこんな自分を見て、何を思っていたのだろう。
 汚い。嫌らしい。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
 こんなヤツ、友達でも仲間でもない――。
 気持ち悪い、最低の生き物。

 ――み、るな……。

 佐薙に貫かれたまま、亮の身体はぼんやりとした瞳で久我を眺め返す。
 まるでそこに現れたのが知らない人間でもあるかのように。
 しかし亮の心は押しつぶされ、引きちぎれそうだった。
 心の中で悲鳴のように、叫び続ける。

 ――見るな、見るな、見るなっ、見ないで、見ないで、見ないで、見ないでっ!!

 亮の身体が微かに震え始めていた。
 じっとりと冷たい汗が肌に滲んでいく。
「成坂……くん?」
 その身体を抱いた佐薙は、亮の異変にいち早く気がついていた。
「大丈夫、久我になんか指一本触らせないよ? あいつの声も聞かなくていい。成坂くんは僕だけ見て、僕の声だけ聞いていて。そうしたら恐くないから……」
 甘やかに耳元でささやくと、背中から抱きしめ、頬に頬をすり寄せる。
 しかし、亮の瞳は佐薙を見ない。
 アンズーツの強固な呪縛はギリギリと亮を締め上げ、その自由を100%奪い取っていたが、――身体が心に引きずられ始めていた。
 恐怖と絶望で久我から目が離せなかった。
 それでも人形のようなガラス玉の瞳で亮は久我を見るしかない。
 嫌がる素振りもなく佐薙と交わりながらぼんやりと久我を見ているようにしか、久我には思えないだろう。

 ――違う、ちがう、んだ、……こんなの、オレは……

 何が違うというのだろう。
 望んでいようが望んでいまいが、同じではないか。
 亮は久我に一番見せたくない自分を見せている。
 嫌らしく汚らしいゲボの成坂亮。
 同級生の男子に揺すられながら嬌声をあげて何度も絶頂する、気持ちの悪い男子高校生。
「成坂くん、こっち、見て! 僕だけを見てって言ったよね!」
 ギシギシと軋むように、亮は首を巡らせ佐薙を見た。
 蕩けるように甘かったその瞳の奥に、黒い炎が揺れていた。
 佐薙は本当にオレのことが好きなんだなと――、亮はぼんやりと思った。
「そう。そうだよ。キス、して? 成坂くん……」
 亮は言われるまま、佐薙に口づけをする。
 くちゅくちゅと音をたてその唇を貪ると、佐薙は亮をベッドへ四つん這いにさせ、優しく甘やかに腰を動かし始める。
「っ、ぁ、ぁ、ぁ、ゃ、……」
「うるさいよ、久我くんっ! 成坂くんは僕が好きなんだっ! 大丈夫……、僕だけを、感じて、……、なりさか、くん、ここも、ぼくだけ、の、だ。だって、こんなに、からみつい、て、……ぼくを、しめあげて、ほら、きゅんきゅん、きゅんきゅん、ぼくのをおねだり、するんだ……」
 佐薙は久我に見せつけるように亮の細腰をつかみ、次第に激しく腰を叩き付ける。
「ひ、ぁっ、ぁ、っ、ぁっ、ぁっ、ぁっ」
 前立腺の辺りを剔るように突き入れられ、亮の幼いものは再び強制的に勃起させられてしまう。淡いピンク色の先端が微かに顔を覗かせ、透明な雫を滴らせながらピタピタと己の薄い腹を打っていた。
「気持ちいいでしょ? 久我に教えてあげてよ。大好きな僕と一つになって、僕にお尻、いっぱいぐちゅぐちゅされて、気持ちいいんだもんね?」
「ふぁっ、ぁ、ぁ、ひぅっ、……、き、ち、ぃぃ……、さなぎ、に、いぱい、ぐちゅぐちゅ、されて、ォレ、きもちぃ、よぉ……っ」
 亮の瞳は久我を見ていた。
 さっきより随分近くに来ている気がした。
 言葉もなく、ガラスルームの扉を何度か拳でなぐりつけている。
 だがその表情まではわからなかった。
 なぜなら亮は背後から激しく突き上げられ、視界が揺れて定まらない。
 きっと久我はこんな気持ちの悪いものを見せられて、腹を立てているのに違いない。
 だってそうでなければ彼はきっと、亮に何か言葉を掛けているはずだから。
 やっぱり久我は、もう亮のことなど友達とも仲間とも思っていないのだ。
 絶望と哀しみで気持ちが溢れ出しそうだった。
「なりさか、くん、なりさか、くん、っ、ぉ、ぉあっ、ぁ、ぁ、気持ちいいよ、成坂くんのなか、ぁ、ぁっ、ぉ、ぉっ、ぁっ、成坂く、なりさか、く、久我に、見せてあげて……、僕にイかされていっぱいミルク出しちゃうところ、ほらっ、ほらっ、ほらっ!」
 佐薙は亮の身体を抱え上げると、久我の視線に晒すように亮の足を開き、最奥まで何度も何度も突き上げる。
「ひ、ひ、ぁ、ぁ、ゃ、ゃら、っ、みちゃ、やら、久我っっっ! ひぐっっ!!」
 亮は何度も首を振り、羞恥で涙を流しながら、絶頂を迎える。
 ビクンビクンと細い腰が生物的に蠢き、ほとんど色の付いていない白濁液がとろとろと幼根の先端からしたたり落ちていた。
 全てが久我に晒されている。
 絶望で涙がこぼれた。
 亮は泣いていた――。
「……成坂くん? どうして? なんで泣くの? 泣かないでって言ったのに……」
 佐薙は背後から亮を抱きしめ、その色を無くした頬を手のひらで包み込む。
 熱い涙が佐薙の指先を濡らしていく。
「……、久我、……」
 もう行ってくれと懇願したかった。
 こんな自分を見ないでくれと。
 だがそこまで言葉が出ない。
 亮に出来たのはただ、久我の名を呼ぶことだけ。
 だが――。
「なんで? なんであんなヤツの名前、呼ぶの? 僕の名前だけ呼んでって言ったよね!?」
 佐薙の瞳の奥の黒い炎がチリリと揺れた。
「ねぇ、なんで? 成坂くんが好きなのは、僕だけだ! 成坂くん、僕だけを、見てよ!」
 佐薙は力任せに亮を仰向けに押し倒すと、亮を貫いたまま首に手を掛ける。
「うるさいっ! 黙れ、黙れ、久我っ、黙れっ! 成坂くんは、僕のだ。僕だけの、成坂くんなんだっ。だから……ねぇ……、成坂くん。僕だけを見てよ。僕だけにキスして……、僕だけに笑ってよ……」
 ギリギリと、佐薙の節くれ立った長い指先が亮の細い首に食い込んでいく。
「……っ、ぅぐ…………、」
 呼吸が出来ない。
 鼻の奥がツンとなり、視界がグレーに変色していく。
 あまりの苦しさに亮の手が己の喉をひっかき、佐薙の手をほどこうとする。
 だが、
「動かないで。成坂くんに傷がついちゃう……」
 そう佐薙に命令されれば、亮の細い手は力なくぱたりとシーツへ投げ出されてしまう。
 あとはただされるまま。
「一つになったまま、一緒に死んじゃおう? そしたら次は、僕、成坂くんになるよ。成坂くんの中で、ずっと一緒に生きるんだ……。恋人は作らなくていいよね? だって僕がいつもそばにいるから。気持ちよくなりたいときは、僕に言って? 成坂くんの綺麗な手を使って、いっぱい気持ちいいことしてあげる……」
 佐薙の腰がゆっくりと突き入れられ始める。
 呼吸できない苦しさと、突き上げるイェーラの快楽に、亮は口を開き喉の渇いた子犬のように喘いでいた。
 キンと痛いほどの耳鳴りがして、視界が急速に狭まっていく。
 佐薙は異様に興奮しているようだった。
 今まで感じたことのない程それは亮の中で膨れ上がり、深く熱く亮の中を穿ち続ける。
「好き……好き……好き……、好き……、好き……、なりさかく、好き……、大好き……、なりさかく、……なりさか、く……、」
 ぶつぶつと呟く言葉の合間に、はぁはぁとうるさいほどの吐息が亮の鼻先に掛かっていた。
 佐薙の指がいっそう強く亮の細い喉に食い込み、亮の身体がギクリと強張る。
「ぅぁ……、ぉぉぁぁぁぁっ、ぁっ、ぁ、なりさか、く、好きぃぃいっっ!」
 亮の身体が死へ向かうその反応に、佐薙は達していた。
 大量の白濁液を亮の中へびゅくびゅくと注ぎ込み、口を開けて何度も腰を痙攣させる。
 その瞬間――。
 パンッ――と、乾いた音がした。
 続いてそれをかき消すほどの、大音響。
 落ちていく雪崩のようなガラスの欠片。
 暗く沈んだ視界の片隅で、それはキラキラと氷のように見えた。
 そして――。
 もう一発爆発音が轟いた。

「成坂ああああっ!」

 はっきりと――。
 自分の名を呼ぶその声が聞こえた。
 暗くかげっていた視界が急速に正気を取り戻していく。
 いつの間にか佐薙の手は亮の首にはなく、いや――それどころか身体の上にのしかかっていた佐薙の姿もない。
 ただ2度目の爆発音のその瞬間、頬に熱い何かが降りかかったのだけは感じていた。
 そっと手をやり、その正体を確かめる。
 それは赤く、とろりとした暖かい液体。
 ゆっくりと身体を起こした亮の視線の先には――

「…………っ、ぁ、……ぁぁぁあああああああああっ」

 右胸を真っ赤に染めた佐薙が、仰向けのままベッドの下へ転げ落ちている。
 その喉からひゅーひゅーと音が鳴り、口からは赤い泡がぶくぶくと上がっていた。
 久我が、佐薙を撃ったのだ。