■ 5-62 ■





 肌寒さに身を震わせ、すぐ近くに感じる熱源へ身体を擦り寄せた。
 包み込む少し煙たい香りを胸一杯吸い込むと心地よい安堵感で再び眠りの淵へ落ちていく。
 寄せては返す緩やかな波にも似た震動は、すがりついた熱い何かから直接亮の皮膚に染み込んでくるようで、とろとろと意識が溶け出してしまいそうだ。
 泥のように重たい身体。何も考えられない心。
 疲れ切った亮の全ては近頃とんとご無沙汰だった安らかな旨寝に貪欲で、寒さなど素知らぬふりをして眠りの水際から上がりたくないとだだをこねる。
 しかしそんな抵抗も空しく、遂に意識は浮上し亮は重い瞼を持ち上げた。
 目の前が暗いのは、自分の身体が何者かに抱きしめられ、その頬を熱い身体へ押しつけられているせいである──、と気づいたのは、その囲いを解いて身を起こそうと奮闘した辺りだ。
 亮の肩と腰に回された太い腕は頑なに亮の身体を放そうとはせず、両手両足を駆使しそれでも駄目となるとしまいには背中に新しく出来た器官である小さな羽根を使ってまで、どうにかその囲いから逃れることに成功する。
 そして室内を充たす淡い光に照らされた彼の顔を確認し、亮は丸い目をさらに丸く見開いた。
 ここで初めて亮を捕まえて離さなかったのはシドの腕だったということを知る。
 しかしわずかに首を傾げて、亮はうずくまるように眠るシドの頬へ指先を伸ばす。
 少し触れただけで、亮はビクリと指先を跳ねさせ、続いてそろそろと彼の頬を包み込んだ。
 こんなにしても目を開けない時、シドは大抵もう起きていて亮に対し何か意地の悪いことを考えているのが常なのだが、今日のシドがそうではなさそうなことに亮は気がついた。
 触れた手のひらが焼けるように熱い。
 イザ能力の為、表層体温の極端に低いシドの体質からはありえない熱がジンジンと伝わってくる。
 抱きしめられて眠っていたとき、あの慣れ親しんだ少し煙たい香りでシドの存在に気づかなかったのは、包み込んだ体温の差なのだろうと亮は理解した。

「──。」

 名前を呼ぼうかとも思ったが、声を出した途端目の前から消えてしまいそうで、亮はただひたすら紫黒色のシーツに埋まるシドの顔を眺めた。
 このシドは本物なのだろうか。
 いつものようにここは夢の中で、目が覚めるとまた白いベッドの上、入ろうとする度に足がすくんでしまう処置室へ自分の弱さを叱責しながら向かい続ける日々が始まるのではないのか。
 連絡の取れないシドのことを考えながら、ひざをかかえて過ごす日々はとても寒い。
 熱い頬を撫で汗で貼り付いた赤い前髪に触れると、亮は二度瞬きをし、顔を上げた。
 たとえ夢だったとしても、このままでは駄目だと思ったからだ。
 シドが熱を出している。それをこのままただ眺めているわけにはいかなかった。
 何か冷やすものを見つけようと思った。
 見回してみると、そこはとても広々とした部屋だ。
 シドが寝ていても十分余裕のある大きなベッドは一段高い位置に造られている。
 天井は圧迫感を感じないほどに高い。
 正面側の壁にはアーチ状の大きな窓が三面、左手には同じような窓が二面取られ、垂らされたカーテンの隙間から日光の帯が伸びていた。
 ブルーグレーを基調とした壁や柱は石造りで、床にはゴブラン織りのカーペットが敷き詰められており、いくつかのテーブルやソファーのセット、窓際にはチェス台なども置かれているようだ。
 右手にダイニングテーブルらしきセットが見えたため、亮は抱えていたタオルケットから手を放すと裸足のままカーペットの上に足を降ろした。
「っ!?」
 そこでやっと自分が何も身につけていないことに気がつき、慌ててもう一度タオルケットを手に取ると、とりあえず肩からそれを掛けぐるりと身体に巻き付けてみた。
 ちらりとシドを見るとシドも同じく裸のまま、汚れた毛布を腰の辺りに引っかけただけのようだ。
 ここがどこでこれがどういう状況なのか、全くわからない亮だが、ダイニングセットの向こうにはきっとキッチンのようなものもついているに違いないと当たりを付ける。
 思い出したくはなかったがセブンスの自室も似たような造りだったから、部屋の構造は見慣れている。
 紗の掛かる柔らかな光の中右手に進むと、案の定ダイニングの向こう側に白い石造りのアイランドキッチンが浮かび上がって見えた。
 真ん中の広い作業台の上には香辛料らしきものの入った硝子ポットが物々しく並び、その中央で流し台に向け鎌首をもたげた真鍮製の蛇口が鈍く光って見える。壁側にL字に作り付けられた台の一部には釜戸やオーブンなど火元が設えられていて、この一画でかなり本格的な調理が出来そうであった。
 キョロキョロと見回すと、壁側一番奥に一見すると一人暮らし用の小型冷蔵庫のような木箱が目に留まった。
 扉が上下に二枚着いているようだ。まずは広めの下扉を開けてみる。
 中には硝子の瓶が5本、ワインのように寝かされ美しく段を組んで仕舞われていた。中に入っているのは水だろうか。
 一本を手に取るとひんやりとした感触。
 どうやら見た目通りこれは冷蔵庫らしい。
 亮は手に水を持ったまま、次に期待を込めて上の扉を開けてみた。
 だがそこで困ったように眉を寄せる。
 確かにそこには期待通り『氷』が収まっていたが、それは一抱えもありそうな大きな氷塊でこれを割るのには道具が必要だ。
 下側から覗き込んでみれば上室と下室は金属の網のようなものでつながっていて、上の氷により下段を冷やす仕組みになっているらしかった。
 その為融けた水を排水する溝が仕切りの壁から下段の壁際に向けうまい具合に掘られている。
 これは上の氷を割って持って行くのは考えた直した方がいいに違いない。──そう考え、亮は手に入れたよく冷えた水を頭上の棚から取り出した陶器のボウルに注ぐと、同じく引き出しから引っ張り出した布巾のような布きれを浸してベッドへと引き返す。
 わずかに早足になりながらぼんやりと浮かぶ部屋の中を進み、ベッドサイドの台にボウルを置くと、冷えた布を固く絞ってシドの額に乗せてみた。
 広いベッドであるが故に、亮もマットレスへ乗り上げてシドの顔を覗き込むしかない。
 汗の滴る額や頬を拭ってみたところで、亮はようやくシドの身体のあちこちが焼けただれていたことに気がついた。
 腕も頬も胸から腰に掛けても長い足も──、よく見れば赤黒く爛れているように見える。しかも脇腹の一部は火傷に加え出血もしているようだった。
 室内が暗いせいでよく見えなかったのだが、あのシドが高熱を出しているということはかなりのダメージを受けているに違いないと悟る。

「っ……、シド……」

 ためらっていた名を思わず呼ぶ。
 だがシドは目を開けない。
 いつもしているかどうか疑うほど静かだった彼の呼吸が、今は苦しげに荒い。

「……シド、っ、シドっ!」

 一度その名を口にしてから、亮は堰を切ったように何度もシドの名を呼んだ。
 キッチンからありったけの布を取ってくると冷水に浸し、赤く爛れた肌の上に繰り返し貼り付ける。
 陶器のように白く滑らかだった彼の肌が、熟れた果物の表皮にように爆ぜ、内側からとろりと液体を滲ませていた。
 短く切り取られた髪が実は焼けた故の結果だということにも気づく。
 あのシドがどうすればこんな状態になるのか、亮には見当も付かなかった。
 どんな恐ろしいセラに潜っても、どんな禍々しい煉獄生命体と対峙しても、どんな人外のソムニアと相対しても、これほどに傷ついた彼を見たことがなかったのだ。
 これは夢なんかじゃない──。その感覚がじわじわと亮の中で固まり、ぼんやりと煙るようだった思考のエッジがカッキリと立ち始める。
 状況がまったくわからない。
 だがシドを助けなくてはいけない。
 見回してみても辺りには誰も居ない。
 身体が不調の時いつも助けてくれた秋人もレオンもリモーネも、一緒に策を考えてくれるだろう頼もしい友人であるルキも居ない。
 誰か助けてくれとここで叫んだとして、彼らが飛んできてくれる可能性はあるのだろうか。
 亮にはそんな情景が見えなかった。それどころか、見覚えのないこの場所で騒ぐことは要らぬ災いを引き寄せる可能性の方が大きい。
 熱いくせに寒さに震えるシドの身体を包み込むように、自分のタオルケットをシドへ巻き付け、腰元でわだかまった毛布も身体へ掛ける。
 他に何か身体を温める物がないのかとぐるぐると室内を見回し、左手角に暖炉を見つけると、亮は飛んでいって薪をくべ火を点けていた。
 近くのチェス台上にマッチが置いてあったのは助かった。少し前まで燃えていたかのように暖炉に熱が燻っていたのも僥倖だ。
 自分の身体に巻いていたタオルケットをシドへ貸してしまった今、一糸纏わぬ素肌の亮は、己の羽根を前へ回し込むことでわずかな暖を取りながら、燃え始めた暖炉に一息ついた。
 すぐ横にある大きな窓へ近づき、重たいカーテンからそっと外を眺めると、眼前の硝子窓に大粒の雨が叩き付けられ流れ落ちていく。
 激しい雨のせいでその先の景色はモザイク画のように蒼一色となり何一つわからなかったが、強く叩き付ける雨粒にも関わらず、空は明るく光っているようだった。
 雷鳴が懐っこい動物のうなり声にも似て、遠くに近くに重ねて聞こえる。
 ここはもしかしたら樹根核ではないのかもしれない。
 初めて亮はそう感じた。
 亮が過ごした数ヶ月の間に、樹根核でこんな土砂降りになったことも雷が鳴ったことも一度とてなかったからだ。
 今一度暖炉を確認すると、大きな火炎が燃え盛り、側に居るのが耐えられないほどの熱気が吐き出され始めていた。
 ベッドへ引き返した亮は、血と血漿で汚れた熱い布きれを再び冷水で洗い清め、シドの肌へ巻き付ける。
 額を触ればじんと痺れるほどの熱が伝わってきて、亮は何度もシドの名を呼んだ。
 水を何度も入れ替え、空き瓶に蛇口から水を注ぐと冷蔵庫で冷やし、繰り返し、繰り返し、亮はシドの世話をする。
 それでも下がる気配のない熱に、亮は己の手首を見つめた。
 知られれば絶対に怒られるだろうが、もしこのままシドの容態が変わらないようならゲボの血でシドの回復を促すしかないと思ったからだ。
 キッチンから持ち出したナイフもすでにサイドボードへ置かれている。
 それからまた数時間が経過し、明るかった室内は次第に光量を失い、闇夜に沈んでいく。
 雨の音はいつの間にかやんでいた。
 部屋を照らすのは暖炉で揺れるオレンジの炎のみで、黒く伸びた家具の影が幻のように揺らめいて見えた。

「シド、怒るかもだけど……、別に怒ってもいいや」

 言い訳のように呟くと亮は青ざめた頬に僅かに笑みを浮かべる。
 手にしたナイフを滑らせれば、細い手首から綺麗な赤がするするとにじみ出た。
 亮はそれを自らの唇で吸い上げ、そのままシドの唇にそろりと重ねる。
 次にボトルから水を含み、シドの喉に流し込む。
 血と唾液──、セブンスに居た頃カラークラウン達が欲しがった亮の体液を、なるべくたくさんシドへ摂取させるため、間に水を挟んで注いでいった。
 もちろんクラウン達が欲しがったものの一番は亮の精液だったのだが、今の亮にはそれを生み出す気力も精神力もなかったし、異神を呼び出すのは血液がメインということはきっと血液さえあれば大丈夫に違いないという、本能とも呼ぶべき勘に従い繰り返しその行為を続ける。
 ゲボであることの証で手首の傷はすぐにふさがってしまう為、何度も同じ場所を切り裂き、亮はシドに口づけを繰り返す。

 夢を見ているようだと思った。

 シドがこんなに大変な状態なのに、こうして目の前に居て触れられて、キスできる──。
 その事実が、あんなにぽっかり空いていた亮の胸の穴を全部うずめていく。ふさぐのではない。中心の中心まで暖かくぽかぽかと埋めてしまうのだ。
 こんな状況でも亮の当たり前の中には、シドが死ぬ──という事象は存在しない。
 地球が太陽の周りを回り、月が地球の周りを回るのと同じに、シドは強くて、強いから絶対にこの世界に居つづける者なのだ。
 だから亮はなんの迷いもなく重傷のシドを治療し、来たるべき戦いに向けて準備をする。
 ここにシドが居ることは確かで、それだけが今の亮の救いだ。
 シドは向かえに来てくれた。
 亮を迎えに来てくれたのだ。

「まだ寒いか?」

 亮は一通り当てた布を取り替えるとそれでも震えるシドの様子に、自らも毛布の中へ潜り込んでシドの身体を抱きしめる。
 少し暖めたらまた布を取り替えて、亮の血を飲ませようと思う。
 きっとまた誰かが自分たちを連れ戻しにやってくる。
 IICRは暴走して人を殺してしまった亮が樹根核から出るのをきっと許していないだろうし、それを連れ出したシドは警察局に連れて行かれるに違いない。
 自分の元に来いと言っていた父も、どこかで亮を見張っているのだろう。
 それまでにシドも自分も万全にならなくてはいけない。
 自分が何者で、周りから何を期待されているのか──。
 まだらに残る記憶の端々を結びつけ、亮は少しずつ理解し始めていた。
 今こうしてシドと一緒に眠っていることが、嘘のような奇跡だと言うこともなんとなくわかった。

 早く目を覚ませばいいのに──。

 そう心の中で唇を尖らせつつ、この部屋で太陽は三回昇り、宵闇は三回訪れた。
 不思議とお腹は減らなかった。
 トイレに行くこともなく、眠ったのかどうかも定かではない。
 シドの身体を暖めるため懐に潜り込んだときにウトウトしたかもしれないが、それも数分のことだったろう。
 四日目の太陽が昇ったときだ。
 額の布を取り替えていた亮の眼下で、白い瞼が微かに震え──朱みの強い琥珀の瞳が覗き込んだ亮の顔を映し出す。
 亮はパチパチと瞬きし、「目、覚めたのか?」と明るい声を上げる。
 良かった──と、言葉に出し微笑もうとした亮の言葉はだが、最後まで発することをゆるされず、代わりに恐ろしい速度で伸びてきた腕に抱き込まれてしまう。
 何が起きたのかと藻掻く亮を抱え込んだまま、先ほどまで死人のように眠っていた男は、体を返し、亮を紫黒のシーツへ縫い止めていた。

「シ……」

 名を呼ぼうとした呼気ごと飲む込むように、シドは亮の唇を奪い、深く強く合わせていく。
 苦しさに押し返そうとする細い腕を片手でまとめると、獣の如くぎらついた目を見開いたまま角度を変え幾度も小さな唇を貪り、唇をわずかに合わせたまま亮の名を何度も呼んだ。
 吐息に混じり、囁くように。乾ききった喉を潤すかの如く。
 貪食のような大人の口づけにおぼこい少年が耐えられるはずもなく、あっという間に亮は息を荒げ、シドの与える快楽の波に飲み込まれていく。
 少しだけ熱の下がったシドの身体はそれでもまだ熱く、これは本当にシドなのかと亮は何度も彼の顔を見上げ、本物の狼以上にぎらついた狼眼の強さに当てられ、食らわれる獲物の従順さで抵抗することすら封じられてしまう。

「し……っ、ん……、ゃ……、ぁっぃ……ょ」

 唾液を絡め少年の内側に侵入を果たした長い指先は不埒に蠢き、翻弄される亮は甘い吐息が出るのを抑えきれない。
 耳朶に舌を差し込まれ、首筋に歯を立てられ、胸の飾りを幾度も弾かれ味わわれると、その度「ひん……っ」と情けない声がこぼれ落ちる。
 乱暴なまでに粗雑に亮の身体を押し開き、慣らすこともそこそこにシドは亮の中にその身を埋めていった。
 強い快楽と身体を引き裂く痛みに亮がイヤイヤを繰り返す度、喉の奥に唸りを溜めたシドは少年の白い肌に噛み付き、跡を残す。
 まるでおまえは自分のものだと再確認させるかのように。
 逃げ出した獲物を再び捕らえ租借するのにも似ていた。

「ぃっ、……シドぉ、っあっ、ぁっ、……ぁっ、ゃぁっ!」

 不意に獰猛に動いていたシドの身体が固まった。
 剣呑な光を瞳の奥に留めたまま、自分の下で藻掻く亮を見下ろす。

「シ、ド……っ、バカ、なんだよ、バカぁっ!」

 突然の凶行に潰されていた少年は、動きを止めた相手に対しとりあえず単純な言葉での反撃を試みたらしい。
 シドは動きを止めたまま不思議そうに亮を眺め、次に確かめるように、問いかけるように、また低い声音で亮の名を呼んだ。

「なんでいきなりこういうことすんだよ、バカシド、エロシドっ、病人のくせに盛ってんなっ!」

 亮がシドの名を呼び何度も少ない語彙で貶めた時――。
 今度こそシドは震える息を深く吐き出し、亮の上で崩れ落ちていた。
 そのまま小さな身体を折れんばかりに抱きしめる。
 熱は下がりつつありもう寒くはないはずのシドの身体が、ぶるりと震え、顔を上げると愛しげに亮の頬を手のひらで包み込む。

「亮――。とおる、なのか。俺の……、っ、……もう一度、呼べ。俺の名を、もう一度」

 身体だけでなく、声すら震えているように聞こえた。
 シドのこんなに弱った声を聴いたことはなかったし、こんなに不安げな目をしたシドを見たこともなかった。
 不思議なものでも見るように小さく首をかしげ、言われるまま亮は口を開く。

「……? シド? ……どうしたんだ? 熱で変になったのか……」

 言い終わる呼気を掬われそのまま再び唇を奪われ、今度は甘やかされるように、何度もキスをされた。
 亮がそうされるのに弱いことを知っている手管で、これ以上悪態をつけないほどに。
 もう亮は甘い鳴き声を上げ続けるほか何も出来なかった。
 奥の奥まで冷たい楔を穿たれ、ゆっくりと揺さぶられる。
 次の瞬間。
 ごちゅんとあり得ない鈍い音が亮の内側で響き、さらに奥の、亮の知らない入ってはいけない部分に、シドは入り込んでいた。

「ぇぁっ……? ぁっ、…………っ、ぁ……??」

 ずぶりとさらに奥まで埋め込まれ、熱いほとばしりが注ぎ込まれる。
 その瞬間亮の身体は生理的に跳ね上がり、幼い自身からは何も吐き出さないまま、目の前がバーストするような強すぎる快絶に全身を痙攣させていた。
 突き出してしまった舌先を冷たく肉厚な舌に絡め取られ、口内に収まりきらない口づけと共に逃れられない快楽を教え込まれる。

「ひ……、ぁっ、ぁっ、ぉく……、らめ……、も、なんれ? なんれ?……、しろ、おなか、いぱい……、ぉく、むり……、っ、っ、ぃぁ……っ、ひんっっっ」
「亮……、っ、亮……、」

 幾度となく注ぎ込まれ、針飛びのレコードのように繰り返し名を呼ばれるたび、甘い声音に亮の芯が熟れた熱で震えた。
 ただただ気持ちよく、ぐずぐずに溶け崩れてしまいそうで、恐くて涙がこぼれる。
 今まで自分ばかりがシドを好きだと思っていたけど、今日はシドの方が亮のことをもっと好きなように感じる。
 甘くて、甘くて、苦いほどだ。
 今までシドにされてきたどんな意地悪より意地悪なその行為は、日が昇りきり、そして部屋をオレンジに染めてからもやむことがなく、亮とシドが意識をなくして紫黒のシーツの海に沈むまで繰り返される。
 静かな夜に遠くから潮騒が聞こえていた。