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 白かったり、黄色かったり、グレーだったり、それらがばらばらだったり固まってたり。
 僕らが座り込んだ部屋の中にはでんぐり返しが百回はできる大きな砂場があって、僕ら十人はそれを一応真剣な顔で眺めている。
 さらさらとした手触りは気持ちよくて、でもついた膝に粒がぎゅっとなって痛かったりするから、僕らは文句を言ったり笑ったり、いろんな話をしながらシゴトをしている。
 その中に青くて綺麗な砂粒をやっと見つけて、僕は爪の先でつまもうと手を伸ばした。
 けどその前に白い腕がにゅっと伸びてきて、僕の見つけた青い粒はなくなってしまう。
 伸びてきた腕の持ち主を見ると、僕のすぐ横で『12』と番号のついたチョーカーを付けたヤツが得意げに笑っていた。
「早い者勝ちだってお父さんが言ってたもん。これはボクのだ」
 12番の細い指が自分のケースの青の場所へ砂粒を落とす。
 彼の手にあるケースの中は、青やら赤やら緑やら、二十色以上の砂粒が綺麗に色分けされてうっすら底の方へ溜まっていた。
 僕は自分のケースを見下ろしてため息が出る。精々が八色。それも埃カスくらいのものだ。
「お父さんじゃないだろ? スルト様だろ」
 意趣返しに言ってやると12番は口を尖らせて「でもスルト様は強くてかっこよくてお父さんみたいだもん」とすねたみたいに言う。
「じゃあお母さんは誰だよ。有伶様?」
「……そうだよ。だってボクたちを生んでくれたじゃないか」
「生んではないだろ。作ってくれただけだ」
「同じだろ!?」
「違うよ。有伶様はきっと植木鉢に種をまいて水をあげて僕らを生やしたんだと思う。この部屋にいっぱいある木みたいに」
「は? あははは、13番はバカだな。植木鉢から人間は生えてこないよ」
 今度は僕がむっとして12番を睨んだ。
「“お母さん”はお腹から一人とか二人とか、ちょっとしか子供生まないんだぞ? なのに有伶様がお腹からいっぺんに僕ら兄弟十四人全員生むのなんて無理じゃないか」
「この砂粒くらい小さかったら無理じゃないし。有伶様はいつもボクらのことを『僕のかわいい子たち』って言ってくれるから、お母さんに決まってるんだ!」
「いけないんだー、ケンカしてお仕事サボるのダメな子なんだぞ?」
「スルト様に怒られるぞー」
 2番と5番がそう言って僕らの方に砂の塊を投げてくる。
 僕らは顔を見合わせると「ケンカじゃないよ!」「シゴトの相談してただけだもん」と口々に言い分を主張して砂粒集めの続きを始めた。
「スルト様も有伶様も僕らの面倒を見てくれるホゴシャだと思うけど、お父さんやお母さんじゃない」
 僕は新しい色粒を見つけるために砂の中に手を潜り込ませながら、独り言を言った。
 だってそもそも僕らは人間じゃないと思うから。
 いっぺんに同じ顔の人間がたくさん生まれるなんて、絵本には描いてなかった。それに僕は赤ちゃんだったことがない。気がついたら白くて明るい部屋に、大勢の兄弟達と一緒に今のこの姿で居た。
 壁にそって二段になったベッドがあって、僕はいつの間にかフタのついたベッドの中から外の世界を眺めていた。
 こんなにいっぺんに生まれて、生まれたてなのに大人みたいに動けるなんて、きっと僕たちは人間の形をしたカメとかカマキリとかなんじゃないのかと思う。
「13番はお父さんとお母さんが欲しくはないの?」
 秘密の話でもするみたいに、12番が聴いてくる。
 だから僕も声を潜めて答えた。
「よくわからない。欲しくても後からできるものじゃないんじゃないのかな。だったら欲しがっても意味がないよ」
「ボクは欲しい。後からでもなんでもいい。有伶様がお母さんで、スルト様がお父さんだったらすごく嬉しい」
「12番はスルト様が好きなんだな」
「好き! だってボクのこと一番ユーボーだって褒めてくれるもん! 恐いけど、お仕事ちゃんとできたら頭を撫でてくれるんだよ? 1番だって、4番だって、頭撫でてもらってないって言ってたのに、ボクだけ撫でてもらえるんだ」
 息がよくもつなって感心するほど一気に12番はまくし立てるから、僕は目を丸くして「へぇ」って言うしかなかった。
「12番は砂集め上手だもんな。あと、他の兄弟と顔が違う気がする」
 僕は常日頃、なんとなく思っていた印象を言ってみたけど、12番はピンときてないみたいで二回首をかしげると自分のほっぺをつまんで、それから僕の耳を引っ張った。
「一緒でしょ。朝顔洗うとき鏡見るけど、自分の顔を洗ってるのか、別の兄弟の顔を洗ってるのかわかんなくなるくらいだもん」
 そう言って眉毛をぎゅぎゅっと寄せて困った顔をして見せた。困った顔をしたいのは、耳を思い切り引っ張られている僕の方だ。
 そう思うけど、12番の百面相は見ていて僕も笑顔になる。12番はとても面白い。だから僕は他の兄弟達より12番とばかり話をしている気がする。
 『仲良し』って言葉が浮かんできて、これがそうなのかなと思ったら、僕は胸とお腹の間の辺が少しクシュクシュっとした感じがした。
「そう言う13番こそボク達よりいっぱい言葉を知っててスゴいと思う。図書室にある本、全部読んだんでしょ?」
「もう全部二回通りね。今は有伶様がこっそり新しい本を貸してくれるんだ。この間、世界の動物って本を読んだんだけど、人間じゃないいろんな形の生き物がいて、凄い早さで走ったり、空を飛んだり、水の中でずっと生きていたりするんだって。凄いよね。外の世界にいつか行ってみたいなぁ」
 今度は僕が一気に早口にまくし立てていた。聴いてる12番は大きな目を(僕の目も同じ大きさだけど)パチクリさせて「その時はボクも連れて行って」と笑った。

 それから真面目に砂粒を集めていた僕らの部屋に、いつものように車いすに乗った亮がやってきたのは三十分くらい経った頃だった。
「あ、とおるだ!」
「今日は誰がとおるの真似をするのかな」
 眠ったまま運ばれてくる亮は、砂粒の散らばるざらざらの床でガタガタ揺られているのに目を覚ましたことがない。
 頭に付いている綺麗な輪っかのせいだと、この間有伶様が教えてくれた。
 亮が目を覚ましているところは映像でしか見たことがないけど、もし今ここで目を開ければ、きっと僕らの中に入っても紛れてわからなくなってしまうんじゃないかと思う。……背中に生えた羽根さえなければ、だけど。
 こんなにそっくりなのに、亮は兄弟じゃない。亮は僕らの“オリジナル”なんだって。――オリジナルって意味はわからないけど、もしかしたらお母さんは有伶様じゃなくて亮なのかなとも思ったことがある。だって、子供はお母さんに似ているって本に書いてあったし。
「スルト様!」
 12番が飛び上がるみたいに駆け出して、瞬きする間にスルト様の腰にしがみついていた。
 こんな風にスルト様にくっつくなんて、僕も他の兄弟たちも絶対にできそうにない。
 機嫌がいいときは怒られないけど、十回に九回はすっごく低い声で叱られて追い払われるから。
 案の定、今日も12番は「離れろ」って言われてよろめくほどに強く振り払われていた。
 それでも全然怯まないあいつは本当に凄いと思う。
「今日はボクがトオルの役、やりたいです!」
「……12番か。そうだな……。おまえにはそろそろ別の仕事をやろう。こんな誰にでも出来る茶番は他の者にやらせておけばいい」
 スルト様の声は不機嫌そうで僕も他の兄弟たちも、さっきまでワイワイ騒いでたのが嘘みたいに静かになっている。そんな中で12番だけがキラキラした目でスルト様を見上げて、「それって、ボクがユーボーだからですか?」と聴いていた。
 スルト様はちらっと12番の顔を見ると「そうだ」と答えていた。
「おまえは特別だ、12番。だから今日から新しい仕事を任せる。地下のラボで私がつきっきりで教えてやるからしばらくここで待っていろ。……亮はおまえでいい。さっさと支度しろ」
 スルト様は見もしないで僕を指さすと、車いすの亮を連れてさっさと地下のラボに通じる扉から出て行ってしまう。いつもここから先は有伶様の担当で、スルト様に呼ばれた有伶様が戻ってきて亮の代わりに焼除装置へ僕らを連れて行くんだ。
「13番、聴いた!? ボクはスルト様からトクベツって言ってもらえたよ!」
 走って戻ってきた12番は僕の両手を取ると、ダンスでもするみたいにクルクル回った。
「スルト様と一緒にお仕事! スルト様がお父さんだったらいいのに!」
「わかった。わかったから、目回る」
「いいなぁ、いいなぁ!」
「あの子はスルト様に褒めてもらえて、羨ましいなぁ!」
 9番と10番が口々にはやし立て、でもすぐに
「でもあの子が褒められたのは、ボクも褒められたってことだし」
「ボクも褒められたんだ」
「だからいいね」
「だから嬉しいね!」
 他の兄弟たちも嬉しそうにグルグル回り始めた。
 みんないつもそうなんだ。誰が怒られてもしょげるし、誰が褒められても喜ぶ。
 だって僕らはみんな同じだから。兄弟はみんな僕だから。
 僕はため息をつき、嬉しそうな12番と積極的にグルグルに参加した。
 白い砂が勢いよく舞い飛んで、足に当たって痛かったけど、心臓の辺がホコホコして12番と一緒に笑った。
 有伶様が入ってきた頃には部屋は砂埃で大変なことになっていて、有伶様は眼鏡を外して拭いてまた掛けて、「なにこれどーしたの!?」と変な声で叫んだのが面白かった。







 とても胸の奥が暖かい気がして亮は頬をわずかに緩め、クフクフと笑った。
 掃き出し窓の外は白く明るかったが、大きな雨粒がひっきりなしにぶち当たり、窓ガラスが溶け出してでもいるかのように水膜がツルツルと流れ落ちていく。
 地鳴りのように聞こえるのは晩春の嵐だ。
 頑丈な作りのこの屋敷が揺らぐことはなかったが、それでも窓枠や古い立て付けの木戸なんかはガタガタとポルターガイストみたいな騒がしさだ。
 亮は傍らで眠るシドの様子をそっと伺った。
 こんなに派手な嵐だというのに、珍しくこの家の主のまぶたは閉じられたままピクリともしない。
 ここ最近、連日連夜、根を詰めて調べ物をしていた疲れが出たのだろう。
 一体何日寝てないんだろうと亮は指折り数えてみるが、両手の指全部折り曲げたところで数えるのを諦めた。
 屋敷の書庫で何か興味のある本だか手記だかを見つけたと言っていたが、このループザシープはアルマだけでなく肉体ごと上がっているセラなのだから、睡眠をとらないと参ってしまうことくらいシドなら心得ているはずなのに――、そんなに凄い本なんだろうか。
 続きの気になる漫画を徹夜で読んで、修司に叱られたことを思い出し身体を起こした。
 いつもなら青い空と遠くの海と麓の町並みが見える亮のお気に入りの窓も、今日は真っ白で何も見えない。
 まるで二人を閉じ込めるみたいに、嵐が世界を覆い尽くしている。

 ――今日のあれもオレの中のあいつが見せてるのかな。

 ローチがこのセラを出て以来、毎夜、亮の思い出したくないこと、信じたくない光景、理不尽な暴力、叫び出したい寂しさ、――あらゆる過去が上映されてきた。
 きっと亮が絶望して、亮自身のアルマを壊してしまうことを狙っているのに違いないと思う。
 映像を見ているときはその当時のままの感覚、感情になってしまうが、目を覚ませばシドがいる。
 ループザシープの中に居ればあいつは出てこられないと、ローチは言った。
 シドの存在とローチの言葉。その二つのおかげで亮は少しだけ前より頑張れる気がしていた。
 たとえ夏が近づき卵の殻が薄くなって、中からコツコツ己のアルマを叩く音が聞こえていようとも――。
 だがこの数日、今までとは毛色の違う映像を見る。
 それは亮の記憶にない映像だ。
 もちろん、亮は記憶を何度も消されているらしいということは、知識としては知っている。
 けれど、今日のこれは映像の中に亮自身が登場していた。
 眠ったままの亮。
 そして見たことのある車いす。
 自分と同じ顔の誰かがたくさんいた光景をいつか見た気もする。
 でも今日見たそれは気味の悪い感じも、吐きそうな嫌悪感もなかった。
 今度はミトラが何を始めたんだろうと、少し不安になるが――、でも、それすらもう亮は慣れつつあった。
 いつだって亮は何かに振り回され、不安でない日はなかったから。
 これがいつもの日常で、通常運転だと思えばどうということはない。

 ――綺麗だな、……ここは。

 降り続く雨も時折瞬く稲妻も、何もかも綺麗だ。
 考えることなんかやめよう、と思う。
 そうすれば、亮は初めて無邪気に何も心配せず生きられる。
 雨が降っていると気持ちが楽なのは何故だろう。
 ふと――
 亮の身体がかしいだ。
 あっ、と思った時にはすでにベッドの中で冷たく太い腕の中にかき抱かれてしまっていた。
 突然のことに身じろぎすると、それを咎められでもするように強く抱きすくめられる。

「どこへ行く」

 耳を押しつけたシドの胸からそう低音が響いてきた。
 だから亮は答える。

「どこも行かないよ。雨だもん」
「…………」

 亮の解に何も答えないシドをいぶかしげに見上げた亮は、シドが目を閉じていることに目を丸くした。
 窓の外は明るくなって随分経つ。きっとお昼はとうに回っているだろう。
 それなのにシドは亮を抱えたまま再び眠りに落ちていた。
 どうやら今日は一日ベッドから出るつもりはないらしい。

「しょーがねーな」

 妙に年上ぶった言い方をすると、亮は背中側にわだかまるシャーベットグリーンのタオルケットをひっつかみ抱え込むと、シドの首元に小さな頭を潜り込ませ目を閉じた。