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薄暗がりで灰色の世界。荒涼とした大地はどこまでも剥き出しの岩盤で、空に浮かぶ九つの月に照らされどす黒く浮かび上がって見える。 風は生ぬるく常に吹き荒れていた。囂々と耳元を嬲る風音は獣の鳴き声のようにも聞こえ、根源的な恐怖を魂に呼び起こす。 腐り落ちゆく世界はこのようなものなのかと、シュラは空をゆっくりと巡る九色の大小様々な月を眺めながら岩場に背を預けた。 投げ出したシュラの足を枕代わりに、亮は丸まって目を閉じている。 亮と奇跡の邂逅を果たしたシュラは、それから後、眠ってしまった亮を抱えたまま、しばらくこの得体の知れぬ空間を彷徨った。 ゴツゴツとした岩に何度も足を取られそうになりながらも視界のきかぬ世界を進み、ようやく風を遮ることの出来そうな岩場のくぼみを見つけたのが半日ほど前。 歩き始めてほぼ丸二日が経った頃だった。 その間、何度かウィスタリアに指示を仰いでみたが、遠くから微かに聞こえた声は不明瞭で、とても会話として成り立つものではなかった。 どうやら亮の意識覚醒度が交信の鍵を握っているようで、少年が深い眠りに落ちている今、外部との接触はほぼ絶たれていると考えた方が良さそうだった。 しかし、こんな強風吹きすさぶだだっ広い荒野のただ中に疲れ切った亮を置いておくわけにはいかず、少しでも落ち着ける場所をと動き始めたのだが、あまりに何もない世界にシュラは嘆息する羽目になる。 彼も長年ソムニアとして様々なセラへ潜ってきた経験があるがしかし、この広さでこれほど何もない世界は見たことがない。 何しろ薄く煙ったような宵闇の世界はどこまで見渡しても同じような黒い大地が広がり、地平線は陽炎のように揺らいで、その先も同じものが広がっているのだと彼に知らしめているのだから。 腕の中の暖かさがなければとっくに音を上げていそうなほど、ここには虚無しか存在しなかった。 二日掛けようやく見つけた小さな丘は柔らかな砂地の上に鎮座しており、ひとまずシュラはその丘のくぼみに身を寄せて、白い病衣をまとった少年の身体を横たえた。 背中に息づく小さな羽根を器用に折りたたみ、横向きに丸くなる亮は、この新たな器官に大分慣れてきたように見える。 己の膝に小さな頭の重みを感じ、シュラは我知らず微笑みながら、こちらを向いて眠る亮の頬を指の背で撫でる。 身体が少しでも痛まないようにと、小さな身体の下にはシュラのジャケットが引かれ、抱きしめたぼろ切れのようなタオルケットに頬を寄せて、亮は安心する香りに包まれたまますぅすぅと寝息を立てていた。 「疲れたよな。いっぱい眠れよ……」 こうして腰を据えゆっくり休ませて初めて気づいたことだが、亮の身体はうっすらと発光しているようだった。呼吸に合わせるように微かに強まったり弱まったりと繰り返され、時折その光の粒子がサラサラと凝縮し、亮の髪や指先、そしてぼろ切れになったタオルケットへ集まっていくのがわかる。 その度に光の集まった部分は僅かながら輪郭がくっきりとし、休息を取ることで少しずつ、少しずつ、亮のアルマが回復しているのだろうとシュラは理解した。 食事を摂らせたり、せめて水でも飲ませてやれれば回復も早まるのではないかと考えたが、この空間にはそんな気の利いたものは何一つ存在していない。このままで大丈夫なのかと最初は不安になったりしたが、シュラ自身、食事も飲料も、睡眠すら取らずに二日歩き回った結果、それらが今の自分には必要ないことに気づいていた。 それがこの空間に起因するものなのか、それとも泉に浮かんだシュラの肉体へウィスタリアが何らかの措置をとっているためなのかはわからない。 だが、このわからないことだらけの場所で、亮を守り通すことがシュラの役割であり望みなのだ。 「寒くねぇか?」 密やかに声を掛けながら、敷いたジャケットの裾を折り返し、小さな羽根を覆うように亮の身体を包み込む。 すると亮の目蓋がわずかに震え、黒い瞳がうっすらと開かれた。 ぼんやりとしたまま誰かを捜すように巡らされる視線に、シュラはすぐさま己の温かな掌で柔らかな頬を撫で、 「ごめんな、起こしちまったか。Si……大丈夫だ、俺がいる」 と甘やかに声を掛ける。 亮はその声に反応し少しだけ首を持ち上げると、その視界に見知った精悍な顔を映し出し、安心したように微笑んだ。 「しゅら……」 と、その笑みに呼応するように、少年の周囲に巡る光の粒子がふわりと広がる。 ふと。視界の端に何か見慣れないものが映ったように感じ、シュラが膝元に目を落とせば、小さな黄色い花が一輪、シュラの膝元で花弁を開いていた。 ヒナゲシに似たその花の薄い花弁は僅かに透け、風にその身をゆらしている。 いつからそこに咲いていたのか──。シュラがこの場に腰を下ろしたときには何もないただの暗い砂地だったはずだ。 水気もない死んだような地に、いつの間にこんな瑞々しい花が咲いたというのだろう。 驚いたように目を見張ったシュラの様子に気づきもせず、亮は嬉しそうに続ける。 「良かった……、も、行っちゃったかと、思った」 「ずっと一緒だって言っただろ? おまえを絶対一人にしない」 シュラの言葉を見上げたまま聞いていた亮は、信じられないと言ったようにパチパチと瞬きを繰り返すと、細い腕をシュラの分厚い腰に回ししがみつく。 セブンスで虐げられていた頃のように力の入らぬ少年の抱擁は彼が弱り切っているということを感じさせたが、それでも嬉しそうにシュラの名を繰り返す亮の様子はシュラの表情を蕩けさせた。 ふわり、ふわりとそこかしこで輝きが弾けた。 するとその光の中心に次々と花が咲いていく。 モノクロの世界がペンキを零したようにさらさらと塗り替えられ、いつしか緑の絨毯が彼らの足下を覆い、白、黄色、オレンジ、水色──様々な色を持つ可愛らしい花が、二人を取り囲むように咲き誇っていた。 丘の麓の小さなくぼみの中だけ、春の日のような麗らかさが訪れる。 「……こ、れは……」 言葉を詰まらせたシュラは、己にしがみつく亮の髪を撫でながら思考を巡らせる。 亮の回復や感情に伴い、この空間は変異していくのかもしれない。 オルタナティブツリーへとリンクするということは、この世の転生システムである生樹そのものと亮がシンクロするということなのだろう。 亮の心の安寧が、亮自身を回復させ、生樹をも蘇らせる──。そうすればおそらく亮の住環境も良いものに変わって行くに違いない。 そんな考えに達し、シュラの声はますます甘く優しく、慈しむように蕩けていく。 「何も心配いらねぇ。俺はもうどこにも行かねぇよ」 「うん……、一緒だと、嬉しい。けど、だいじょ、ぶ。……シュラはカラークラウンだから、だから、仕事、ある、から……」 顔を上げ、自分の感情を押し殺して一生懸命言葉を紡ぐ様に、シュラは心臓を捕まれたかの如く胸が痛む。 こんなに弱り果て、自分の置かれた状況すら理解していない様子だというのに、それでも相手の立場を思い遣ろうとするのは、健気を逸脱し悲壮とすら言えた。 この子はこれまでどれだけ自分を押し殺して生きてきたのだろう。 「もう俺はクラウンを降りたんだ」 「……え?」 思いも掛けないシュラの告白に、亮は身体を起こし、大きな瞳を零れそうに見開いてシュラの顔を見上げる。何か良くないことがシュラの身に起こったのではないかと、少年の顔は心配げに曇り始める。 そんな亮を軽々と抱え上げ、シュラは自分の膝上に向かい合うように座らせた。 亮の表情と呼応するように不穏な風が起こり、小さな花たちが身を震わせている。 それを視界の端に入れながらシュラは敢えてゆったりと深い声音で離す。 「もう何年も仕事漬けだったからな。ちっと休憩だ。クラウンは先輩であるヴォルカンに代わってもらった。対策部は俺より優秀な後輩達がのびのび自分らのペースで動いてる。問題ねぇよ」 「シュラは、今、夏休み、ってこと、なのか?」 季節感も何も関係ない亮の素朴な言葉のチョイスに思わず眼を細め、蒼の守護者は「そんなもんだな」と頷いてみせる。 「俺はもう自由だ。だからどれだけでも亮の側にいられる」 「……どれだけでも……、一週間くらいはいれる?」 「もっともっとだ」 「一ヶ月?」 「そんなもんでいいのか、亮は。寂しいこと言うなよ」 「っ、じゃあ、俺が退院するまで、ずっといられる!?」 興奮気味に声を大きくする亮に、ちくりと胸の奥が痛んだ。 亮が“退院”するということはほぼ不可能なのだ。恐らくこの先何十年も、何百年も──否、もしかしたら人の世が存在する間、何千年と、亮はこの場に縛り付けられる。 亮の言葉はそんな己の状況に全く気づいていないということを、シュラに知らしめた。 そもそもこの不可解な空間にシュラと二人投げ出されている現状は、今までの入院生活とは全く異なるものであると、普段の亮ならすぐに理解しているはずである。 それを記憶の混濁や改変で認識できていないのか──無垢なその希望に、切ない小波がシュラの心を揺さぶった。 「ああ。亮がもういらねぇって言ったってそばに居てやる──」 冗談めかして笑ってみせれば、不安そうだった少年の顔が花のように綻ぶ。 「いらなくなんかならないよ! いつもシュラと一緒がいい」 「本当か? シドが迎えに来たって俺は離れてやんねぇぞ?」 亮を守る──それ以外のシュラのもう一つの任務。 何者かが亮を連れ出しに来た場合、それを撃退し、場合によっては──殺す。 例えそれが友人だとシュラが思っている男であろうとも──、亮が慕い恋している男であろうとも、だ。 こんな状況の亮に言うべきことではないとわかってはいるが、それでも──、覚悟としてそれを亮に伝えておきたかった。 もし最悪の状況が訪れた場合、本当に亮はシュラを遠ざけるかもしれない。 だが、自分が亮から忌み嫌われる存在に成り下がったとしても、亮が消えてしまうより何百倍も何千倍もマシだ。 寂静さえしなければ、殺した男はまたここへ戻ってくるだろう。 そしてその度に自分は男を殺すつもりだ。 それは亮がこの樹の呪縛から解き放たれ、本当に翼を無くしたとき──。ヒトとしてここでなくても生きていけるようになり、男に亮の身を託せるその時まで、永遠に続ける。 百年後に自らの肉体が溶けて消えたとしても、アルマだけでもしがみついて、真実、亮が笑顔でここを離れられるまで、シュラは何者をも退ける。 その覚悟を持ってシュラはそう亮に告げていた。 「シドは、迎えになんか、こねぇもん……」 だが不意に亮の表情が沈み込む。 自分にとっては覚悟を持っての宣言だった。しかし、亮にとってシドの名は笑顔の元だと信じていた。それが思惑とは違い、なぜかつらい眼差しへ変えさせてしまう。 瞳を伏せた愛しいこの子に、どう返すべきかと一瞬口をつぐんだ。 「シドは忙しいから、オレのとこには、もう来ないんだ」 「っ、んなことはねぇだろ。おまえの見舞いだって何度かは来てんだろ?」 シュラの問いかけに小さく首を振った亮に、愕然とする。 亮が樹根核に来てからそろそろ二ヶ月は経とうとしている。その間、あの亮バカの男が一度たりとも顔を出していないというのだろうか。 いや──、実際は来させてもらえなかったというのが正解なのだろうとシュラは気づく。 PROCの班長に任命されたあの男が常に深層セラへ潜らされていたのは、おそらく亮と遠ざける目的もあったのだろう。 粗野な癖に聡いあの男のことだ。樹根核の状況を見れば何か察してしまう可能性もある。 それを危惧したヴァーテクスは方針としてシドをここへ近づけないようにしたに違いない。 だが、それでも来いよと怒りが湧く。 あの男を知らない者が聞けば理不尽な怒りだと思うかもしれない。だが、シド・クライヴがどんな人間か熟知するシュラには、全く納得がいかないかった。 彼は自分の決めたことの為には、たとえどんな障害が上からのし掛かかろうとも、全てを突き崩して動く人間だ。 自分勝手。唯我独尊。傍若無人。言葉は何でもいい。 こと成坂亮に関して、手の届く位置にありながら動かないなど、あの男に限っては有り得ないことだった。何をぐずぐずしていたのかと、殴り飛ばしてやりたい。 「それに、オレ、もう……いらないから。オレは役目が終わったから、消えなきゃだめ、なんだ」 こぼれ落ちる亮の言葉はシュラの考えの範疇を超えたものばかりだ。 役目が終わった──。もういらない──。消えなくてはならない──。 この情報はどこから与えられたものなのか。 ウィスタリアやビアンコが伝えたとは考えにくい。彼らにとって亮は必要不可欠な存在だ。亮を必要のない者だと言い切るその人物は恐らく一人しかいまい。 その人物が誰か思い当たった瞬間、シュラはその残酷さにうめき声を上げそうになった。 亮にこの言葉を伝えた人物。それは恐らく、上泉秀綱。──亮の父親だ。 亮は全て知っている。 自分が何者であり、何を望まれているのか。 今の亮のアルマは壊れかけ、自らを守るためその情報にマスキングを掛けて混濁状態であるが、回復してくれば自ずと記憶ははっきり蘇る可能性が高い。 「そんなわけはない! 亮の役目は元気に毎日を幸せに生きていくことだ。そいつは間違ったことを言ってる」 荒ぶりそうになる声を必死に抑え、淡々と言葉を紡ぐ亮の瞳を覗き込む。 だが亮は哀しげな瞳をゆらしたままかぶりを振った。 「オレは、ヒトゴロシ、だし、きっと、もう、オレは、いらないから、だから、シドは、迎えに、来てくれないんだ」 「っ、そんなことはないっ! そんなこと、言うな。おまえは……」 「あぁ……そっかぁ。バカだな。オレ、退院しても、帰るとこ、なかった、んだなぁ……」 瞬く間に周囲の花々が萎れ始め、青く茂った草地も黒ずみ化石となって砂に帰していく。 寂しげに微笑った亮の髪が、頬が、唇が、光を失いさらりと流れ出す。 灰色の粒子は砂の崩れるように儚く散り、空間の薄闇に溶け落ちていく。 持ち直そうとしていた亮のアルマが、恐ろしい速度で崩れていくのがわかった。 絶望と哀しみが亮のアルマを殺すのだ。 シュラの全身が恐怖で怖気だった。 「亮っ! 亮っ、聞けっ、おまえの帰る場所は、ここだっ、俺の側だっ! 俺のことだけ見ろっ、俺の声だけ聞けっ!」 叫ぶように言い募ると、腕の中で崩れようとする亮のアルマを抱きしめる。 頬を両手で抱えると、瞳を合わせ、額を擦りつけ、その小さな頭を抱え込んで頬を擦り寄せる。 その間も、さらり、さらりと微細な粒子が流れ落ち、亮のアルマは少しずつ少しずつ軽くなっていく。 「おまえが居なきゃ、俺は生きてる意味がねぇっ、ここに居ろっ、俺の腕の中に居ればいいっ! ずっと、ずっと、永遠に、誰にも、あいつにだって渡さねぇっ! 好きなんだ、亮。おまえが誰よりも大切なんだっ。だから俺を置いていくな。俺と一緒に生きてくれっ!」 血を吐くような叫びが腹の底から吹き出して止められない。 蜻蛉のように薄らいだ亮は不思議そうな表情でシュラのことを眺めていた。 そうして、ふわりと儚く微笑んだ。 その瞬間、糸の切れた人形の如く、がくりと力を失い背後に倒れ込む。 反射的にシュラはそれを受け止め、力一杯抱きしめていた。 全身がガクガクと震え、歯の根が合わない。指先が氷のように冷たくなり、思うように動かない。 腕の中の温もりが次の瞬間、霞の如く消えてしまうのではないかという恐ろしい予感が全身を支配し、心臓も脳も何もかもが破裂しそうだ。 いつしかシュラの口からは「亮」という名だけが何度も狂ったように漏らされ、ひたすら小さな身体を抱えながら震え続けた。 だが、その恐ろしい予感が現実になることはなく、代わりにどこかから壊れたAMラジオにも似た不明瞭な音質で、知った声が響いてくる。 『クラウドリングの深度を、MAXまで深めた……から、少し、落ち着くはずだよ。ただ、目が覚めても、まともに会話に、ならない可能性が、……る』 この二日半、聞くことの無かったウィスタリアの声だ。 逼迫した状況も音声でモニタリングしていて、外で何か手をうったと言ったところだろう。 震える息を吐きながら、腕の中の少年の様子を確かめる。 亮は先ほどよりも随分と薄暗い輝きを弱々しく明滅させながら、ぐったりと目を閉じ眠っているようだった。 『シドさんの名前は、今の亮くんには……強すぎるんだ。だから、もうその名前を亮くんに、聞かせないで、れないかな……』 「うるせぇ」 『…………ジオット、僕らは、亮くんのことを、思って』 「うるせぇって言ってんだよっ。俺は、俺も、お前らも、こいつの父親も、……あのくそ馬鹿男も、みんな許さねぇっ。どいつもこいつも、今すぐくたばって亮の前から消えちまえばいいっ」 呻くように言い捨てたシュラの言葉に、返される音は何もなかった。 亮の意識が途切れて通信が途絶えただけなのか、それともシュラに対し声を掛けることすらためらわれたのかはわからない。 再び死の砂地に逆戻りした窪みの中で、シュラはただ腕の中の温もりを確かめるように。そして消さないように──、抱きしめ続けた。 小さなハンカチ程度に成り下がったタオルケットの切れ端を地面から取り上げると、亮の手に握らせる。 それはいつも恐怖や寂しさからささやかながら亮を守り続けたシェルター。ノーヴィスの置きみやげであることをシュラは知っている。 もはやその本体は血にまみれ元の様子を保ってはいないが、それでも亮は自らのアルマで己の逃げ場を作り続けている。 おそらくきっと、この“ライナスの毛布”すら具現化出来なくなったとき、亮のアルマは消えてしまうのだ。 明けない夜のただ中で、シュラは両の蒼眼を見開いたまま小さな身体を抱きしめ続けた。 何もかもが許せなかった。 怒りが怒りを呼び、この世の全てを呪った。 吐く息は黒く澱み、眼光は爛々と輝いた。 この子を脅かす者は皆滅びればいい。 この子を泣かせる者は皆焼き尽くしてやる。 この子を俺から奪おうとする者は皆、俺が殺す。 どのくらいそうしていただろうか。 数分のような気もするし、十数時間が経っていたような気もする。 薄暗がりと生ぬるい風は変わることがなく、時間の感覚は麻痺してしまっている。 だが、瞬間、シュラは亮を強く抱き寄せると、右足に一気に力をたわめ、砂地を蹴って小さな丘の窪みを抜け出していた。 同時に背後に黄金の閃光が瞬く。 2秒遅れて爆風が巻き起こり、シュラは亮を胸に抱えたまま転がるように受け身を取った。 すぐさま体勢を整え振り返った彼の頭上から同じ閃光が降り注ぐ。 後方に空転しながらそれを避けると、左足の先から蒼く燃えさかる炎の巨塊を蹴り出していた。 ワゴン車一台は軽くありそうな炎の塊は音速を持って相手に迫る。 しかしそれがすんでの所でかわされたのを、着地しながらしかと確認する。 頭上に巨大な翼を持つ青年が浮いていた。 十数メートル上空で浮かぶ彼は黄金の巻き毛と白い肌を持つ年若い美丈夫だ。 6対12枚の白い翼を持つその青年のフォルムに、シュラは酷く嫌な感覚を覚えた。 この翼の形状を、自分はよく知っている。 腕の中で眠り続ける亮の顔を見下ろすと、再び巻き毛の青年を睨み上げた。 |