■ 5-8 ■



「冷静そうに見えてクソ短気なあのハルの性格知らない訳じゃねぇだろ。側近の癖に命知らずだなおい」
「俺はラシャの側近じゃねぇ。ヴェルミリオのだ。ってか、あんなに怒るか大先輩に対して!? ちょっと触って減るもんじゃなし」
「減ったのはあんたの髪だな」
 朱い坊主頭をざりざりと撫でさすりながらキースは「俺が四十代だったらもうコレ復活してねーな」と幼い顔を情けなくゆがませる。
「で? 一体どういうことなんだ。事情を知ってんだろ?」
 シュラは防炎素材の安っぽいソファーに背を預け、本題に入るとでもいうように声のトーンを一段落とした。
 フロアの外れ、非常階段からほど近い小さな喫煙スペースは、外部と淡いスモークガラスで区切られており中にいる人間を目立たせることがない。がその反面外から近づく人間を発見するのはたやすい構造となっている。おまけにガラスで仕切られているため会話は外へ漏れない。
 このスペースは内緒話にはもってこいの場所であり、ここへ自分を誘ったと言うことはキースもそのような思惑あってのことだろうと、シュラはそう考えている。
 右手側には大きく窓が取られていて、IICR本部32階からは晴れ渡った空と美しい森が遠くまで続いているのがよく見える。だが少しだけ開けられた窓からは底冷えするような冷たい風が吹き込んでいた。
「おまえはどこまで聞いてるんだ、ジオット。ヴェルミリオとは連絡取ってんだろ?」
 向かいの一人掛けソファーに身を沈めたキースは身体が小さいせいで若干ふんぞり返り気味になりながら、ポケットから取り出したチョコレットシガーをガジガジと噛みしめる。
 本当に持ってんのかよ──と半ばあきれ顔でそれを眺めながら、シュラも懐から取りだした煙草を一本くわえ火をつけた。
 紫煙は風に煽られ微かに渦を巻いた。
「連絡なんか取ってねぇよ。あいつがそんなことする珠か」
「亮ちゃんのことで散々世話になったんだろうに、相変わらず不義理な男だな、キングは」
 思わずシュラは目を見開き目の前の幼児を眺めた。この男はどこまでシドと亮周りの事情を知っているというのだろう。さらに言えば自分が亮と関わっていたことをこの男に話した覚えはない。シュラは若干の警戒を含んだ視線をキースへと寄せる。
「おっさん、そりゃどういう意味だ……」
「意味だぁ? 警戒した言い回ししやがって。そもそも有名な話だろ? 去年一番ホットな話題だったはずだぜ。ジオットがヴェルミリオの愛人寝取って入れあげてるって──そりゃもうIICRの上の方じゃそのネタで持ちきりだったじゃねぇか」
「・・・・・・・・・。」
「そんでプラムと別れたんだろ?」
「・・・・・・・・・大筋間違ってるし、最後だけ当たってるのも疳に障るが、情報源は何となくわかった」
 あの修羅場の現場にいた金髪ポニーテールのにやけた顔を思い出し、シュラは後でどうしてくれようと拳を握りしめる。
「俺の話はもういい。今はあのバカのことだ。あいつは何考えてやがる。まったくわけがわからねぇ。あんな事件起こしといてクラウンとして復帰するなんてありえねぇだろ。第一東京には一緒に事務所開いてるパートナーだっているんだし……」
「亮ちゃんもいるし──か?」
「っ──!?」
 シュラは瞠目した。
 この男は真実どこまで知っているのだろうか。
 八番目のゲボ・成坂亮はセブンス崩壊時に異界へ飲み込まれてしまった──。それがIICR内の常識であり、公式の文書に記された絶対的事実とされている。
 それはカラークラウン内でも同じことで、ごくごく一部──当時現場に居合わせた数名の者たち以外真実を知るものはいない。ビアンコから直々に箝口令が敷かれているのだ、それが外部に漏れ出す心配はまずなかった。
 だがキースの今の口ぶりでは成坂亮がまだ生きていて、それもシドの元東京で変わらず生活しているということを知っている風である。
 シュラの蒼い瞳が瞬間細められ、たわんでいた空気が一瞬にして張り詰める。
「そうピリピリすんな、それじゃ俺の言葉を肯定してるようなもんだ。まだまだ青いなぁ、ジオットも」
 幼児はチョコレートシガレットを指先でつまみ灰でも落とすようなそぶりをしてみせると、にやりと食えない笑いを浮かべてみせる。
「俺もついこのあいだビアンコ直々に聞いたんだ。まぁ、びっくらしたし、聞きたくなかったと思ったよ。こんな特急の丸秘話を語って聞かされるからには、どうせめんどくさい頼まれごとが待ってるんだろうとピンときたからな。……案の定、ビアンコは俺にヴェルミリオをクラウンとしてこちらへ戻るよう説得しろなんつー無理難題をふっかけてきた。俺になんかお鉢がまわってきてんだ、ビアンコから直接頼んでてきっとダメだった話なんだろ? それを俺如きの頼みをあのキングが聞くと思うか? なのに絶対連れ戻せとかいう。本当に胃に穴が開きそうな数週間だったさ」
 げっそりとした様子でうなだれたキースは、再びチョコレートを唇に咥え、溜息混じりに天井を眺めた。
「あんたが連れ戻したってのか、シドを」
「いいや。俺にはやっぱり荷が重かったよ。結局連れ戻したのはビアンコ自身だ。取引を持ちかけたのさ、ヴェルミリオに」
「取引だと?」
「亮ちゃんの入院措置と引き替えに、キングはこちらへ戻ることになった。キングが首を縦に振らなきゃ多分亮ちゃんは生きていられなかったんじゃないかって話だ」
「──っ!? な、んだそれ、亮がなんで!?」
 テーブル越しに掴みかかる勢いでシュラは思わず立ち上がっていた。床に火のついたままの煙草が転がり落ち、小さな火花を上げる。
 それでも冷静なそぶりで話を受け止めていたシュラの表層は、今のキースの一言で見事に剥がされてしまった。
 そんな様子を予想していたようにキースは微動だにせず彼を見上げると、落ち着けと低い声で諫める。シュラがその言い回しにちらりと視線を走らせれば、廊下を歩く職員達が驚いたようにこちらに視線を寄せていることに気がついた。
 震えるように息を一つつくと、床に転がった煙草をつまみ上げ灰皿へ放り捨てながら座り直す。
「……どういうことなのか、詳しく話してくれねぇか」
「俺もそれほど詳しい事情はわかんねぇ。だが、亮ちゃんが正体不明の病気になっちまったみたいで、それの治療に必要なのがハイキューブしかないってんだから、キングに否は唱えられなかったろうよ」
「ハイキューブ──、って、あのハイキューブか!? あんなもんゲボには毒にしかならないんじゃ、いやそもそもまだあったのかそんな時代もんの薬が」
「もうほぼ残ってなかったんじゃねぇかな。だからこそセブンスの協力が必要不可欠であり、それを取り付けるためにはビアンコの取引を受け入れるしかなかった」
「そんなもんが必要な正体不明の病気って、亮は大丈夫なのか!? どんな症状でどうなってんだっ」
「だから俺も詳しくはわからねーって言ってんだろうが、落ち着けって! アルマの方に酷い高熱が出てるってこと以外は症状や状態はよくわからないが、今はインセラの特別病棟で治療を受けてるそうだ。肉体の方もそろそろこちらへ到着するんじゃねぇかな」
「インセラ入院──。アルマが原因の病なのか。そんなもん……、なんだって急に……」
「それも本当に都合良く、今の時期にな。亮ちゃんの病気のおかげで、ビアンコは優位に立ったままキングを手元へ引き戻すことに成功した」
「…………どういう、意味だ」
「出来過ぎだって話だよ」
「ビアンコが亮に何かしたっていうのか」
「そうは言ってねぇ。だが、ビアンコ側からしたらついてるなって話だ。あの人は公明正大で間違えることのないお人だが──、大儀のためならなんだってやる男でもある。ま、小物の勘ぐりってやつさ。忘れてくれ」
「…………」
 シュラは片手で口元を覆い目を閉じる。己の気持ちを静めるように、己の考えをまとめるように、深く息を吸い込みしばらく同じポーズで微動だにしない。
「ビアンコがキングを呼び戻したがってたのはテロ絡みの決済を一手に任せたがってたってのもあるが、もう一つ、なんか目的があるんじゃねぇかなと俺は思ってる。前者だけなら今まで通り裏方で外注としてS&Cソムニアサービスに頼めばよかっただけの話だ。それをあのお方はキングをクラウンに戻すことにこだわりを見せてた。……おまえがバリバリのビアンコ派だってわかっちゃいるが、亮ちゃん大好きな俺としては亮ちゃん大好き仲間のおまえに俺の考えだけは伝えておこうと思ってな」
 前半のシリアスな内容と打って変わっての後半ちゃかした言い回しに、シュラはようやく息をつくと目を開ける。
「おっさん。俺を妙な仲間にするのはやめてくれ」
 そんなシュラの様子にバチリとウィンクしてみせると、そばかすだらけの顔でキースは「照れんなよ」と笑った。
「亮ちゃんの件はハルフレズも知らねぇ。おまえの身近で知ってるヤツはドクターレオンとプラムくらいだな。治療は彼らがあたってるはずだ。病状が知りたければ聞いてみたらどうだ」
「わかった。すまねぇがそろそろ勤務に戻る時間だ。あんたはゆっくり煙草吸っててくれ」
 シュラは言うなり立ち上がると足早に喫煙室を後にする。
 その背中を見送りながら「あいつがそんな仕事熱心とは知らなかったねぇ」と、キースはチョコレートの紙巻きをむしりとり、ぽいっと口に放り込んでいた。





 血塗れのタオルケットを抱え、弟は腰に毛布を掛けただけのほぼ全裸に近い状態で俯せるように静かに目を閉じている。
 成坂修司はそんな弟の青ざめた頬をそっと撫で、瞬きすら忘れたように少年の顔を眺め続けていた。
 狭いキャノピー内にはいくつもの医療機器が備え付けられ、全てが少年の細いむき出しの腕や足に絡みついている。
 ひたすらに数字を刻む無機質な電子機器が、いまや修司の大切な弟の身体の一部となっていて、それらがなければ修司の手の中の命は簡単にこぼれ落ちてしまうのだ。
「亮……。とおる。……とおる」
 何度も何度も名前を呼ぶ。
 成坂亮の危急を知らせる電話を受けてからすぐさま駆けつけ、今はもう二日が経つ。
 その間、繰り返し、繰り返し、同じように名前を呼び続けた。
 だがその瞼が開かれ、大きな黒い瞳が修司を映すことはない。
 もちろんそれが治療のために魂を別の場所へ飛ばしているためだということは理解している。
 だが、呼ばずにはいられなかった。
 修司が名前を呼ぶのをやめた途端、少年の唇から聞こえるこの微かな寝息すら失ってしまいそうで、恐ろしくて、恐ろしくて、修司は同じ行為を繰り返す。
 何を思って弟はあの日、あれほど避けていた会社にまで修司に会いにやってきたのか──。
 何故あの時自分は亮に気づいてやれなかったのか。
 あの時自分が亮に気づき、抱きしめてやっていたならこうはならなかったのではないのか──。
 思っても詮無い後悔が修司の胸を食い荒らし、叫びだしたい焦燥に駆られ、修司は再び亮の名を呼ぶ。
 だが亮はその声に反応を返すこともなく、ひたすらに眠り続け、時折藻掻くように背を震わせるのみだ。
 今も亮はひくりと背を反らせ、わずかに苦しげなと息を吐いた。
「痛むのか? ──渋谷さん、亮が!」
 クリーム色のビニール地によって作られたカーテンの向こう側へ声を掛ければ、すぐさまいつもとは顔つきの違う医者然とした渋谷秋人が医療器具を持って駆けつける。
 彼の特徴の一つでもあるあの緩い雰囲気は今や影を潜め、暗くまっすぐな視線で秋人は亮と機械を見る。
「出血がまた始まっちゃったか──。自己血輸血を行いましょう。……亮くん、大丈夫だよ、すぐ楽になるからね」
 声を掛けながら亮につながれた機械の一つを操作し、新たな輸血パックを手際よく装着していく。
 そうする間にも、むき出しの小さな背からは綺麗な肩胛骨のラインを象るように、ボコリ、ボコリと血の泡が溢れ出てくる。
 それが亮の命そのものに見え、修司はそれをなんとか止めようと手にしたタオルで強く押さえにかかる。だがそんなことをしても無駄だということはこの二日いやというほど知らしめられていた。
 こうしてもう何枚タオルが鮮血に染まり、乾き、固まって、役に立たない医療廃棄物と化していったのか修司は覚えていないほどだ。
 青ざめた唇が微かに震え、魂の抜けた亮の身体が小さく喘いだ。
 それほどに強い痛みと衝撃を肉体が感じているということなのだ。
 修司は何度も亮の名を呼び、「がんばれ、亮、がんばれ」と祈りにも似た呟きを必死に唱える。
 そうするうちに次第に亮の呼吸は静かに潜められ、再び緩やかなものへと変わっていく。
 修司の手にしたタオルへと止めどなく溢れてくる暖かな血潮も、ゆっくりとその温度を失っていくのがわかる。
 発作のように出血が起きてから十分弱の出来事だ。
 これは亮のアルマが肉体から引き離されているおかげなのだということを、治療方針の説明時、秋人からは聞かされていた。
 時間感覚の違うあちら側での治療が肉体への負担を三十分の一ほどに軽減させてくれているということなのだそうだが、ならばあちら側の治療はどれほど壮絶なのかと考えるだけで修司は胸をかきむしりそうになり、あまり慰めにはならないなとぼんやりと思った。
「……少し、落ち着いたかな」
 強く亮の背を押さえ続ける修司の手を、秋人がつかみそっとはずさせる。
 亮の背を覆っていた真っ白なタオルはずっしりと重い鮮血でまるで別の物質に変わってしまったようだった。
 それでもその重いタオルを外してみれば、すでに亮の白い背には幾筋もの不思議な青いラインが浮かび上がっているのみで、悪夢のような朱いほとばしりは見あたらなくなっていた。
 その様子を確認し、ほっと息をつくと修司はどさりと椅子へ腰を落とす。
「修司さんも少し休んでください。もう二日、寝てないでしょ」
 そう言って見下ろす秋人が心配げなまなざしを送ってくるが、彼も同じように眠っていないことを修司はよくわかっている。
 静かに首を振り「大丈夫です。亮と一緒に少しずつ睡眠を取ってますから」と答えてみるが、秋人はそんな修司の言葉に困った顔で頭を掻いていた。
 修司の言い分が真実でないことを秋人も又わかっているからだ。
「もうすぐヒースローに着きます。そこからはヘリに乗り換えなきゃいけないし、今より確実に休めなくなる。この旅客機も小さいけどまだヘリより静かですからね」
「ありがとうございます、でも、本当に大丈夫ですから。仕事で徹夜は慣れてますし」
 そう答えながらも修司の視線は亮を優しげに見下ろしたままだ。
 長く繊細な指先が、優しげに亮の額に張り付いた前髪を掻き分けている。
 二日の間眠り続ける弟を見守り続ける彼の様子は悲痛を通り越して悲壮なものだ。
 いつもはスーツで隙なく固められた姿も、亮の世話がしやすいようにとスウェットやチノパンに服装を替えられ、ともすると普通の大学生のように見えてしまう。そんな修司と亮が寄り添っている絵はどこにでもいる兄弟そのもので、だからこそそれを見る秋人にやり切れなさを強く突きつける。
 彼らの父親も息子らのこんな様子を見れば、僅かに残っていたであろうわだかまりも放り出し、全て彼らの良いように取りはからおうという気にもなるに違いない。
 現に今修司が亮の付き添いでIICRへと向かえているのは、彼の仕事を全て引退したはずの父親が請け負ってくれたおかげなのだ。
「それじゃあ僕は隣にいますから、なにかあったらまた声を掛けてください」
 秋人は修司に休息を取らせることをあきらめ、小さく一つ息をつくとカーテンの外へと出て行く。
 本当ならこのまま亮に付き添っていてもいいのだが、兄弟二人だけの空間に自分という異分子が入り込むのがどうにも申し訳ない気になってくるのだ。
 修司は秋人に礼を言うと、再び亮の髪をなで始める。
 あと一時間ほどで飛行機は空港に到着する。そこから先は亮が秘匿の『ゲボ』として扱われる場所であり、修司は亮の『兄』ではなく『付き添いの一般人』としての地位しか得られない別世界だ。
 亮の身体を思えば早く到着して欲しいと思う反面、成坂兄弟としての時間がもう少し長く続けばいいと、秋人はそんなことを思った。
「渋谷くん。あなたの方こそ大丈夫? まだ手を着けてない案件もあったはずだけど」
 シートに腰を沈め書類に目を通していた壬沙子がそう声を掛けてきた。
 今回亮の肉体をIICRへ搬送させるにあたり、その全てのコーディネートを任されたのは彼女だ。IICRから帰ってきた足でそのまま蜻蛉返りになる彼女だが、そんな壬沙子には疲れた様子は微塵もうかがえない。そのタフネスぶりは彼女がソムニアだからという問題ではなく個人として強いのだろうなと秋人は感じてしまう。
「ああ〜……まぁそれは違約金払って別事務所紹介することでどうにかおさまるはずなんで、面倒だけど大したことじゃないですよ」
「違約金の件はこちらが持つよう財務に言っておくわ。あとでいくらでも請求して」
「それはありがたい。今回の件でIICRと僕との契約も破棄されるからお金に困ることはなくなるし、急に金運が向いてきたかな」
 冗談めかして微笑むと秋人は備え付けのポットからコーヒーを入れ、壬沙子の向かいに据え付けられたシートへ腰を落とす。
「入獄システムの莫大な特許権利金については半ば騙し取られてるみたいなものだったものね。……それをあなたに返してもクライヴを取ると言い出すなんて、うちのトップの考えることは本当にわからないわ」
「これを機にビル建て直して新しいパートナーでも探しますよ」
 明るい声音で言う秋人に対し、しかし壬沙子はその理知的な目を微かに細め申し訳なさそうに頭を垂れていた。
「まさかこんな形であなたの事務所をダメにしてしまうなんて思ってもみなかった。……本当にごめんなさい」
「やめてください。僕はIICRの為に事務所をたたむんじゃない。亮くんの為に一時的に休業するだけです。パートナーだって僕クラスになれば選び放題なんだ。シドみたいな扱いづらいヤツじゃなく、もっと有能で性格の良いヤツを探しますよ」
 そう──。
 今回の件でシドがカラークラウンに戻ると言うこと。それはイコールS&Cソムニアサービスを去るということ。
 ほぼ話し合いも何もないまま決定事項として話は進み、秋人はシドと二三言葉を交わしただけで転がるように今の状況が訪れていた。
「まぁでも──、しばらくは休むつもりです。おいしいコーヒー探してぶらぶら旅行でもしようかな。選び放題とは言っても時間は必要だ。あいつの後に僕と組もうなんてソムニアがそうそう見つかるはずないですからね」
 亮をイギリスへ送り届けた後東京へ戻る秋人は残務整理を行い、そして完全にフリーになる。
「とりあえず──。S&Cソムニアサービスはこれで解散、か」
 熱いコーヒーを一口含むとゆっくりと飲み込み、秋人は真っ暗な窓外を眺めた。