■ 4-58 ■




 秋人は亮の脇に置いたモニターを見つめながら、ほっと息をついていた。
 脈も呼吸も問題ない。
 何より召還を示すウィルホライズン現象と呼ばれる直線は、すぐに形をゆるめ、再び脈動を刻み始めていた。
 ほっとするのと同時に、亮のゲボとしての比類なき素質に驚愕する。
「すごい。すごいよ亮くん。正規の手順を踏んだ召還メソッドと同じ軌跡を描いてる……。成功、したんだよね。しかも時の異神相手に」
 IICRの詳細な検査結果で亮の能力値が高いことは秋人もよくわかっていたが、テクニカルな面も重要である召還そのものに対して、段階を踏んだ訓練もしていない亮がこうも易くやってのけるなど、常識としては信じられない。
だが数字はその非常識が現実であることを顕著に示していた。
「キミはホントに目覚めたばかりのゲボなのかい、亮くん。僕は時々わからなくなることがあるよ……」
 ため息をつきながら、そっと亮の前髪を掻き分ける。
 深夜の薄明かりに亮の艶やかな白い額が淡く輝く。
 その穏やかな寝顔に、秋人は心の底からしみじみと安堵のほほえみを漏らしていた。
 モニターには覚醒の兆候が現われている。
 どうやら亮は自力でリアルに戻りつつあるようだ。
「起きたらお説教確定だからね」
 苦笑いを浮かべて秋人が立ち上がりかけたその瞬間。
「――だっ!」
 鉄の塊でも頭に落されたかのような衝撃が秋人を襲う。
 重力。鈍い痛み。衝撃。
 倒れ込みながらも秋人は両腕で頭をかばい、その衝撃の原因を知ろうと首を巡らせる。
 ちらりと見えたのは白い衣服の影。
 そこで再び首筋に衝撃を受ける。
「ぅぐ――っ」
 背の高い男の姿を見た気がした。
 しかしそこまでだった。
 秋人の視界は停電でも起こしたように暗転し、動力を失った身体は崩れ落ちる。
 男は倒れた秋人の身体を無造作に足で蹴り追いやると、傍らのパソコンから亮へと繋がる入獄回線を引き抜き、代わりに己の手にした小型のタブレットへ差し込み直す。
「ふふ……、間一髪、間に合いました、トオル・ナリサカ。目を覚まされればあなたを傷つけてしまうかもしれませんから」
 男の持つタブレットの画面には、新たなるセラ座標と、そこへ誘うためのプログラムが滞りなく流れ、亮のアルマ波形は再び煉獄の海の中へ潜っていく形へと変化していく。
「そうだ。いい子です……。そのセラであなたの弟たちと待っていてください」
 亮の瞳が開かれないのを確認すると、男は亮の身体を抱き上げる。
「ああ……、まさか本当に本物のあなたを再び手に出来るとは……。私と共に行きましょう、トオルさん。二人で新たな人類の扉を開けるのです」
 男は窓を開けると、ひらりとその身を躍らせた。
 二階という高さを感じさせない身のこなしで裏の駐車場スペースに降り立つと、男はすぐそばに停めてあった白いセダンに亮を乗せ、急発進させる。
 キキキッと耳障りなゴムの摩擦音を響かせ門を出たセダンは、道を横断してきた数名の生徒の脇をかすめて凄まじいスピードで走り去っていく。
 深夜一時近く、コンビニ袋を提げた男子生徒たちは、怒りも露わにその不作法な白い車に怒声を浴びせていた。
「くそっ、あぶねーじゃねーかっ!!!!」
「戻ってきやがれ、殺すぞこらっ!!!!」
 だがそんなことで引き返してくるはずもなく、車は路地から大通りへ向け左折し、彼らの視界からも消えていた。





 久我が旧寮の自室に戻ると、そこには既に亮の姿はなかった。
 代わりに一人、床に転がっている人影がある。
 くるくるとカールの入った茶色い髪は久我も良く知る寮管理人のものだ。
「おっさん! おっさん! 起きろ! おっさん!!!!」
 久我は床に倒れた秋人を抱え起こすと、何度か頬を叩く。
 秋人は微かにうめき声を上げると目を開け、身体を起こそうとして痛みに顔をしかめた。
「っつー、ぃてて……」
 頭に手をやり押さえながら、何とか起き上がる。どうやら血は出ていないようだが、まだ頭はくらくらするようで、秋人は殴られた頭や首周りをしきりにさすっている。
「……何が起きたんだ?」
「しっかりしろ、おっさん。成坂はどこ行ったんだよ!」
 しかし久我は秋人のダメージなど知ったことではない様子で、がくがくと身体を揺すった。
「っ、ぇ、ぁ、亮くん! いない!? え?」
 そこでようやく意識のはっきりした秋人は、目の前の信じたくない事態に愕然とする。
 亮が眠っていたはずのベッドには乱されたシーツとタオルケットがあるだけ。そしてベッドサイドの窓が開き、ひらひらと頼りなくカーテンが風にそよいでいた。
 窓の向こうから湿った夜の匂いと街を流れる車のエンジン音が聞こえてくる。
「くそっ、連れて行かれた、のか!? 僕がいながらこんな……」
「成坂がそう簡単に連れて行かれるわけねーじゃねーか! 腕っ節なら俺よか強えぇかもしんねーのに」
「亮くん、きっと覚醒前に連れて行かれたんだ。僕のモバイルがここに残ってるのにケーブルがないってことは……、相手の持ち込んだ入獄システムにつなぎ直された可能性が高い。覚醒前に別のセラへ転送されたのかもしれない」
「転送……、なるほど、そういうことか。くそっ、どこに行ったかわかんねーのか、おっさん」
「座標がわからない上に亮くんの肉体もない。お手上げだよ」
 秋人はがっくりと膝を折り、ベッドへ手をつく。
「なんであの時俺は成坂を一人で帰しちまったんだっ。せっかくつけた命綱の念糸もセラが変わっちまえば途切れてわかんねーし、だあああああっ、俺はどうしてこう詰めが甘いんだっ!!!!」
 久我が怒りに拳を握り、ベッドへ叩き付けたときだ。
 秋人がピクリと顔を上げていた。
「今、何て言った、久我くん」
「は!?」
「念糸をつけたとかなんとか……。それって亮くんにってこと!?」
「他に誰がいんだよっ。召還したときあいつが異界に飲まれねーように、俺が命綱として渡したんだ。けどあいつがリアルに戻るっつって消えた時、あいつに結びつけられてるはずの念糸の先がぷっつり途切れちまってた。セラ間を転送されたんじゃ、俺の命綱も意味ねーよ……」
「……そんなこと、ないかもしれない。久我くん、まだ念糸の片方の先はキミが持ってるんだよね?」
「……? あ、ああ。セラに戻ればポケットに入ってるはずだ」
「念糸のタイプはショップで買える汎用のもの?」
「おう、確かAIM社製6号のソフトタイプってやつ」
「OK。強度は十分のはずだ。もう一回、どこでもいい、セラに潜ってくれるかな」
「は? 急に何言って……」
「そこからキミの念糸を使ってトラッキングする。もしまだ亮くんが念糸の先を持っているのなら、座標がわかるかもしれない」
 久我は秋人の言葉を聞き、信じられないと言った面持ちでじっと寮管理人の顔を見た。
「さっきから不思議だったが、おっさん、何者なんだ? ただ成坂になれなれしいただの冴えない管理人じゃねーな。IICRの関係者なのか?」
「僕は一個人業者に過ぎないよ。しかもソムニアでもない。そんなことより急ごう。念糸がいつはずれるかわからない。亮くんのアルマの行く先を知る唯一の手がかりを失ったら大変だ」
「お、おう。わかった」
 久我は自分のベッドに横たわるとすぐさま目を閉じ、秋人に処置を促す。
「とりあえずスクールセラに戻る。その後おっさんは念糸を追ってくれ。必要なら俺のシステム使ってくれても構わないぜ」
「了解。ケーブルと導入端子だけ借りるよ」
 秋人が久我のサイドテーブルにしまわれた入獄システムから必要なものを取り出し、準備し始めたのを見て、久我は続ける。
「それから、成坂の行き先がわかったら俺をそこへ転送してくれ。……あんたならできるんだろ?」
「えっ!? ……そりゃ出来るけど、そんな無茶をキミにさせられないよ。亮くんがどんなセラに連れ込まれたのかまるでわからないんだ。まだ学生のキミをそんな場所へ送れない」
「いいから送れって! 俺だって二度目の人生生きてるソムニアだ。年齢なんか関係ねーのはあんたもよくわかってるはずだぜ。それに行った先がどんなセラか情報を仕入れておいた方が今後の作戦も有利に立てられるはずだ」
「いや、しかしね久我くんっ」
「どうせIICRの援軍もすぐに来るんだろ? それまでの繋ぎや斥候くらいならC+の俺だって役に立つはずだ。つべこべ言わずに転送しろ。わかったな!」
 久我の言葉の強さに、秋人は大きく息をつき黙り込む。
 このプライドの高い少年が、自らをIICRまでの繋ぎと言ってのけるほど、彼は亮の身をどうにか救い出したいのだ。
「……わかったよ。ただし、絶対無理はしないで。もし亮くんが入獄した近くに居なくても、奥まで探しに行かないで欲しい。援軍がすぐに行く。それまでその場で待機しててくれよ!?」
「わかった。着いたら状況を連絡する。回線のナンバー教えてくれ」
「待って。これ、持っていって。僕の端末と直通になってるからこれを使って」
 秋人がポケットから小さな携帯電話を取り出し、久我に手渡す。
「……すげぇ、顕現化フォンか! こんな高級品初めて見た……」
 顕現化された携帯電話など、久我は見たこともなかった。リアルとセラ、両方を行き来するこの不可思議な道具はS級の能力者が生み出す高額の品であり、中でも大きな物や複雑な機構を擁する物などは特にその希少性が高い。
 これをショップで買おうとすれば、数百万は下らないだろう。
 何者かの思考で創られたその携帯電話は、独特のオーラを放ち、持つだけでわずかに痺れる感覚を手のひらに残す。
「ちゃんと返してね」
 悪戯っぽく言う秋人の言葉に、必ず戻れという暗黙の意志が込められているのを久我は感じ取り、「しょうがねぇな」と笑って見せた。
 ポケットに携帯をねじ込み目を閉じる。
 秋人は入獄端子を久我の枕の下に入れ込み、すぐさま端末を操作し始めていた。
「赤い髪をしたでかくて恐いイザ使いが援軍に行くはずだから、それまでは絶対に動かないでね」
 最後の念押しに久我は小さくひらりと手を動かすと「わかった」の合図を送る。
 閉じた目の前の暗闇が、眩く光り、アルマが吸い出されるいつもの感覚がやってくる。
 次の瞬間、久我はスクールセラへと再び落ちていった。





 淡く光る白い天井。
 同じく白く柔らかな光を放つ壁と床。
 まるでどこかで見たB級SF映画に出てきそうな空間には何もない。
 辺りは天井の高いホールのような作りになっていた。
「胡散臭せぇセラだな、おい……」
 久我は辺りを見回すとゆっくりと歩き出す。
 気温は快適。
 湿度も問題ない。
 空気に匂いも付いていないようだ。
「とりあえずは命に別状はなさそうな感じだが……」
 スクールセラからすぐに久我は未知のセラへと転送されていた。
 トラッキングにある程度時間がかかるであろうと予想していた彼にとって、数十秒で別のセラに転送された事実は驚愕に値することだった。
 あのふざけた管理人は一体何者なのか、皆目分からない。
 念糸をトレースして別座標を割り出すなど、久我のソムニアとしての知識の中にない技術だ。それをこれほど安易にやってのけ、すぐさまアルマをそのセラに転送しなおすなど、協会の専任技術者でも出来る人間は少ないのではないだろうか。
「IICRの人間じゃねーって言ってたが、成坂の周りには変わったヤツがいるもんだ」
 ポケットに入れ込まれた顕現化フォンに結びつけた念糸を、久我は確認する。
 念糸は淡く点滅しながら、ずっと先へと伸びているようだ。
 やはりここに亮はいる。
 それをゆっくりとたぐり寄せながら、久我は前へと進む。
 と、ポケットに入れた携帯からコール音が流れてきた。
『久我くん、無事に着いた? 状況を教えて』
 耳に当てたスピーカーから、管理人の声を模したと思われる電子音が流れてくる。
 その技術に久我はまた目を見開いていた。
 リアルとセラをつなぐ端末で、音声を用いた物があるなど聞いたこともなかったからだ。
 リアルとセラの31倍という時間差は、その間の音声を歪め、まともな通信になど成り得ないはずだからである。だから通常、リアルとセラのやりとりは文字通信が主である。形状は携帯電話の様式を取っていても、画面に映る情報を見たり、文字を打ち込んだりが当たり前のやりとりなのだ。
「ああ、問題ない。気温も湿度も快適だし、空気に異常もないみたいだ」
 声で聞こえたので声で返してみる。
 これでうまくいかないようなら、メールを打つ要領で文字を打ち込まなくてはならない。
 だが、
『よかった。直接人体に攻撃するセラではないんだね』
 少し呼吸を置き、久我の言葉に応える声がスピーカーから生み出される。
 どうやらこちらからのレスポンスも声でOKのようだ。
(すげぇ。ありえねぇ……)
 その技術力の高さに舌を巻くが、久我は敢えてそれを口にはしない。いちいち驚いてみせるなど、久我のソムニアとしての沽券に関わる気がした。
 だから当たり前のように話を続ける。
「周りは電気に照らされた宇宙船の中みてぇなとこだ。セラエントランスはちょっと広いホール状になってる。成坂に渡した念糸はずっと前に伸びてて……奥に見える扉の向こうに続いてるっぽい」
『ラッキーだったね、おそらく中に念糸を外すという考えを持った人間がいなかったんだ。亮くんをさらった相手はまだリアルで移動中だろうし、セラで彼の仲間が待っているってことがなかったってことなら――、単独犯かもしれない』
「成坂は今一人ってことか。けどリアルに戻ってきてないってことは、中で足止めされてることは確かなんだろ」
『クローズ型のセラである可能性は高いね。キミが今いるエントランスからはリアルに戻れる波長が出てる。ここからなら行き来はできるけど、おそらく中に入れば出られないはずだ』
「なんで成坂は奥に入ってったんだ……」
『念糸を外す頭がある人間はいなくても、それ以外の生物がいる可能性は否めない。召還で体力消耗した亮くんが連れて行かれた可能性は十分に考えられる』
「っ、マジかよ!」
 久我は走り出し、迫り来る白い壁に張り付いた扉へ手を伸ばす。
『はやまらないでよ、久我くん! 絶対に奥には行かないで! 亮くんが殺されるようなことは多分絶対にないはずだ。でもキミは違う。相手にとってキミは邪魔な因子でしかないんだから……』
「っっせえな! 黙ってろ!」
 言い捨てると電話を切り、久我は近未来的な室内には不似合いな重い鉄製の扉を思い切り開けていた。
 扉の先はエントランスと同じ白い輝きを放つ廊下が続いている。
 久我は迷うことなく走り出し、突き当たりにあるもう一つの扉に手を掛ける。
 念糸はその先へと続いている。
 為体の知れない焦燥感が久我を襲っていた。
 ヒトではない何かに亮があらぬ何かをされる想像など、したくもなかった。
 それなのに久我の中はその不気味な考えではち切れそうになっている。
「成坂っ!」
 久我はためらうことなく扉を開けていた。
 開けた先は暗闇。
 室内と廊下の光量差で瞬間的に久我の視界は閉ざされる。
「っ!!!???」
 だが、暗闇の中にあっても、久我に情報は提供されていた。
 まず最初に飛び込んできたのは、甘い、香り。
 亮が近くを横切ったとき。亮が怒ってつかみかかってきたとき。久我がふざけて亮に抱きついたとき。
 その度にふわりと香ったフルーツのような微かな甘い匂い。
 その香りが久我の鼻腔をくすぐった。
 そして、声。
「誰?」
 久我が良く知る、声。
 透き通った鈴の音のようなその声は、いつも久我に軽口を叩く生意気なルームメイトのものだ。
「……なり、さか、なのか? そこに居んのか!? 俺だよ、久我だ!」
 一歩、二歩と部屋に入り込んだ久我の背後で扉の閉る音がした。
 唯一の光源だった背後の白い灯りも消える。
 だが、目が慣れてきたのか、ぼんやりと青い灯りに浮かび上がった周囲の状況が、久我の視界に広がり始めていた。
 部屋は決して広くはなかった。
 七メートル四方ほどのワンルームの中央に、大きなベッドが一つ置かれている。
 その周囲を埋め尽くすのは――
 クマ。ウサギ。ネコ。イヌ。ライオンにシマウマ。
 大きいものも小さい物もある。
 数を数えるのも面倒になるほどひしめき合うぬいぐるみたちが、床を埋め尽くしコロコロと無造作に転がっていた。
 ふとベッドの上の影が動いた。
 どうやらあれはぬいぐるみではないらしい。
 そのシルエットは人間の物に思えた。
 大きなテディベアを抱え座り込んだ小さな影が、不思議そうにこちらを伺っている。
「成坂。良かった、助けに来たんだ。早くここから出よう」
 と――
「くがはどこから来たの?」
 ベッドへ踏み出した久我の足もとから、声がした。
 だがなぜか、その声も久我が良く知る声だ。
 見下ろせば、久我のすぐ足下にしゃがみ込んだ少年が首を傾げ、久我のズボンの裾を引っ張っている。
「っ!?」
 大きな黒い瞳を揺らして見上げるその少年は、紛れもない彼の探す想い人――。
「成坂……」
 成坂亮そのもの。
「!?」
 久我の目が見開かれ、混乱にベッドの上の人物と見比べる。
 だが、テディベアに隠れるようにこちらを伺うその少年も、久我の良く知る亮本人なのだ。
「だれ?」
「くがってだれ?」
「パパのおともだち?」
「それともトオルのお兄ちゃん?」
 ぬいぐるみだと思っていたいくつかの影が動き出す。
 そのどれもが成坂亮の声を出し、成坂亮の顔をしていた。
 白いシャツを羽織っただけの亮。セーラーカラーのシャツに短パンを身につけた亮。そして何も身につけていない亮。
「くが、あそぶ?」
「トオルとあそぶ?」
 何人もの亮が、ぬいぐるみの間から顔を覗かせ、立ち上がると新しいおもちゃを見つけた子供のように、近寄ってくる。
「ぇ…………!?」
 久我はありえない光景に言葉を無くし立ちつくすしかない。
 ――これはなんだ?
 ――なにが起こっている?
 右を見ても左を見ても下を向いても――。どの包囲からも成坂亮があのくるりと大きな黒い瞳をして迫ってくるのだ。
 ぱくぱくと口を開き声にならない声をあげ、固まってしまった久我の身体に、一人の亮が飛びついてきた。
 バランスを崩しトスンと尻餅をついた久我の腰の上に、一糸まとわぬ亮が馬乗りで座り込む。
 白い肌が青い光りに輝き、胸元の飾りは小さな影を作って淡く色づいている。細い腰。薄い腹筋。可愛らしいへその影の下は――白く艶やかな果実のようなそれ。
「qっwykfpsqっっっ!!!」
 目のやり場に困り、久我が咄嗟に目を閉じる。
 その唇に暖かいものが触れていた。
「っ!!!???」
 気がつけば、久我は亮に押し倒され、頬を両手で固定されるとぺろりと唇を舐められていたのだ。
 そしてそのまま柔らかな唇が押付けられ、唇を割って小さな侵入者が忍び込んでくる。
「――っ、ん……っ、」
 亮はうっとりと目を開けたまま、深く、深く、久我に口づける。
 ちゅるりと淫靡な音を立て、久我は吸い上げられると、今度は甘い唾液をとろとろと口移しで流し込まれていく。
「っ……、ぅ……っ……」
 ぞくり、ぞくり、と、全身が快楽で総毛立つ。
 含みきれない唾液が、久我の口許から溢れ、頬を伝い落ちていく感覚がやけに鮮明だ。
 いつか見た夢が久我の中にフラッシュバックしていた。
 亮に押し倒され、あらぬ悪戯をされてしまう自分――。
 その欲望そのままの現実が、今目の前で起こっている。
 急激に下半身に血液が滾り、まずいと久我は亮を引き離そうとする。
 が――。
(ぃ……っ!?)
 いつの間にか右手はセーラーカラーの亮に取られ、やわやわと甘噛みされており、左手はシャツを羽織っただけの亮の下腹部に誘導され、未成熟なそれに絡められている。
(ぃぃぃぃぃいいいいいっ!!!???)
 完全に久我の両手は封じられてしまっていた。
 無邪気に、そして淫靡に自分の両手で遊び始めた亮を力任せに振り払うことなど、久我にはできない。
(……ぅ……うごけんっ……)
 ちゅっと音を立てて腹の上の亮が唇を解放すると、いつもの仕草で首を少し傾げ、久我の鼻先でふわりと微笑んだ。
 さらりと亮の艶やかな髪が揺れる。
「くが。トオルときもちいいこと、しよ?」
「っ!!!!!!!」
(あ…………あかあああぁあぁああぁああぁんっ!!!!)
 あまりの狼狽でなぜか関西弁で脳内絶叫する久我貴之じゅうななさい(三十八年ぶり・二回目)。
「あっ……、」
 久我の口を甘い声が突いて出た。
 久我が甘い呪縛を受けている間に、いつしか久我のズボンは下ろされ、すっかり元気になった久我の愚息の先端は温かな何かにチロリと舐められていたのだ。
 腹の上の亮の向こう側に、素肌にぶかぶかの白衣をまとった亮がかがみ込み、久我の目を見ながらゆっくりと久我の自慢のそれを飲み込んでいく。
「な……なりさかぁぁああぁぁああ…………」
 情けない声が久我の口から零れ出る。
(成坂が、俺のを、咥えて、る…………、成坂が……、っ、ぁ……)
 こんな状況はおかしい。
 どう考えても変だ。
 そう、頭の片隅で理性ががなりたてているのが聞こえる。
 だが、どうしようもなかった。
 亮に唇を奪われながら、亮におしゃぶりされ、左右の頬に口づけされ、さらに指先は甘噛みされ、柔らかな性器に触れさせられ――
「っ、ぁ、ぁっ、だめ、だ、なりさ、か……ゃめ……っ、ぁぅっ」
 情けなくも久我はビクンと腰を波打たせ、あっというまに達してしまっていた。
「――ぅ……っん……、っけほっ……」
 突如暴発した久我の白濁液を口の中で受け止めた亮は、一瞬驚いたように目を白黒させ少しむせると、照れたように
「のんじゃった……」
 と言って笑った。
(だ…………だあぁぁぁあああああぁぁあぁ!!!)
 ガソリンでも飲んだように久我は火を吹き、そのまま亮たちを押し倒して欲望の赴くまま性交しまくりたい衝動に駆られていた。