■ 5-22 ■



 緊急に招集された第二級理事会はさすがに集まりが悪く、カラークラウンの出席者は全体の半数ほどであり、三重に囲われた馬蹄型テーブルの内の二重目──通称『クラウンテーブル』には空席が目立っている。多忙で知られる部署のクラウン達は軒並み欠席であり、武力局のインカやテロ特のヴェルミリオ、医療局のプラムの顔は当然のようになかった。
 しかし室内の人口密度は低くはない。彼らの代わりに副官以下の主任クラスが出席し、外周を取り巻いている補佐官席が満員御礼となっているせいだ。あまり顔を知らない者が多いのは、副官クラスでさえないさらに下の者が多いからだろう。これでは第二級というよりも第三級理事会に近いとさえいえるのではないだろうか。
 しかしこれは仕方のないことだともシュラは思った。
 招集された翌日に開かれる第二級理事会など今まで有り得ないことだからだ。
 前回のイザ・ヴェルミリオ復帰会議ですら、通達は三日前に行われた。それが招集の翌日とは一体今回はどんなびっくり箱が開けられるのか、嫌な予感しかしない。
 そして実はもう一つ、現在シュラを大いに悩ませていることがある。
 それは三日前の朝、カウナーツ・ジオットの公式アドレスへ舞い込んだ一通のメールが発端だった。
 毎日大量に届く各方面からの連絡事項に紛れ、思わず見落として削除してしまいそうな一通のメール。差出人の名に見覚えはない。
 公式アドレスであるが故に、様々なソムニア用アイテムメーカー担当から新アイテムの紹介やら商品無償提供の連絡など、毎日営業メールが山のように届く。面倒だが必要な連絡も混じっているため、公式メールボックスの整理はシュラ自ら行う毎朝の日課である。
 知っている名以外からのメールの多くはチラ見して副官のアドレスへ転送してしまうため、その短いメッセージもそちらへ混ぜてしまいそうになり、慌ててマウスを滑らせる手を止めたのだが──。
『ジオット様へ。連絡取りたいです。あなたのルクレチアより』
 と書かれたタイトルに、どこのアダルトサイトからのDMかと目を見張った。
 さすがにIICRのクラウン公式アドレスにその手のメールが届くわけはない。
 文面を見れば
『あのバカ帰ってきません』
 とだけ記されている。
 すぐにピンときた。差出人のルクレチアとは、昨日の昼間廊下で会ったテロ特の女の子であり、あのバカとは恐らく久我貴之のことだ。
 あれだけ釘を刺しておいたのに昨日の今日で何があったのかと、頭を抱えながら連絡を取るためすぐさま返信した。
 どうやら彼女は任務前の準備中だったようだがなんとか状況を確認してみれば、文面通り、久我は行方不明らしい。
 昨日の夜何やら思い立ったようにIICRの敷地内地図を持って出かけたらしい──ということだけがわかった。
 昨夜と言えば、セブンスへ何者かが侵入しようとして騒ぎが起きたと聞いている。
 まさかそれが久我なのではと一瞬青ざめたシュラだったが、落ち着いて考えてみれば逮捕されたのはイェーラの人間だったはずであり、所属も研究局で、イザでテロ特の久我とは人物が一致しない。
 しかし久我の携帯にコールを掛けてみても電源が切られていると繰り返されるだけで連絡は付かない。
 とりあえず任務を放棄し無断欠勤が続くことは、久我と師弟関係を結ぶ保護者としてどうにかせねばならない事態である。
 特に久我は出向組だ。三名の狭き門である彼らのうちの一人が職務怠慢をしたとあっては今後の選抜枠が狭まる──もしくは消失するという可能性も考えられる。そんな迷惑を掛けてはいかんと、シュラは胃を痛めながらカラークラウンの人脈と所属部長の任命権をフル活用することにした。
 端的に言えば──テロ特のトップであるシドへ直接電話を掛けたのだ。
 そこで「しばらくそちらの久我とうちの若い奴をトレードしてくれ」と頭を下げてみれば、無愛想なかの友人は何も聞かず『使えるヤツを寄越せ』とだけ返し、あっさりと電話は切れた。
 多忙を極めるシドの仕事を考えれば、くどくど聞く時間などないということなのだろうが、何にせよ助かったとシュラは息を吐いた。
 すぐにでも久我が戻る可能性もないとは言えないが、任務に掛かる時間になっても戻らないというのはどう考えても普通ではない。IICRでの仕事はその辺の学生バイトと一緒なわけもなく、たとえ急病に倒れようと、事故に巻き込まれようと、何をおいても穴を開けないことが要求される。本人が動けないのであればバディーに連絡を取り、代わりの者を用意するのが常なのだ。
我ながら甘いとは思うがどうにも放っておくことができなかった。
『もしかしてもう死んでるんじゃないですかね』
 と、嫌にドライなことを言うメッディに対し、それはないと確信を持って返したシュラだったが、状況が良くないことは変わりがない。
 とりあえず獄卒対策部のうち、ルキと並ぶエース候補の人間をテロ特の任務に向かわせるよう連絡をし、その旨をメッディへ伝えた。『イケメンですか?』とわけのわからないことを聞いてくる彼女との電話をさらりと切り、シュラは立ち上がる。
 次の仕事まで一時間半ほどある。普段ならコーヒーでも飲みながらのんびりやるメール整理の作業を早々に切り上げ、副官へ一声掛けるとシュラは駐車場へと掛けだしていた。
 久我のアパートまで車で片道5分ほどである。そちらへ様子を伺いに行ってみようと思ったのだ。
 だが案の定帰った様子はなく、シュラの胃は切りきりと痛むばかりだ。
 あれから三日が過ぎ、状況は全く好転していない。
「あいつほんと何やってんだ帰ってきたらぶん殴る」
 漏れ出た独り言を飲み込むように、磨き抜かれた黒檀のデスクへ片肘を突き額を掌へ押しつける。
 と、胸ポケットで着信を知らせるバイブ音が鈍く上がった。
 もしやと思い取り出してみると、案の定不肖のバカ弟子久我からのメッセージである。
 タイトルはない。
 急いで文面を開けば、
『ちょっとしたら戻ります』
 という一言だけだ。
 どこで何をしているかどころか、いつ戻るかすら定かではない。
「ちょっ……」(としたらだぁ!? 何考えてんだふざけんなあのバカ帰ったらマジで説教だ!!!)
 思わず大声で叫びかけそれをぐっと飲み込むと、ポケットへ携帯を乱暴にねじ込む。
 それでも連絡が取れたことに安堵の息を吐いたところで、白髯を靡かせ颯爽とした歩みで一人の老人が入室してきた。
 議長を務めるペルトゥロ・ノース・シーだ。
 ざわめいていた室内が潮の引くように静けさを取り戻し、辺りの空気がピンと張り詰めていく。
「なんじゃ、今日は集まりが悪いの。せっかく良い知らせもあるというに」
 深緑のローブの裾を着慣れた調子でさばくと、中央テーブルの議長席に座したノース・シーは辺りを見回し不服そうに鼻を鳴らした。
「しかしまぁ仕方あるまい。今回はまさに緊急事態じゃからの」
 咳払いを一つつくと、歳の割に朗々とした声で第二種緊急会議開始を宣言する。
「本日はいくつかの報告が主で、議題という議題はないと思ってくれてええ。一つは新たな部署の発足とその人事の発表。もう一つは先だっての研究局エリアでの事故の件じゃ。ではここから先は、若いモンに任せる。あー……、レドグレイ」
 ノース・シーの声に応え、その右手に座していた男が立ち上がる。
「今回は研究局長のウィスタリアが諸事情で欠席であるため、どちらも研究局が関わることながら、可能な部分はヴァーテクスからも報告することとした。さて、まず第一議題の新設部署発足の件に付いてだが──。これは前回の会議で出た転生障害解消の為の資材発掘調達を行う部署になる。研究局の管轄に置かれ、部署名は新生樹構築資材調達班──調達班ということでPROCと覚えてもらえば通りがいいかもしれん。聞いての通り部署とは言っても班単位であり小さなものだ。かなりの深層セラへ潜行が必要となるため実力者からなる少数精鋭でチームを組むこととなった。手元に配られている資料を確認してもらえばわかるが、総勢5名。抜擢された者本人と彼らの所属部署・ファミリーらには昨夜遅くではあるが、すでに連絡済みであり、本日付での辞令となっている」
 確かに昨夜22時を過ぎた辺りで、シュラの執務室にも一本の電話が入っていた。
 シュラの第二補佐官であるカイを新部署に寄こせという内容のもので、執務室テーブルで夜食のピザを頬張っていた当の本人はそれを聞いた途端、口から派手にエビとペパロニを吹き出し滂沱の涙を流していた。
 てっきりセラ開発局の探索班辺りがメインで構成されるとばかり踏んでいたシュラにとってもこれは意外な通達で、まぁ寂静だけはするなよと詮無い慰めを口にするしかできなかったのだが──。
「班のトップには現セラ・テロ対策特別局局長のイザ・ヴェルミリオを兼任として抜擢することとした」
 今度はシュラが目を見開く番だった。
 なんなら今口に含んだ支給のコーヒーを吹き出すかと思ったほどだ。
 どうにかそれをこらえ、カップをテーブルへ置くと、焦ったように薄っぺらい資料を捲っていく。いくらなんでも聞き間違えかと思ったのだ。
 だが確かに2枚目の最上段に今レドグレイが言った名と同じ名が記されている。
「嘘だろ……」
 思わず漏れ出た声はシュラのものだけにとどまらず、そこかしこで同じような驚愕の溜息が上がっていた。
 ただでさえ忙殺されているであろうセラ・テロ対策特別局のトップという仕事と、寂静と背中合わせとなり長時間潜行が決定づけられている調達班のリーダーを両立できるわけがない。
「もちろん、この二つの任務を両立することはきわめて困難だ。そこで、セラ・テロ対策特別局には武力局より局長補佐としてフェフ・スプルースを投入することとした。彼女はまだクラウンになって日が浅いが、戦闘力の高さ、戦術の巧みさに掛けては知っての通り実績がある。テロ特チームもヴェルミリオの手腕によりすでにまとまりを見せ、トップの不在も問題ないとヴァーテクスは判断した」
(何があったか知らねぇが、チームが機能し始めたとこでていよく頭だけすげ替えようってとこか。補佐とは言ってるが、実質スプルースへトップ交代するって言ってるようなもんだなこりゃ……)
 ちらりと背後を振り返り補佐官席を眺めてみれば、シドの代わりに出席しているキースは四歳児らしからぬ苦悩の表情を浮かべ頭を抱えてしまっている。フェフと言えば前クラウンのライラックの時代からイザとはあまり仲が良くない。現クラウンのスプルースはまだ4転生目の妙齢の女性であり、武力局本部付き補佐官として誠意溢れる仕事ぶりで知られてはいるが、長年イザの副官としてやってきたキースにはやりにくい相手だろう。
 何より海千山千のシドに比べ、若いスプルースでは役者不足の感は否めない。それでもこれは決定事項なのだからどうにも覆すことは出来ないに違いない。
 この会議にシドもスプルースも顔を出していないところを見ると、現在進行形で作戦中にもかかわらず引き継ぎが行われているといったところか。
「そしてもう一つの報告だが──。先だっての研究局第53号施設付近での事故の詳細についてになる。こちらは研究局から報告してもらいたい」
 レドグレイが目配せすると、補佐官席左翼に座していた一人の中年男性が立ち上がる。
 エイヴァーツ・ウィスタリアの副官であり研究局事務次官を務めるナイン・コラヴィだ。四十代半ばの彼は普段着が白衣の研究者とは思えないほどすっきりとスーツを着こなし、理知的な顔に穏やかな表情を浮かべたままそつなく資料のページを指定する。スマートな語り口には研究局の事務方を全て引き受けるやり手の男らしいと感心させられる。
 彼こそ昼行灯のウィスタリアを補佐し、コードファミリー内だけでなく研究局でもその辣腕を存分に振るっている実質のカラークラウンであると言う者さえいるほどだ。
「研究局事務次官コラヴィです。先の大規模事故についての被害状況と原因についてを報告させていただきます。まず事故の経緯としましては──、リアルタイムで11月11日午前2時21分、研究局エリア第53号施設付近でとある生命体が監視下より離脱。施設の一部を破壊消失させ、その付近にいた研究局員4名と警備に当たっていた警備局の人間12名、計16名を消滅させた形になっています」
 コラヴィが額に零れる長い鈍金の緩い癖毛を耳に掛けながら状況を読み上げると、室内は一気にざわめき始めた。
 実のところあの騒ぎ自体はほとんどの者が周知していた。亮が53号棟をすり抜け研究局施設内を移動し始めた折、かつてない大きな次元振動が起こり、セラ内だけでなくリアルにまで知らせる「第一種警報」がIICR全体に響き渡っていたのである。
 だがその後二日経っても三日経っても事件の詳細が伝えられることもなく、誤報だったのだろうと考える者が多かった中、唯一の情報源である警備局の目撃者辺りから事の経緯が想像と憶測を交えて漏れ出し、一部の者たちの間で都市伝説めいた噂がIICR内部に蔓延していたのが現在の状況だ。
「消滅した者たちは単なる死亡か寂静か──現時点で決定的な確証を得てはいませんが、事故の性格を鑑みると寂静の可能性も否定しきれないとの見解を我々は打ち出します」
 再び議場のざわめきが大きくなる。
 IICRの中央施設で16名の正規職員が全て寂静ということにでもなれば、機構の屋台骨を揺るがしかねない大規模事故といっても過言ではない。
「研究局は一体なにをやっていたんだ! そんな危険な生命体で実験を行うなど、ヴァーテクスは許可を出したのか!」
 そんな野次がどこからともなく上がり、それに煽られ次々と怒号が飛び交い始める。
「警備局の体勢はどうなってる、易々と12名も寂静してしまうなど、職務を全うする力を本当に持ち合わせているのか!?」
「易々ととはなんだっ! 我々警備局にも特殊実験許可の書類は回ってきてはいない。だからこそ今度のような凄惨な事故が起こってしまった。特殊実験許可の申請さえあればこちらもそのように対処できるのだっ! この責任は研究局にある。責を負うならウィスタリアが筋だろうっ!」
「そんな実験を許可したヴァーテクスの見解も聞かねば始まらんっ」
 誰がどの発言をしているのかすら定かではないこの荒れた場内で、高らかに木槌の音が轟いた。
「静粛にっ! これ以上勝手に喋る者はつまみ出すぞっ!」
 脳髄に響くような固い音が連打され、ノース・シーのヒステリックな声が場内を静めていく。
 コラヴィはそのざわめきが収まりきる前に、よく響く低音で事の真相を語り出していた。
「みなさんにお伝えせねばならないことは、これが研究局による『実験』による結果ではないということです。確かに第53号棟は獄卒の蒸散に関する実験を行う施設ではありました。ですが、今回はその限りではない」
 研究局の辣腕事務次官が何を言い出すのかと、場内はその言い訳に耳を澄まし、固唾をのむ。
 あれだけざわめいていた室内が奇妙なほどシンと静まりかえっていた。
「我々が第53号棟で押し進めていたのは実験ではなく『救助』。先の10.19事故に於いて異界へ飲まれた8番目のゲボ──トオル ナリサカを救助するというプロジェクトです」
 これだけの人数のいる部屋で、静けさは耳にいたいほどとなる。
 誰も何も言葉に出来なかった。
 あまりにも予想外の事象が提示されたためだ。
 10.19と言えば、昨年セブンスで起こった未曾有の大事故のことである。
 カラークラウン数名の暴走により真名をも奪われた目覚めたばかりの幼いゲボが、暴走し異界を引き寄せ──そして現実時空の一部をも崩壊させた挙げ句に異界へ落ちていった悲劇の事故のことだ。
 公式の発表でカラークラウンの1名は蒸散刑。2名のカラークラウンが転生刑となり、裁判を担当した1名は共に異界へ落ちたとされている。
 現在も旧セブンス跡には異界の爪痕が残されており、立ち入り禁止区域と定められているのは厳然とした事実だ。
 そんな大事故を引き起こすほどに凄惨な扱いを受けた幼いゲボを救助するため──その為に研究局は動いていたとコラヴィは語ったのである。
 トオル ナリサカが生きている。その発表は議場内にいる全員に間違いなく劇震を走らせた。
(っ──!! マジかよ、何考えてやがる……っ)
 だがシュラは周囲とは別の意味で衝撃を受けていた。
 亮の存在を公にする──。ヴァーテクスはついにその暴挙に出たのだ。
 今までひた隠しにされてきた亮の存在が表に出ると言うことは、亮の生活環境がまた一変するということだ。
 今は病気でこちらで入院している彼だが、快復と共に東京へ戻されるものとシュラは思っていた。だが今の発表があったということは、それ自体が難しくなる可能性が高い。
 亮は再びセブンスへ入ることとなってしまうに違いない。
 亮もシドもそんなことは望んでいないはずだ。
「どこが発信源かは不明ですが、トオル ナリサカが今も生きてセブンスにいる──などという噂もありました。ですが、それは我々研究局がその名をもって否定します。なぜなら彼は異界に落ちそれを救うため約一年余り、研究局はどんな犠牲も厭うことなく、かのまだ覚醒して間もない幼いゲボを救うため日夜尽瘁してきたからです」
「もちろんその許可をヴァーテクスは出している。誰もが知っていると思うがトオルは犠牲者だ。IICRが未だに過去の恥ずべき認識を引きずっていたとされるあの事件を払拭し、旧態然とした体質をただすためにも、トオル ナリサカという子供を助け出さねばというのがビアンコからの言葉だ。つまり、実験ではなく──救出を目的とした活動を、我々ヴァーテクスは研究局へ指示したということだ」
 レドグレイの捕捉に、溜息にも似たささやきがそこかしこで聞こえ始める。
 亮の名はIICR組織内で知らぬ者などいない。百年ぶりに見つかった新たな幼いゲボ。彼を囲っていたのがあの追放されたヴェルミリオであったという事実も、ゴシップ的な意味合いを持ち当時IICRのそこかしこで噂されていた。そしてその幼いゲボを目当てにカラークラウン達が幾人もセブンスへ通ったという話もその噂に花を添えている。
 その後からの大事故はスキャンダラスな面だけでなく実質的な組織改編も伴い、大なり小なり機構の人間なら影響を受けているはずだ。
「残念ながら同時に異界に落ちたとされるソヴィロ・ヴァイオレットを救うことは出来ませんでしたが、異界に強い耐性のあるゲボ種である亮はどうにか自我を保ったままこちらへ引き上げることが出来ました。約三週間前のことです。ですが彼は一年以上にも及び異界の汚染を受けており、いわゆる『鬼子』としてアルマの変異が著しく──そのまま同施設にて医療局との共同で彼の治療を行うこととなりました。そしてその治療の過程で起きたのが先日の事故となります」
(なるほど……。あいつらは何でも利用するな、クソがっ)
 シュラが言葉ない呟きを胸の内で吐き捨てたと同時に、周囲で「ノース・シーの言ったいいニュースとはこのことか」「救出の為の事故ならば仕方がないのでは」「むしろ研究局はよくやったのではないか」「鬼子が相手というならば、警備局の死者も名を残す死ではないのか」などと言った言葉が漏れ聞こえ始める。
 確かに今の発表で中央の威信は保たれ、亮が起こした事故についても亮自身を責める者は公にはいなくなるだろう。全てが丸く収まるようにも思える。
 だが同時に亮の自由を奪う権利と義務をヴァーテクスと研究局は得ることとなる。
 彼らはまるで恩を売るように外堀を埋め立て、亮を囲い込むことに成功したのだ。
 そしてさらに言うならシドを人事で縛ることで彼の介入を阻止しようとしているそぶりも見える。
(亮の事故でまずいことになったとは思ってたが……、嫌な雲行きだぜ)
 シュラは手にしたレジュメをテーブルの上に投げつけると背もたれに身を投げ出し天井を仰いだ。
 現在ビアンコは転生障害問題対策のため、不在が続いている。
 彼がどこまでこの事態を認知しているのかはわからないが、彼がいない今全てはヴァーテクス中心に回っていく。シュラの陳情もまだビアンコにならば何かしら聞いてもらえる向きはあるように思えたが、対するのがヴァーテクスであるというなら全てが門前払いとなるに違いない。
 その後いくつかの連絡事項が読み上げられたが、どれもシュラの頭には入っては来なかった。
 午後の見回りを部下に押しつけてセブンスにいる亮の元へ顔を出してみようかと考えるが、現在セブンスはリフレッシュ期間中であるためカラークラウンとはいえおいそれと立ち入れない状況であったことを思い出す。
「くそ、どうすっかな……」
 あの事故以降、亮のアルマはセブンスに戻されたという連絡をリモーネから受け取っている。今53号棟に行っても亮に会うことはできないだろう。
 しかしどうにかして亮の側に行きたい。
 シュラが難しい顔で考え込む間にいつしか会議は終了し、周囲の者たちはおのおの感想を言い合いながら席を立ち始めていた。
 とにかくシドの状況だけでも確認してみるかと背後の席にいるはずのキースへ振り返ってみるが、既にその姿は忽然と消えていた。
 どうやら満四歳の副官は会議が終わるやいなや、彼のボスの下へすっ飛んで帰って行ったらしい。
「おっさんも苦労してんなこりゃ」
 重い溜息をつきシュラが立ち上がったときである。
 再び胸ポケットの携帯がメール着信を告げていた。
 久我からの連絡かとそれを開いたシュラの目に映ったのは、『リザーブ アクセプト』のサブジェクト。
 どこからどうみてもセブンスからのリザーブ許可の連絡である。
「…………?」
 亮がセブンスに居ることは未だ極秘中の極秘事項だ。
 であるが故にたとえセブンスのリフレッシュ期間が終わっていたとしても亮へリザーブ申請を掛けることなどできるわけもなく、つまりはシュラがセブンスへリザーブを掛けた事実はない。
 どういうことだ間違いメールかと狐につままれたような思いでサブジェクトをクリックすれば、確かに本文にも『カウナーツ・ジオット殿。申請されたリザーブが許可されました。下記日時にセブンス下記ルームへお越し下さい』と記されている。

 そして記された日時と場所は──
『明日 13:00より1ターム。セブンスルームNo.7』

「7階……? クラウンルームじゃねぇか」
 現ゲボクラウンのつんとした鼻持ちならない美少年顔が目の前に浮かぶ。
 そうか、その手があったかとシュラは足早に議場を後にしていた。
 ゲボ・プラチナは何か知っているに違いない。そうでなければ自分にこんなメールを送ってきたりしないはずだ。
 午後の見回り交代を部下へ打診する電話を入れながら、そのままセブンスへと足を向ける。
 電話口で交代の理由と行き先を問われ、しぶしぶ「セブンスへ」と答えるが、根掘り葉掘り聞いてくるジョーイの尋問に嫌気が差し、
「うっせーな、プラチナとメシ食うだけだよ!」
 と若干切れ気味に電話を切っていた。
 亮のこともシドのことも久我のことも、何もかも心配だらけだ。
「あぁもう、胃が痛てぇ」
 せめて昼食は消化の良いものでもオーダーするかと考えながら、シュラはエレベーターへ乗り込んだ。