■ 4-38 ■ |
ここは主に視聴覚教材をストックするために作られた小部屋で、太陽光を遮断するために扉の窓は黒のスモークが張られており、そのせいで電気を付けなければ室内は昼でも薄暗い。またメディア管理のため空調も整えられていて、奥まった部屋だというのに常に換気扇が回っている。 これらの特徴から、どうやらエドワーズ教諭は普段からここを勝手に『喫煙室』として利用しているようで、部屋の奥のキャビネットの上には、ブリキの灰皿が当たり前の顔で悠然と設置されていた。しかも皿の中には吸い殻がこんもりと山を作っている。 「おい、シド。このガッコは全館……」禁煙だぞ――と、上から目線で警告してやるべく亮がニヤリと口を開き掛けた瞬間、スモーク窓の向こう側で音もなく準備室のドアが開かれる。 薄いドア一枚隔てた隣の部屋に人が現れたのだ。しかも扉についた大きな窓は、相手の姿をくっきりと浮かび上がらせている。 亮は恐怖と焦りで完全に固まり、出かけた言葉も止まってしまう。 自分は今、半脱ぎでシドの腕に抱き上げられたままの格好である。これを見られてどう言い訳をすればいいのか。 セピア色に染まるスモーク窓の向こう側で、亮を凍り付かせた侵入者はキョロキョロと辺りを見回していた。 「……、し、シド……、橋本、が……おまえを探してる……」 現れたのは先ほど出て行った橋本瑤子――。 学校内でいつもシドと親しげにしている、美人女教師だ。 「そうか……」 言いながらシドは亮を立たせドアの方を向かせると、その小さな身体を背中抱きにする。 「そうかって、大丈夫なのかよ……」 取り敢えず降ろしてくれたのはありがたかったが、亮の服装は相変わらず目もあてられない上、こんな風に暗がりの中、間隔距離ゼロセンチの位置にくっついているのは、教育指導的にはダメなんじゃないだろうか? シドがこの危機的状況をどう理解しているのかわからない。仕事も途中であろうというのに、まさか本当にこんな現場を見つかっていいと思っているとは亮には到底思えなかった。 シドのこの理解しがたい態度に、亮が胡散臭げに振り返った瞬間――少年の幼いものが、不意にゆるゆるとこすり上げられていた。 「……!? ひぁ……っ、!?!?!?」 考えもしなかった刺激にびくんと震え、腰から崩れ落ちそうになる。思わずドアへすがりつきそうになり、伸ばされる亮の手。 しかし、シドは瞬時にそれを押さえ込んでいた。 「扉には触るな」 腕を取られたまま耳元で低く囁かれ、亮はぞくりとシドを見た。 今までに聞いたことのない不穏な因子が、その声には含まれている気がする。 もしかして、シドはこんな状況で先を続けるつもりなのか――。 これが宿題未提出の罰なのか。それじゃ本当に……本当に、こんな状況が見つかっていいと思ってるのだろうか――。 シドへ寄せた亮の視線が不安に揺れる。 「シ……」 「黙っていろ。声が外に漏れるぞ」 その一言に、喉の奥で亮の言葉が止まった。 そうだ。声を出すのはまずい。 いくら濃いスモークが貼られていても、音にまで目隠しすることは出来ないのだ。 「ぅ……。」 なぜか完全に動きまで止めてしまった亮の背後から、着やせする筋肉質の腕が伸び、じりじりと悪戯を開始する。 片方だけ辛うじて足を通っていたズボンも下着も、今では床へわだかまっており、シドの器用な指から守ってくれる防御壁はもはや何もない。 上から覆い被さるように屈み込むシドの腕の中で、亮は声を噛み殺すことに必死だった。 焦らすように腰骨を這い下りる冷たい指先。甘く噛まれる耳朶に感じるシドの歯の感触。 どれもこれもいつもと違う。いつもはもっと単純に直接的な部分を慰められるのに、これは何なんだろう。 ――なんで? エロぃとこ、触られて、なぃ、のに……。足、とか、腹、とか、耳、とか……、フツーの、とこ、なのに……。っ、こんな、の……、なんか、へん……、だ……。 「っ、ぅ……、ん……、ゃぁ……」 自分はいつの間にかGMDでも飲んだのだろうか。鼓膜の内側でドクドクと血潮が脈打ち、身体が熱く膝が震える。 先ほどデスクの上で散々煽られたせいなのかもしれない。 脇腹を撫でる手の動き。自分を包み込む厚い筋肉の質量。首筋を這う熱くひんやりとした舌。 それだけで、亮の幼いものは可愛らしく首をもたげ、小動物のようにヒクヒクと動いてしまう。 「ふぁっ……、ぁ、……、っ……」 ――エロぃ、ょ……、なんか、すげ……、エロくて、ど、すれば……、ぃぃ? オレ……、っ、もっと……、下、こすって……、ちが……もと、真ん中、の……、 「し、……、」 思わず視線を合わせれば、眼鏡の奥の琥珀が揶揄するように細められた。 シドは色々とずるいと思う。 怪獣みたいに強いくせに、色んな国の言葉もしゃべれて、多分頭も悪くない。背はすごく高くて、足もすごく長くて、筋肉だってかっこよくついてて、声だってかっこよく低くて、――おまけに顔が嘘みたいに綺麗だ。 シドは亮にないものを全部持っている。チートだ、と亮は思う。 そんなチートキャラがこんな風に意地悪してくれば、亮に太刀打ちできる手段なんてあるはずがないではないか。 「亮」 なぜか名前を呼ばれ、背後から頬をすり寄せられた。 ドキンと心臓が鼓を鳴らし、左の薬指がヒクンと甘く跳ねる。 シドは時々しか亮の名前を呼ばない。 用を言いつける時ならいざ知らず、こんな風に名前だけ呼ばれることなど、ほとんどない。 だから思わず「なに?」と聞き返した。 しかしシドの口は用を言いつけることはせず、代わりにキスを返す。 こんな風に立ったままキスされると、シドの背が高くて自分が小さいことを思い知らされる。 入り込んでくる冷たい舌は、アイスクリームのようだと亮は思った。なぜだかとても懐かしい気がした。 ちゅ……、くちゅ……、と、濡れた音が上がっている。 その音を聞きながら、髪の中を滑るシドの指先を感じると、新たな熱い感覚がゾクゾクと背筋を這いのぼる。 ――そこに、橋本、いるのに。……バレたら、やばぃ、のに。……でも……でも……。っ、ォレ……、止まらない、の……、なんで……??? 滝沢に始まり、セブンスでもたくさんの男たちに目を覆いたくなるような行為をされてきた亮だが、こんな風に己に戸惑うほど淫靡な感情にさらされたことなどなかった。 いつものシドの感じとも違う。処置でも処理でも慰めでもなく、何かもっと背徳的で秘匿的で人間的で、――よくわからないけど、オトナだ、と亮は思った。 膝が崩れそうになると、そのタイミングを見越したかのように、上から腰を支えられる。 目の前には窓。そこへ亮の英語担当である女教師が近づいてくる。 ――見つかる! 緊張が亮の身体を走った。甘いたゆたいから一気に現実に引き戻される。 その瞬間、求めていた場所にシドの手が掛かり、再びこすり上げられ始める。 「ぁ、し……、っ、……んむ」 思わず声が出る亮の口を、背後からシドの手が覆った。 「Si……」 まるで小さな子を諭すように耳元で囁かれ、全身の産毛が総毛立つ。 すでに痛いほどに張り詰めていた亮のものは、大きなシドの手でこすり上げられる度、先端から透き通った涙を流し、くちゅくちゅと淫猥な音を上げ始める。 「……、っ、……ん、ん、ん……っ、」 窓の外の瑤子は亮のすぐ目の前だ。 少し腰を屈め、じっと中を覗き込んでくる。 ――どうしよう。 こんな風にシドにこすられている自分を、学校の先生に見られるなんて、どうしたらいいんだろう。 なぜか英語の授業で瑤子が教科書を音読している姿が思い出された。そして周囲には、気怠げな久我、教科書に屈み込む佐薙、退屈そうな彩名――良く知るクラスメート達。至って普通の学校の日常。 そうだ。ここは学校なのだ。 ゾクゾク……、ゾクゾク……、と、肌が泡立つ。 ――やめなきゃ。逃げなきゃ。隠れなきゃ。やばい。やばい。やばいって! こんなの、ダメだ……。 そう思えば思うほど、亮の下半身は脈打ち、恥ずかしいほどに濡れていく。 「ぁ……、っ、ぅぁ……、……、っ……」 シドの手の動きに合わせて思わず腰が揺れ、シドに塞がれた口元から熱い溜息が漏れる。 茫とした視線で、まるでテレビでも見るように窓の外の瑤子を眺める。 ――オレ、せんせの前で、シドとエロぃこと、してる……。 シドの指が一際強く先端をこすり上げ、亮は「ひんっ」と甘い悲鳴を上げて放っていた。 トクンと己のものが脈打ち、資料庫の床に淡いミルクが吐き出される。ビニール製の床に落ちたそれは、ピシャッと小さな音を立て直線を描いた。 亮の膝はついに力を無くし、ガクンと崩れ落ちる。 だがその小さな膝小僧が床に着く寸前、シドはまるでスチロール製の人形でも運ぶように軽々と亮を抱え上げ、背後にある木製キャビネットの上に座らせる。 亮が座るには少々位置が高すぎるそれは、おそらく喫煙時、シドが腰を預けるのに利用しているものだろう。吸い殻の溜まった灰皿を奥の棚に乗せるシドの動きを見ながら、亮はぼんやりそう思った。 だが、そんな余裕も長くは続かない。 すぐに覆い被さるようにキスをされ、視界が全てシドで遮られる。 「ぅ……、ん……、っ、む……」 冷たくとろけるような口づけの後、ようやく亮の唇を解放したシドは淡い逆光の中、亮に見せつけるように、横にした己の二本の指を舐めていく。 指の間に絡みつく朱い舌の動きがあまりにも扇情的で、亮はそこから目が離せない。 硬質で無機的なシドの顔と、匂い立つほどに生々しい所作とのアンバランスさが、自然と亮の呼吸を上げていく。 頭が痺れて、シドのことしか考えられない。 ――ゆび……、挿れる、の、かな……。……っ、この部屋、なんか……熱い。 そんな亮をじっと見つめるシドの視線に気付いて、初めて亮は顔を紅くしたまま視線を逸らした。 「シド……、は、橋本が、そこに、いる、から……」 己の想像のばつの悪さを隠すようにそう小声で言ってみる。 「見つかる、か? ……俺はかまわんと言ったろう」 「本気、かよっ。だって、おまえ仕事……」 再び小さくキス。 「見つかりたくないヤツは静かにしていろ」 右足が抱え上げられ、ゆっくりと冷えた指先が亮の中に侵入してくる。亮の想像したとおりに。 「……、っ……、」 だがその感覚は想像を遙かに超える淫靡さだった。ノックバックの時の治療とはまるで違う。マンションの部屋での時とも、理科準備室での時とも違う。 あの時も、その時も、どんな行為をしていても、シドは亮の知るシドだった。されたことも、された感覚も、全部亮にわかる範疇のものだった。 ――だけど。 今、まるで亮の中を確かめるように、じりじりと這い進むそれは、全く別の独立した生き物のようである。醜悪さすら感じるその動きは、あの長くて綺麗な指とは結びつかない。 内壁をこすり、爪弾き、少し進む度いちいち亮の中から快感をこそぎ出す。 亮の身体がびくびくと震えた。 これから来るであろうさらなる甘美の予感に、頭より先に身体が反応し始める。 「……ぃ、ぁ……、っ、ぁ、……、な、に? これ……」 はだけられた胸元にシドの舌が這わされ、はしたなくもすっかり起ち上がった桜色の突起を転がされる。 「ゃ……、んん」 出しかけた声を必死で押さえ、亮はシドの髪をつかんでいた。 後ろの結び目がほどけ、紅茶色の髪が肩へ落ちる。髪ゴムが床へ転がった。 「っ、こら。おまえはすぐに人の髪をつかむな。悪い癖だ」 渋い顔でそう言われ、力の入っていた手をはずされると、そのまま首へと誘導される。 「し、シドが悪いんだろっ」 「なんだ。気持ちいいことするからか」 「ち、ちが……、バカじゃね!?」 「声が大きくなってるぞ、そんなに見つかりたいのか」 「ぅ……」 にやりと笑われ、シドの首根っこにしがみついたまま亮の言葉が止まる。 「っひぁっ」 亮の中の指がずくりと動かされた。 思わず悲鳴が口を突き、慌てて唇を引き結ぶ。 いつまでそれが我慢できるのか試すように、シドの指は亮の中を掻き回す。 ぶるぶると身体が震え、亮の幼いものは呼応するように濡れていく。張り詰めたものは今にも暴発しそうだ。 「ん……、ん、っ、ぁ、……」 指が一気に引き抜かれ、その衝撃に達しようとした瞬間、亮のものは根本からぎゅっと握り込まれてしまう。 「もう少し、我慢を覚えろ」 「っ、ぃぅっ!!」 痛みと苦しさに亮は眉根を寄せ、唇を噛みしめた。 「なに……、すんだ、バカシドぉ! 放せ、よぉ……」 いく瞬間を阻まれた混乱と怒りで、亮は目尻に涙を溜めシドを睨み上げていた。 しかしシドはそんな亮を抱き寄せ、耳元で再び「Si……」と吐息で諫める。 意地悪と優しさの交錯で戸惑い、脱力した亮の中に、次の瞬間、ゆっくりと大きな質量が埋め込まれてくる。 「っ! ……、……っ、ぅ……ん……」 熱く冷たい、いつものあれ。 瞬間その衝撃に身体が身構えるが、すぐに亮は息を吐き、受け入れるべく力を抜いてわずかに腰を上げていた。 ゆっくり、ゆっくりと、じれったいほどの速度でそれは亮の中を埋めていく。 ――……、もと、早く……、奥…… まるで責め苦のような快感に、亮ははシドの首筋に爪を立て、無意識のうちに腰を揺すって先を要求する。 「…………」 シドはわずかに眼を細め、己の唇を一舐めすると、亮の柔らかな耳朶を囓る。 それだけで亮の身体は面白いようにびくんと跳ねた。 「ふぁっ……、ん……、」 しかし亮のものはシドの手中であり、達する自由も奪われている。 首に回されていた亮の手は、反射的に己の下半身へ伸び、解放を求めてその枷を外そうと試み始めていた。 だが、イザ・ヴェルミリオの力は到底亮に太刀打ちできる次元のものではない。軽く添えてあるだけに見えるその大きな手は、躍起になって引きはがそうとする少年の手を頑として受け付けないのだ。 「放せ……、よ、そこ、はな……せ……」 吐息混じりにどうにか訴える。 「もういきたい、のか?」 いつもの意地悪だ。 だが、この手の意地悪は、亮が素直に答えれば許してもらえる類のものである。だから亮はまなじりに涙を溜めたまま、唇をとがらせ、小さくうなずいていた。 だが―― 「あと五分、我慢しろ」 返ってきたのは非情の宣告。 「ぅそ……」 「やりたくなったからする。気持ちよくなったから出す……では動物と同じだ」 「な、んだょ、それじゃまるで、ォレがずっとェロいこと考えてる、サル、みたいじゃんかよっ」 「昨日も一人でしたんだろう? どんな夢を見た?」 「う……。……それは……」 思わず口ごもる。雑誌をおかずに――と先ほど宣言していたはずなのに、それすら忘れるほど今の亮は切迫しているらしい。 「クラスの女子の胸でも揉んだか」 「ば……、バカじゃね? そんな夢、見ねーしっ」 「ほう。それじゃ、誰の夢だった?」 「……っ!! お……おまえに、関係……ねーだろっ。ぐら……グラビア、アイドルと、っ、すんげーことする、夢だよっ!」 いつの間にか己のものがシドの手から解放されていることに、亮は気付かない。 怒りにより少しばかり欲情が抑えられているらしい。 「オレだって、も、……大人、だし、男だし、アイドルとす、すんげーことだって、考える、しっ」 「そうか」 元々亮はそういう方面に疎く、これが精一杯の虚勢であることを、シドは百も承知だ。 ただ、軽い感覚でこの手の虚勢が張れるようになった亮の状態に安堵する。おそらくこれはわずかでも、学校で普通の生活を送ったことによる成果なのだろう。シドや秋人がどんなに手を尽くしても、きっとこんな風に亮の傷を癒すことはできなかったはずだ。 シドは密やかに口の端を上げると、亮の柔らかな髪を撫でた。 その思いも寄らない優しい動きに、亮は不思議そうに顔を上げる。 しかし亮の見たシドの顔は相変わらずの無表情で―― 「大人なら、五分の我慢など容易いはずだが」 言うことは意地悪だ。 「ぅ……、べ、別に、そんくらい、よゆーだ……」 シドは応えずわずかに口の端を上げると、ゆるやかに動き始めていた。 亮の内部をぎっちりと押し広げる巨大な質量が、躍動を開始する。 「ぅぁ……、っ……」 それでも声を上げることをどうにかこらえ、亮はシドのシャツにしがみついた。 現実世界ではセラの中よりシドの肉体の温度を感じる。ひんやりとしたさざ波の合間に見え隠れするシドの体温は意外にも熱く、その熱と冷気の狭間で、亮はいつも熱いと言うべきか冷たいというべきか悩むのだ。 「シド……、も少し、ゆくり……」 ゆるりとした動きなのにも関わらず、亮はもう達してしまいそうだった。 自分の内側がシドのものへぴったりと吸い付くように絡みつき、与えられる快感を余すところなく貪っているのがわかる。 自分の身体なのに何も操作できない。 すごく恥ずかしい。身体の動きも仕組みも息づかいさえ。本当に言葉などわからない下等な動物みたいだと己で思う。きっと今、亮の身体を支配しているのは亮ではない。シドなのだ。だって、隅々まで全部まるごと、亮の思い通りになる場所など一つもないのだから。 意識をそこへ持っていかないように必死に抗うが、シドの与える快楽は鋭く突刺さり、このままでは到底五分など持つはずがない。 「シ、ゆくり……だって、言ってんのに……」 「もう弱音か」 揶揄するような響きで言われ、亮は少しばかりムッとして顔を上げた。 意外にも鉢合わせた琥珀の瞳は優しく、どことはなしに満足そうな微笑が浮かんでいる。 「外でも見てろ。そうすれば少しは持つだろ」 「……外……」 シドが上半身を沈め亮の肩口に頬を寄せると、紅茶色の髪の向こうに扉が見えた。 黒いスモークの先に、いぶかしむようにこちらを覗き込む女の姿がある。 ぞくり――と、亮の身が竦んだ。 こんな場面を見られているという恐怖のためか、羞恥のためか、それとも快感のためか――。亮には区別は付かない。 だが冷却は一瞬のこと。すぐに今度は這い登る熱がこれまで以上に加速する。 「し、橋本、すげ、見てる……」 「そうか」 「そうかって、ホント、まじヤバイって……っ、ぁ、だ、も……、ん、ん、や、っ、ぁっ、」 シドの速度は弛まるどころか上がっていく。 奥まで深くえぐられ、穿たれ、そして魂ごと引き抜かれる。 「ひ、ぁ、っ、ん、ゃぁ、っ、ぅ、」 「声を出すな……」 耳元で囁かれれば、その深く響くテノールに頭の芯がとろけそうになる。 「……、……、っ、」 必死に押し黙るが、その努力が長く続かないことを亮自身いやと言うほどわかっていた。 このままでは本当に見つかるかも知れない。 その時、自分はどんな顔をすればいいのか。 どんなことを言えばごまかせるのだろうか。 ――ごまかせるわけ、……ない。 こんな風に奥まで貫かれた状態で言い訳など、意味をなすわけがない。そんなことは亮にだってわかる。 「……、し、ぁ、……、こぇ、でちゃ……、ょ……」 「じゃあ仕方ないな……」 突き放す言い方に怒りが込み上げる。 ――仕方ないって、なんだよっ! バカシド! と続けようとして、亮の身体が凍り付いた。 扉のノブがガチャリと音を立て動いたのだ。 「っ!!」 ビクンと反応し、思わずシドの首筋にしがみつくと身を固める。ぷるぷると小さく身体が震えていた。 亮がもし小動物なら、耳が垂れ、尻尾が下がり、警戒と恐怖で全身の毛が綿飴のように膨れあがっていることだろう。 「シド……、シド……、どしよう、……どしよう……」 泣きそうな声で呟く亮の髪を大きな手のひらが撫で、微かな笑い声が耳朶をくすぐる。 こんな状況で笑えるこの男はおかしいと思う。 ――いや、なんで笑った? ――というか、シド、今、笑った??? 混乱で亮の大きな眼がまん丸に見開かれる。 ガチャガチャとノブは動かされるが、女教師は一向にこの部屋へ入ってくる気配はない。耳障りな金属音が彼女の無駄な努力を証明していた。 「……なんで?」 ――資料庫なんて外鍵しかついてないはずなのに。……ってか、今、シド笑ったのか? え? え? ホントに? なんで? あのシドが声を出して笑う所など、亮は一度も見たことがない。 笑ったとしても彼の笑顔は片方の唇が微かに上がる程度で、「笑顔」と言うより「見下した態度」にしか見えないものである。 「この学校は全館禁煙だからな」 「…………? っ、あ……」 今のシドの言葉が一瞬亮の中でつながらなかった。だがすぐにそれが「なぜ資料庫に内鍵がついているかの答え」だということに気がつく。 どうやらシドは己の喫煙ルームを確保するために、この空調の効いた部屋へ勝手に内鍵を着けていたらしい。 「それに資料庫は完全防音になってる。出したいなら大声で喘いでかまわんぞ」 鍵も掛かっているし、スモークで外から中は見られない。しかもこの部屋は完全防音だったのだ。 シドが最初に言ったとおりドアにさえ触れなければ、亮たちは見つかりようがない。 シドは最初から見つかるつもりなどない。単に亮をからかっていたのである。 やっとそれに気がつき、亮の顔に怒りの朱がのぼる。 「な……、おまぇ、……っ」 そうなるとさっきまでビクビクと全身の毛を逆立て怯えていた自分の姿が恥ずかしくて溜らなくなってくる。 「ニヤニヤすんなよ、バカっ! バカシドっ! お、オレは、別に……びびってなんかなかったからなっ……、てか、オレは、喘いだりしねーっっ」 「ほう。その口で言うか」 ズクリと深く中のものに突き上げられる。 「ひぁっ! っい、いきなし動くなっ……、ぁ、ぁ、ゃ、ぉく、だめ……っ、」 喘いだりしないと宣言しておきながら、見つかる心配がないとわかるとタガがはずれ、亮の声は次第に高くなってしまう。 それを塞ぐようにシドの唇が亮の唇を奪う。 「……ぅ……ん……っ、……、」 シドのポケットから携帯電話の電子コールが流れ始めていた。 二人の息づかいを縫うように、単調なそのコール音は止められることもなく流れ続ける。 「ん……、しど、でんわ……」 「放っておけ」 シドの答えは淡泊だ。 窓の外では瑤子が携帯電話を耳に押し当てている。この電話はきっと彼女からのものなのだろう。 「っ、ぁ、し、……、っ、ひぁっ……!」 何度も繰り返し鳴るコールの中、亮は突き上げ続けられる。 次第にそのスピードは上がり、亮はもう限界に達しようとしていた。 言われていた五分はもう経っただろうか――? 時間の感覚もすっかりなくなってしまっている。 熱い息づかいと自分の内側から上がる濡れた音。 立ちこめる甘い香りとひんやりとした空気。 電話はどうやらこのまま永遠に取られないらしい。 ――なんだろう、この……感じ。 感じてはいけないはずの良くない快感。 今まで知らない爛れた感情。 だが禁断の果実はとろけそうに甘くて――。 「し、も、ォレ、だめ、……っ、も、っ、ふぁぁぁっっっ!」 亮の最も良い場所を心得たようにこすり上げられ、ついに亮の幼いものから淡いミルクが吹き上がる。 「ぁっ、ぁ……、っ、ひぁっ、とまなぃ……、ぁ……」 何度も堪えた分、何度も快感が襲い、亮は自然に腰を振りながら、幾度も快楽を吐き出していく。 そんな亮を眺め下ろしながら、シドは微かに目を細め、声を殺して亮の内側へ己の欲望を注ぎ込んでいた。 「っ……」 その冷たく熱い迸りに、亮は内側を痙攣させ、身体を反り返らせる。 「……っ!!」 生理的な涙が筋となって髪を濡らしていく。 シドは亮が身体をどこかへぶつけないよう抱き寄せるとしばしその温もりを感じ、そしてゆっくりと己を引き抜いていた。 腕の中に崩れ落ちる亮の細い身体。 少年の瞳はうっすらと煙り、一瞬シドを映し出す。 シドは亮の名を呼ぼうとその耳元へ唇を近づけた。 だがその時にはもうすでに亮は目を閉じ、薄く開かれた唇からは微かな寝息が聞こえ始めていた。 あまりの緊張と非日常の快楽に、亮の心も体も電源が落ちてしまったようだ。 「……」 出しかけた名をとどめた代わりに、流れた涙を親指で拭ってやる。眠る亮の口元には小さく微笑みが浮かんでいた。 『……まさか本当にあの子のこと、愛しちゃったってか? シドの癖に? シドの癖に愛!?』 ふと、昨日旧知の異常者に言われたことが頭を過ぎった。 「……ち」 舌打ちが出る。 愛だの恋だのそんなものをシドは昔から信じていない。やりたいときにやり、出したいときに出す。遙か昔、ソムニアとして覚醒する前からシドのスタンスは変わってはいない。まさに動物と一緒だ。亮に言ったあの言葉は自分に対してのものだったのかもしれない。 いや、動物ならば多少なりとも感情が入るだろう。しかしシドの場合、性的行為などもっと単純に機械的な作業に過ぎないものだった。 その際使う相手は綺麗で清潔で、具合がいいに越したことはない。 今もその考えに変わりはなかった。 だが―― 「あいつ……くだらんことを」 昨日ローチに改めて言われた言葉は、なぜか非常にシドを苛立たせた。 シドとて数百年転生を繰り返してきた十分すぎる大人だ。自分の感情などとっくの昔に気付いている。 ただそれを言語として明文化した相手が気に入らない。 「あんな気狂いに言われるとは、……最悪だ」 すやすやと満足げに眠る亮の顔を眺め、シドは片眉を上げ深く溜息を吐いていた。 |